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2016.11.13

第11回

街を家として使ってみる

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街を家として使ってみる

 一人暮らしは寂しいしつまらないしコスパが悪いと思っているのでここ8年くらいずっと自分でシェアハウスを運営しながら住んでいるのだけど、シェアハウスを作るときに一番苦労するのは物件探しだ。
 シェアハウスに家を貸したくないという大家さんは多い。シェアハウスという住み方はまだまだ日本では見慣れないものだから、個人や家族に貸すのに比べて揉め事や犯罪などのトラブルが発生する可能性が高そうという懸念があるのだろう。
 実際にはそんなにトラブルが起きるものではない。まあ人間が集まっているのでたまに揉め事とかはあったりするけれど、それでもトータルで考えると嫌な部分よりも面白い部分の方が上回っているので自分はシェアハウスを続けている。でもそれはこっちの事情で、大家さんが余計なリスクを背負いたくないという気持ちは理解できる。
 僕はさらに家を借りる際に不利な点があって、シェアハウスをやっている上に、定職にも就いていないし、あと猫も二匹飼っている。部屋の借り手としてはマイナスの要素が多すぎる。普通の大家さんならこんな人間に家を貸したくないだろう。わかる。なのでもう不動産屋さんで家を探すのは諦めていて、大体いつも知り合いの伝手で借りる家を紹介してもらっている。
 そんな感じなので、こないだまで住んでいた練馬の家を諸事情(トラブルではなく大家さん側の事情による)で出ないといけなくなったときは結構どうすればいいか困った。
 できればシェアハウスごとどこかに移転したいのだけど、なかなかちょうどよく住めそうな家が見つからない。そもそも家が見つかるか見つからないかという以前に、自分もあまりお金がないしシェアハウスの同居人たちはそれに輪をかけてお金がないので、まともな家を借りるお金を出せるかどうかも怪しい。結局しばらくいろいろと探した結果、練馬の家の大家さんの紹介で上野の近くの倉庫のようなスペースを一時的に割安で貸してもらえることになった。
 その場所はもともと猫カフェが営業していたスペースなのだけど、猫カフェが移転したあとは倉庫として使われていた。全体の広さは75平米と結構広いけれど、部屋の仕切りはなく全部が繋がった空間で、床はコンクリート張りで、しかも部屋の大部分には家具や段ボール箱などの荷物がたくさん置かれたままだ。そんな空間に男4人と猫2匹が住むことになった。
 とりあえず倉庫番のように部屋の荷物を動かしてなんとか空間を作って、部屋のあちこちにそれぞれが一人用の室内テントを張って寝ることにした。コンクリートの床に段ボール箱が積み重ねられてその合間にテントが張られている様子はまるで避難所か難民キャンプのようだった。


