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2016.11.20

第14回

母になった不良少女(後編)

佐久間 裕美子

母になった不良少女(後編)

 「death 死」という言葉にはっとなった。聞き間違えかもしれないと、「今、死って言ったよね?」と確認した。
「言った。だって、子供を産むということは、確実に、それまでの自分とは違う自分になる、前の自分が死ぬこと。その生まれてきた新しい命が自分の意識を離れる瞬間がひとつたりともないという新しい状況設定を前に、それまでの人生と自分を失った喪失に取り組むのはとても大変な作業だった」
 ラケルは、何年か前に自分を見つけられずに荒れていたティーンエイジャー時代のことを話してくれたときと同じように、まっすぐ私の目を見て、淡々と話し続けた。字だけで読むと、ビター(苦々しく)に聞こえるかもしれないけれど、イーグルに接する態度には、愛情の深さがにじみ出ている。
「産後はとにかく辛かった。9ヶ月もの間、人間の体の中に抱えていた命をついに吐き出すという大作業を終えて、肉体的にも精神的にも疲れ果てていたから、鬱になるのは不思議なことではない。しかもそれまで生きてきた社会から断絶されて、誰とも話をしないような日が続き、辛くて仕方がないのに、母親たちはみんな、『幸せよ、すべてうまくいっていて、子供も元気に育っているし、ああ幸せ』と振る舞っている。自分は産後鬱に苦しんでいても、それを伝える相手も、サポート・システムもなかったから」
 幸せだ、と振る舞う女性たちの口調を真似するとき、ラケルは普段の低くゆっくりと落ち着いた声から、ピッチを2段くらいあげて、早口になった。「Oh my god, I am so happy. My baby is great, everything is great and I am soooooo happy」と。
 そして妊娠中は、出産後もすぐに表現活動を続けるのだと思っていた。 
「何かを作りたいという気持ちに身をまかせて刺激を受けていた自分から、夜子供を寝かしつけたら表現する気力もなく、口の端にチップスのかけらをくっつけて、ソファで呆然とテレビを見ている自分になってしまった」
 当時のパートナーは、古典的な家庭に育ったヒスパニックの男性で、彼女にとって創作が命綱であり、生きることの一部であることをわからないようだった。
 それでもポラロイド写真は撮り続けた。
「妊娠したときから、出産、生まれてきたイーグル、産後鬱に苦しむ自分をすべて記録してきた。私の初期の作品は、女性の生き方についての定説と戦うことがテーマだったけれど、今は母親としての生き方の定説と戦うことがテーマになった」
 それが今、ラケルの新しい写真集「MOM」として完成しつつある。
 母親、という新しい自分の役割に向き合う過程で、子供を産んだ人間は、いつもハッピーに振る舞わないといけない、そういう社会のプレッシャーを感じた。
「joy(喜び・幸福)とは、それを体験することを自分で選択した結果の瞬間的な存在で、恒常的な状況を表す言葉ではない。継続的な幸福なんてものは存在しない」
 公園で、幸せそうに振る舞う母親たちを見るたびに、さらに追い詰められた気持ちになっていた自分の気持ちを、辛いときにも撮り続けた写真を通じて表現することで、辛い気持ちになるのはおかしなことではないと、若い母親たちに知ってほしいのだと、編集中の写真集を見せてくれた。
「辛いときは、ごくごく少人数の人にしか連絡できなかった。最近、ようやく友達に『昔のあなたと変わらないよ』と言ってもらえるようになった」

 話をしながら、ちょっと前に見てショックだった女性誌の特集のコピーを思い出した。
「幸せだって思われたい」
 自分の心と付き合っていくだけでも大変なのに、その幸せが他人に紐付いているなんて、なんて恐ろしいことだろう。どこどこのなんとかちゃんはどこの学校に受かったらしい、お医者さんと結婚したらしい、どこどこに家を買ったらしい、かわいい子供を産んだらしいーーーー人がうらやましがる(妬む)ような環境設定と、誰かをうらやましいと思う気持ちも、私が育ってきた環境の周辺には潤沢にあって(そしてきっとどこにでもあるのだろう)、けれど、自分の状況設定を他人の状況設定と比べることは、ネガティブな感情にしかつながらないということは子供心にもわかった。そしてそういう感情への嫌悪感が、そういうことと関係のない場所に行こうと知らない土地を目指すことにもつながった。でもこういう気持ちは世界のどこに行ってもあるのだった。
 それでも、ラケルと話しているうちにひとつわかったことがある。「幸せだって思われたい」、他人から承認されたいという気持ちがあるのは、みんな、自分の選択が正しいのか不安だからだ。女として生きるということは、結婚する、しない、子供を持つ、持たない、仕事を続ける、やめる、といった選択肢のなかから自分の道を選ぶということだ。そして、人生に付随する無数の選択を日常的にするということだ。誰だって、自分が選んだ道は間違っていなかったのだと思いたい。だからきっと、他者からの承認を求めてしまうのだろう。
「幸福は、瞬間的に感じるもので、継続的な状態ではない」というラケルの指摘は正しい。それでも人間は、「継続的な幸せ」が可能であるという幻想を抱くし、それを目指して葛藤する。幸せとは、何かいいことがあったとき、美しいことに出会ったときに、瞬間的に感じる気持ちのことである。継続的な幸せなんてないのだと受け入れることができたら、他者からの承認欲求からも解放されるのかもしれない。

 アメリカの大学院を志願したとき、まさか受かると思わなかった東海岸の大学に受かってしまい、行くつもりだった西海岸の大学とどちらに行くべきか、悩みに悩んでいるときに、母親がくれた適切なアドバイスがある。
「選んだ道が最善の道よ」
 目の前に、ふたつの道がある。右を選んだらどうなるか、左を選んだら……と頭のなかでシュミレーションする。けれど、いつだって自分が選んだ道がベターな道なのである、と母は言った。そのこころは、「別の道を選んだらどうなっていたか、という仮説に対する答えは永久に謎のままだ。だから、自分が選んだ道こそがベストの道だと思うしかない」ということだった。
 ほぼ20年前に教えてもらったこの教訓のおかげで、複数の選択肢に迷って「えいやっ」と決断を下すことができたのは、一度や二度ではない。「私の選んだ道、正しかった」は、能天気な思い込みかもしれないけれど、間違っていたかもしれない、とのちのち思い悩むことは、エネルギーの無駄というものだ。
 とはいえ、だからと言って、悩むことがないわけではないし、「本当にこれで良かったのか」と不安になる瞬間がないわけではない。でもきっと、「幸せ」が継続的な状態を指す言葉ではないのと同じように、悩み、不安、不幸といったことも、永遠に続くわけではないのだと思えば少しラクになる気もするのである。

 

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