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京都のぜいたく、小さな暮らし

2016.11.06 公開 ツイート

古いものと長く付き合う喜びを知る

物を直して使う 永松仁美

プチプライスのものが溢れる私たちの生活は、確かに便利です。壊れたら捨てればいい、なんてのは当たり前で、「飽きたら捨てればいい」と思ってしまいがち…。
でも、ものを大事に使わないそんな生活は、あまり美しくないように思います。
古いものも壊れたものも、直して、長く大事に使う生活、目指してみませんか?

*   *   *

 骨董商の家に生まれたからなのか、この歴史ある街に生まれたからなのか、私は、物が壊れることに対して、「この世の終わり!」みたいな感覚に陥ったことがない。何としてでも直る自信がある、とでもいいましょうか。
 いえいえ、この町には、どんなものでも直してくれる様々な分野の職人さんが待機しているからです。「どんなもの」と書きましたが、そう言っても過言ではないほど、実際、たくさんの職人さんがいてくださるのです。これは大変有難く、私を安心させてくれます。
「割れちゃったので、捨てた」という言葉を聞くと、とても悲しくなります。
「割れちゃったけど何とかならないのかな」という言葉のほうに、私は激しく反応します。
 たとえばお客様から「お茶碗が割れちゃったけど何とかならないのかな」という言葉を聞くことができれば、何とかしてやろうじゃない! という気持ちが生まれ、それを預かり職人さんの元へ相談に走ります。
 けっして良い人ぶってるのではありません。それは、最善の“元にもどる方法”を見ることのできるチャンスでもあります。
 それに、元に戻ったものをお返しするときに、びっくりされる姿を見るのもたまらなく気持ち良いのです。
 ”景色”は変わっているかもしれませんが、壊れた器は、また違う顔になり、元に戻ってきます。その面白さに、私は心惹かれるのです。

 昨日、伊万里の向う付けの金継(きんつぎ)が出来上がってきました。半年前にバラバラになった伊万里です。金継というのは、陶磁器が割れたり欠けたりヒビが入ったりしたものを、漆によって接着し、金などの金属粉で装飾して仕上げる修復技法のことです。
 あまりに無残にバラバラになったあの向う付けが、ちゃんと元通りになっていました。「帰って来たよ」と語りかけてくれたようで、私は思わず「おかえり。また宜しくね」と挨拶したくなりました。
 過日、ぶらぶら街を歩いていましたらば、金継セットが売られていました。お家で簡単に直してやることも安易になってきたのだなあと、何だか嬉しくなりました。

 京都は、熟練した職人さんが育つ環境にあると思います。それは、素晴らしい寺社仏閣の多さゆえと思います。そこに生じる需要と供給の賜物。
 寺社仏閣を修復することで、先人の積み上げてきた技術と知恵をいただくことができるのです。おそらく、そうした技術や知恵というものは、想像をはるかに超えるものだと思います。こんなありがたい環境があるお陰で、私のこの器も、息を吹き返したわけであります。

 ある日、車で道に迷ってしまい、迂回しようとしたら、お寺の前に出ました。
 私が通った小学校の近くにある、昔から馴染み深いお寺でした。こんな機会もないでしょうから、と立ち寄ってみることにしました。
 ところが門跡寺院で檀家もないため、鎌倉時代から存在する由緒ある素晴らしいお寺なのにもかかわらず、老朽化により、建物にはつっかえ棒がされ、障壁画の狩野派の襖絵は薄くなり、今にも消えてなくなりそうです。
 ですが、時代を経た床は黒光りして鏡のようで、庭の緑の色が映り込んでいます。私はこの光景を目の当たりにし、なんとも不思議な気持ちになりました。
 お寺のランクによって、修復の補助が変わってしまう現実を見たのでした。このお寺には、出口に募金箱がそっと置いてありました。私も微力ながら、気持ちを置きました。
 器のひとつも、そんな小さなお寺さんも、守り続け大切にしたい気持ちは同じです。
 知らないこと、見れていないこと、気づいていないことは、きっとまだまだあります。京都は気づきをくれる、そんな町なのです。

 

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京都のぜいたく、小さな暮らし

京都祇園生まれ、祇園育ちの著者が見つめる、古都に息づく暮らし、装い、美味、心とは。そして「上質」とは、何なのか?
日々の幸せは、毎日の生活を整えることから。本当にいいものを長く大切に暮らすために必要なことを、丁寧にひもとく。

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永松仁美

京都生まれ。日本全国のファンを持つ、京都・古門前の老舗骨董店の長女として育ち、結婚、子育てを経て、2008年京都・古門前に店を構える。2012年祇園に移転し「昂KYOTO」をオープン。京都で出会った古いものと現代作家の作品をとりあわせたモダンな誂えを提案し、自店のグッズのデザインやショップのコーディネートを手掛ける。雑誌連載も多数。

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