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2016.10.21

なんだか面白いので、まだ続けるよエッセイ24

毎週通ってくれた「生協のおにいさん」を、おばあちゃんは覚えていてくれるのか?

歌う旅人・香川 裕光

毎週通ってくれた「生協のおにいさん」を、おばあちゃんは覚えていてくれるのか?

自宅まで買ったものを配達してくれる、生協のお兄さん。
香川さんは20代の頃に、生協のお兄さんをしていたそうです。
自宅まで週1で訪れる「生協さん」は、町の顔だったのでしょうね――。
何年も経って、縁あって訪れた、かつての町の人は??

   *   *   *

エッセイ
生協のお兄さん

 実は僕は、生協のお兄さんの仕事をしていたことがある。
 そう、短髪のさわやかなお兄さんが、ポロシャツ着て配達トラックに乗り、音楽を流しながら奥様方のもとへ、食品や日用品を配ってまわるアレである。
 僕は20代前半の4年間をそうやって汗を流しながら過ごした。

 これでも、持前の爽やかさを余すことなく振りまいていたので
「こんにちはー!! 生協でーーす!」
 と大声であいさつすれば、奥様方や子供たちになかなか可愛がってもらっていた。
 暑い日には親切に飲み物を出してくれる方がいたり、「なんならご飯、食べてく?」なんてこともしばしば(本当はいけないことだけど、もう時効ということにしよう)。
 そこそこ重労働ではあったものの、仕事は楽しく充実していた。
 ルート配送だったので、週に1回顔合わせする人が300人近くいたことになる。親戚のおばさんでさえそんなに会うことない。丸4年間、週1で顔を合わせているとなれば、なんだかたくさん親戚が増えたような感覚になっていた。
 特に子どもたちなんて、4年間も見てると、生まれたばかりの赤子は走り回るくらい成長するし、小学生は高学年、中学生は高校生に、大学生が社会人になってしまう。
 自分が育ててるわけでもないのに、彼らの成長ぶりには感動するもんである。
 毎日町を走り廻っていると、だんだんパトロールしているような気持ちにもなって、可愛い子供たちを守るヒーローになったような気持ちで仕事をしていた。

 “ワダさん”は当時、すでに齢88歳を過ぎたおばあちゃんで、僕のお客さんの中でも最高齢の方だった。子どもみたいに小さな身体と曲がった腰で、いつも僕のことを楽しみに待ってくれているお客さんの一人だった。
 生協の配達は営業ノルマ的なものもあり、仕事の合間に飛び込みセールスしてお客さんを増やしたり、一生懸命ウナギをお勧めして売らなければいけなかったりと、いろいろ忙しかったんだけども、いつもワダさんのところへ行くときには、世間話につかまるので、配達の時間が遅れていた。
 でも、しわくちゃの顔でニコニコしながら、魚の煮つけを食べさせてくれたり、僕が配達したばかりのパンを食べさせてくれたりと、優しいワダさんのことが僕も大好きだった。
 ワダさんは一人暮らしで、身の回りのことは全部自分でしてたし、自前の3輪自転車で買い物にも行く。まるで鉄人のようなおばあちゃんだった。
「東京で暮らす息子に良く似てるんだよ」とワダさんはいつも言った。
 お正月のとき、息子さんが帰省していた。僕から見たら、そこそこ高齢で、「いやいや!、息子もおじいちゃんですやん!」と心の中でつっこんだ。

 生協の仕事を辞めるとき、そのことをワダさんに告げると、「ほんじゃあウチも、もう生協とるの辞めるわ」とすごく寂しそうにしてくれた。そして、「新しい仕事もがんばりんさいよ! 若いんだからね!」と、僕の手を両手でギュウギュウ握って、背中を押してくれた。

 そんな“生協のお兄さん”を辞めてから、もうずいぶん時が経った。
当時配達してまわっていた町は、僕の住む町からそう遠くないのだけれど、特に用事もないために足は遠のいていた。きっと今は、新しい生協のお兄さんかお姉さんが、配達してくれているに違いない。

