毎日を1%ずつ新しく生きる! 刺激と感動のマガジン&ストア

★がついた記事は無料会員限定

2016.11.01

「風呂」にまつわるノート

山田 マチ

「風呂」にまつわるノート

 東京でのはじめてのひとり暮しは、1Kのアパートでした。お風呂は、トイレも洗面台もいっしょになった、いわゆるユニットバス。
 服を脱ぐのは、玄関と台所と脱衣所を兼ねたスペース。いたってふつうでしたけれど、自分だけのお風呂というのはうれしいもので、かわいらしいシャワーカーテンをかけたり、首にフィットするお風呂用のクッションなんかを取りつけたりして、ひとり悦に入っていました。

 しかしそれも、はじめだけ。
 窓のない小さな空間は、しだいに息がつまり、大きなお風呂で体を伸ばしたい欲求にかられました。
「そうだ、銭湯に行こう!」。そう思い立って近所を調べてみたら、歩いて行けるところに、3つの銭湯がありました。

 地方都市の郊外の住宅地で育った私にとっては、銭湯といえば「スーパー銭湯」のこと。何種類も浴槽があって、露天風呂があり、マッサージコーナーもあり、脱衣所も広く、ドレッサーもある。それが銭湯。

 しかし東京の銭湯に「スーパー」はついていません。壁ごしに石鹼を飛ばし、赤いマフラーを巻いて待つ、昭和のままに佇んでいるところがほとんど。
 スーパー銭湯と同じくらいの料金なのに、風呂、脱衣所、以上。はじめは物足りなさを感じつつも、私はしだいに、ただの「銭湯」にハマっていきました。
 

 近所にある3つの銭湯のなかで、いちばんよく行っていたのは、なんの風情も情緒もない、そっけない銭湯でした。
 壁の絵は富士山ではなく、パステルカラーの幾何学模様。お風呂の設備は、可もなく不可もなく必要最小限のものがあるだけ。ただし、お風呂あがりに不思議な部屋が用意されていました。

 脱衣所から2階にトコトコあがっていくと、赤いベルベットのソファが部屋をぐるりと囲んだ、スナックのようなスペースが。そこでコーヒー牛乳を飲んだり、扇風機にあたったり、うちわをあおぎながら女性週刊誌を読んだりできるのです。
 風呂あがりの女性のためだけの、なぞの部屋。エアコンも利いて快適だったので、「ラウンジ銭湯」と呼んで、夜な夜なだらだらとくつろいでいました。

 近所に「天然温泉」というノボリを見たときは心躍りました。まさか東京の住宅地の真ん中に、温泉がわいているだなんて。
 タオルと石鹼を持ってウキウキと行ってみたら、あらまあびっくり。お湯が真っ黒です。体を沈めると、薄墨のようなお湯がまとわりつきます。
 天然の温泉にはちがいないのですが、いくらきれいに体を洗っても、どんどんうすよごれていくような気がして、その「まっくろ銭湯」からは足が遠のいていきました。

 もうひとつは、ぼろぼろの銭湯でした。昔ながらのそのまんまで、シャワーは首が動かないし、壁や天井のペンキは、はがれ放題。
 脱衣所には、ソファに座るだけで髪が乾かせる、宇宙人の洗脳マシンみたいなのが、デン! と鎮座しています。あの丸いプラスチックのなかに頭を突っ込む勇気がないので現役かどうかわかりませんが、これぞ昭和の銭湯、という存在感を放っています。

 そんな風情を通りこしたオンボロ銭湯には、ふたつの浴槽がありました。
 小さな方に入ると、かなりの深さ。立ったら、おっぱいの下あたりまでお湯がきます。どうくつろげというのでしょうか。
 大きな方は、深さはふつうで、一部分がジャグジーになっているのですが、その勢いが、尋常ではないのです。ぐつぐつと煮えたぎるようなお湯の下からは、なぜか真っ赤な照明が当たっています。
 お湯は適温なので気持ちいいのですが、見た目はまるで、地獄です。常温地獄。その「地獄銭湯」に入ると笑いがこみあげるので、「ラウンジ銭湯」が休みになると、たまに通っていました。