 家に遊びに来た人たちみんなから「難民キャンプだ」「スラムだ」「底辺だ」「人間の住む場所じゃない」などと言われたのだけど、僕は結構この家が気に入っていた。
 一般的な家という概念と比べると底辺かもしれないけれど、そもそも一般的な家の概念に疑問があったからシェアハウスなどをやっているのだ。どうも僕は昔から一般的な家や家族という概念に対して閉塞感を覚えてしまって苦手なところがある。メンバーが少数で固定している「家」よりも流動的にいろんな人が出入りしている「場」のほうが好きだ。家なんて自分の寝る場所だけあればいい。寝る場所以外は家の外でどうとでもなる。
 シェアハウスをやっている理由の一つは、ワンルームマンションなどで一人暮らしをするのは無駄が多いと思うからだ。
 例えばキッチンやリビングや風呂やトイレなどの設備は、自分が24時間使い続けるわけじゃないので共有で構わない。むしろお金があまりないのに自分専用キッチンや風呂やトイレを持つのは贅沢だという感覚がある。実家に住んでいるときはそういうのは全部共有なのが当たり前として暮らしていたものだし。
 テレビや冷蔵庫や洗濯機やゲーム機などの家電も一人で買うとお金がかかるけれどみんなで共有すれば安く済む。そうすると自分個人専用のものとしてはベッドと収納が少しあれば十分なのではないだろうか。
 そう考えると、この難民キャンプのような家も、自分が寝る場所は確保できているので最低限の要件は満たしている。そして良い点としては立地の良さがある。
 家の近くにはコンビニもスーパーも飲食店も銭湯もあるし、繁華街である上野にも歩いて10分ちょっとで行ける。家が狭くて汚くて落ち着けなかったとしても、街を家の延長として使えばそれでいいんじゃないか、と思ったのだ。
 本を読んだりパソコンで作業をするときはカフェに行けばいい。食事はスーパーで買ったり外食したりすればいい。人と会うときはファミレスや居酒屋に行けばいい。風呂は銭湯やスポーツジムなどで入れるし、洗濯はコインランドリーでできる。近くにコンビニがあれば冷蔵庫もあまり必要ない。本棚がなくても図書館やブックオフに行けば本は読める。庭がなくても公園に行けばそこが自分の庭のようなものだ。
 そんな風に生活に必要なものを家の外に外注していくと、家の中で済ませるよりお金がかかるのは確かだ。だけど、家電を買ったりする初期費用がかからない分と家賃が割安な分とを差し引いて考えると、今のところは許容範囲な感じだ。
 住宅の居室以外の設備(台所・風呂・トイレなど)を何人かの他人とシェアするとシェアハウスになるのだけど、その方向性をもう一歩進めて、眠る場所以外を街に外注する、つまり都市の不特定多数の人間とシェアするようにすると、僕が今やっているような暮らしになるのではないかと思う。
 突き詰めて考えると、街の中にカプセルホテルに置いてあるようなカプセルベッドが一つと荷物をある程度保管できるロッカーが一つあれば、都会ではそれで生活が結構成り立ちそうだ。都会の力はすごい。


 生活のどこまでを家の中で済ませてどこからを家の外に外注するかというのに絶対的な基準はなくて、ライフスタイルや文化によっていくらでも変わるものだ。日本は数十年前にサラリーマンと専業主婦の組み合わせという家族スタイルが一世を風靡したせいか、家事に要求する水準が高い上に、できるだけ外注せずに家の中でなんとかするべしという傾向が強い気がする。
 タイのバンコクに行ったときに一番驚いたのは、タイ人はほとんど家で自炊をしないということだ。なぜかというと屋台やレストランなど外にあるご飯屋さんが安くて美味しくて店の種類もいろいろあるので、自炊するよりも外で食べたり外で買ってきて食べたりするほうが味も美味しくて値段もリーズナブルだからだ。家で料理をするのは外で食事を買うお金もない貧乏な人か、豪華なキッチンで趣味で料理をするお金持ちかのどちらかだ、というくらいの感じだった。
 それまで人間は世界中どこでもみんな家で料理を作るのが普通だと思っていたのだけど、そうじゃない場合もあるんだというのをそのときに知った。僕が知らないだけで、世界には他にも「日本では家でするのが当たり前だと思っていることを外でする文化」や「日本では家の外でするのが普通なことを全部家の中でやる文化」などがあるのかもしれない。例えば、みんな家で洗濯しないので洗濯屋がたくさんある文化とか、みんな自宅で髪を切るので散髪屋が全くない文化とか。
 日本もタイくらい外食が安くて美味しくて種類が豊富にならないものかとよく思う。衛生環境が微妙でも気にしないので安い屋台がもっと街にあればいいのに。日本でも牛丼屋やうどん屋は安いけれど、いつも牛丼やうどんばかりでは飽きてくる。今の僕の食事は、昼過ぎや閉店間際のスーパーや弁当屋に行って半額の弁当や惣菜などを買っていることが多い。今の家に引っ越してきて一番初めに調べたことは近くの店で半額シールが貼られ始める時間帯だった。これは貧乏人が都会で生きていくための基礎知識だと思う。
 街に生活を依存する暮らし方としては、江戸時代の長屋なんかも水場やトイレは共同で風呂は銭湯に行っていたらしいし、その時代の暮らしとやってることはあまり変わっていないのではないだろうか。昔から伝統的に都市のお金がない層はこんな感じで暮らして来たのだろう。
 いつまで続くかはわからないけれど、しばらくはそんな感じの街暮らしを続けてみようかと思う。

 

 

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