 先日、とあるイベントへの出演のオファーがあった。詳細を確認すると、僕が当時配達していた町のど真ん中が会場になっているじゃないか。

 現場まで行くと、自分の生まれ育った故郷でもないのに、なんだ帰省したような気持ちになった。
 新しい家や建物も増えているけど、それ以上に、懐かしい匂いや空気が漂っていた。
 みなさんお変わりなく元気そうだった。一方で、子どもたちは誰かわからないほど成長してるし、なんだか浦島太郎にでもなったような気持ちだ。
 迷ったけど、最後に“ワダさん”の家にも寄ってみることにした。
 当時から高齢だったのだから、果たして健在なのかどうか……。
 ちょっと怖かった。

 ワダさんの家は、当時と同じ場所にそのまま建っていた。
 引っ越しはしてないようだ。ドキドキしながらチャイムを押す。
 だが手ごたえがない。壊れているんだろうか? それとも、中だけには聞こえているんだろうか?
 もう1度チャイムを押そうとした瞬間。「ガチャッ」とドアが開いた。
 ワダさん!? 
 ……と思いきや、出てきたのは、息子さんらしき男性だった。 
 男性は、突然、謎の若者が現れたので怪訝そうな顔をしている。
「あ! あの! 僕、もともと生協でして……久々に近くまできたので、ご挨拶にと……! ワダさんは、お元気でしょうか!?」
 焦りながら僕が尋ねると、男性は僕のことを覚えてくれていたようで、一気に笑顔になってくれた。
「わざわざ来てくれてありがとう。おふくろも喜ぶよ。まだ、元気にしていますよ」
 その言葉を聞いて、さすがだなぁワダさん! と感心した。90歳を超えてもなお、まだまだ現役に違いない。久々に会える喜びで胸が熱くなった。
「懐かしいなぁ。よく、君の話をしていたよ。君が配ってた手書きのチラシも大事にとってあるよ」
 そう、僕は当時、日ごろのことやちょっとした創作やらを細かに綴った“手書きのチラシ”を自作していた。それをとっていてくれてるとは……! うれしいことしてくれるじゃないかワダさん。

 しかし、どうにも様子がおかしい。しばらく息子さんと話しをしているのに、一向にワダさんが姿を現さないのだ。どうしたんだろう? 足でも悪いのかな?
 僕の雰囲気を察して、バツが悪そうに、息子さんが口を開いた。
「……ただね、おふくろも歳でね、認知症がずいぶん進んでしまって、もう何もわからないんだ。きっと生協さんのことも覚えてはいないと思うよ……。それでもお会いさせていいものか……」

 それでも会いたいです。と僕は伝えた。もしかしたら、会えば何か思い出すんじゃないか。淡い期待も少しはもっていたからだ。
 ほどなくして、ゆっくりと家の奥から、息子さんの手をかりて、ずいぶんとやせ細ったワダさんが 出てきた。
「ワダさん! 誰かわかる!?」
 と聞くと、
「知らん」
 すぐそっぽを向かれてしまった。一瞬沈黙が流れる。

 それでも僕は、ワダさんと握手をした。ワダさんが健在で安心した気持ちと、忘れられてしまった寂しさが混ざり合って、何かが破裂したみたいに涙がボロボロと零れ落ち、止まらなかった。
 そんな僕の涙に誘われたのか、息子さんも泣いていた。
 一方でワダさんは、今なぜ二人が泣いているのか、困惑しているようだった。
 大の大人が、2人で玄関先で、おいおいと泣いた。
 だけど不思議と悲しくはなかった。

 迷惑そうにするワダさんの手を、僕はギュウギュウ握った。
 その手のぬくもりは、あの頃と変わらす温かかった。

   *   *   *
生活が変われば、日々出会う人も変わってしまいます。
でも、一度つながった関係は、時々思い出したいものです。

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