 月日は流れ、引越しを重ねるうちに、私の家はお風呂とトイレが別々になり、洗面台もめでたく独立しました。それでもやっぱり「大きい湯船につかりたい欲」はむくむくとわきあがります。
 今の家に越してきて私が目をつけたのは、銭湯ではなく、近所のスポーツクラブです。見学に行ってみると、大きなお風呂があったので、即入会を決めました。

 個室のシャワーがあって、ボディソープやシャンプーもあって、ドライヤーは10円玉を入れなくても使い放題。おまけに、「タオル会員」というものになると、行くたびに、フェイスタオルとバスタオルが使えます。これは、ひとり暮しには大変ありがたく、洗濯物の量が劇的に減りました。
 毎日銭湯に行くくらいの料金で、こんな快適なお風呂に入ることができて、気が向けばスポーツまでできるなんて、スポーツクラブっていいところですね。ひとり暮しの風呂ライフ、ここに答えをみつけたりと、毎日のように通っています。

 ただひとつ気がかりなのは、女どうしの裸の付き合い。
 私は朝いちばんに行くことが多いので、メンバーはだいたい決まってきます。ほぼ全員、おばあちゃんです。湯船につかり「はぁ~、ごくらくごくらく」と言われると、「まもなくまもなく」と合いの手を入れたくなるような面々。みなさん、幾人かの人間を産みおとし、育てあげたであろう、立派な体をしてらっしゃいます。

 おばあちゃんたちは仲良しで、おしゃべりが止まりません。登場人物はたいがい、旦那、子ども、孫。そのひとつもない私は、愉快な話題が提供できる気がしませんし、「毎日朝から風呂に入ってるけど、あんた何やってんの?」と言われたら、言葉につまるしかありません。

 そしてやっかいなことに、ぽっちゃりした田舎者顔の私は、おばあちゃんという種族から、絶大な支持を受ける傾向にあるのです。
 ひとりと仲良くなってしまうと、あの人もこの人もとなり、抜けられなくなるのが女の付き合い。今のところは、目が合ったら、やや微笑みながら「おはようございます」と挨拶し、声をかけられたら、「ねぇ」とやんわり同調だけして、さらりと目をそらす、という対処法でしのいでいます。

 別室には、サウナもあります。青春時代に流しきれなかった汗を放出したいところですが、サウナこそ、女の園。いや、おばあちゃんの沼。
 風呂につかりにきたのに、沼にはまりたくはありません。四方をふさがれた空間で、おばあちゃんたちとうまく渡り合えるでしょうか。そこは地獄か極楽か。
 でもこんなことを言っているうちに、私も知らぬ間におばあちゃんになって、沼で楽しくすごすのでしょうね。そんな気がしています。
 

ほぼ毎日持ち歩くお風呂セット。いつでもどこでも、銭湯や温泉に立ち寄りほうだい。

★がついた記事は無料会員限定

関連書籍

山田マチ『山田商店街』
→書籍の購入はこちら(Amazon)

記事へのコメント コメントする

コメントを書く

コメントの書き込みは、会員登録とログインをされてからご利用ください

おすすめの商品
  • ピクシブ文芸、はじまりました!
  • 文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞受賞作!
  • 無理しないけど、諦めない、自分の磨き方
  • 時短、シンプル、ナチュラルでハッピーになれる!
  • ビジネスパーソンのためのマーケティング・バイブル。
  • 有名料理ブロガー4名が同じテーマでお弁当を競作!
  • ドラマこそ、今を映すジャーナリズム!
  • 砂の塔 ~知りすぎた隣人[上]
  • 小林賢太郎作品一挙電子化!
  • あなたがたった一人のヒーローになるためには?
文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞受賞作!
ピクシブ文芸、はじまりました!
エキサイトeブックス
今だけ!プレゼント情報
かけこみ人生相談 お悩み募集中!