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2016.10.24

「生きたいように生きなさい。そして、この世界になにかを置いていきなさい」~ムヒカ前大統領夫人ルシアさんの言葉~最終回

有川 真由美

「生きたいように生きなさい。そして、この世界になにかを置いていきなさい」~ムヒカ前大統領夫人ルシアさんの言葉~最終回

幸せに生きるために必要なことは、きっとそれほど多くない。

 「どうしても、これが欲しい」「どうしても、これがしたい」と思うことは、自然にそれへの“愛”があふれてくるものだ。それなのに、多くの人は、愛のないものを手に入れるために、必死に生きているのではないか……。

 「貧しい人とは、少ししかもっていない人のことではなく、際限なく欲しがり、いくらあっても満足しない人のことだ」。
 2012年リオ会議でのスピーチで一躍、世界的な注目を集めたウルグアイ前大統領ホセ・ムヒカさん。その妻として約30年、ともに歩み続けているルシアさんに本当の幸せについて聞きに行った。


人生に少しだけ花の種を置いていく

「私たちはだれもが、世界のほかの人のために、なにかやったということを置いていける」
 インタビューの間、ルシアさんは、そんな言葉を何度か繰り返した。
 なにかを“残す”ではなく、“置いていく”という表現を使った。
それは、「歴史に名を残す」とか「記録を残す」といった大きなことではなく、「そうしようとする意思があれば、だれでもできること」だと、やさしく言っているようにも聞こえた。
 置いていくのは、お金やモノじゃない。目には見えないけれど、だれかの人生をゆたかにしてくれるものだ。

 私のイメージとしては、こうだ。
私たちは、それぞれが人生の旅路を歩いていて、その道は、つねにたくさんのだれかの道と交わっているし、あとから来ただれかが同じ道をたどることもある。
そんな道のわきに、少しだけ花の種を置いていく。

 すると、自分がこの世界からいなくなったあとに、その道を通っただれかが、うつくしく咲いた花を見て、にっこり微笑むかもしれない。
少しだけ、道をきれいにしたり、石を取り除いたりしていく。
すると、あとから来た人は、石につまずかないで、いい気分でスキップをしながら通り過ぎていくかもしれない。

 花の種を植えた人がいること、石を取り除いた人がいることさえ、だれも知らなくても、「置いてきたもの」を受け取ってくれるだれかがいる。そんなだれかのために、私たちは、道中、なにかを置いていく……。


 

あなたが生きたことを受け取ってくれる人が必ずいる

 いま、私たちが平和な環境で生活しているのも、明るい電灯の下で本を読めるのも、車や飛行機で自由に旅ができるのも、だれかがなにかを置いていってくれたからだ。
「だれかのために、なにかを置いていきたい」……それはきっと、人間の生き物としての本能であり、普遍的なテーマなのかもしれない。自然が自分のなかから、なにかを与え、なにかを与えられて、生態系が維持されていくように。

 ルシアさんは、かつて貧富の差をなくすためのゲリラ的な政治活動をしていたため、20代後半から30代にかけて、十年以上もの間、刑務所で精神的、身体的な拷問を受けながら、いつ殺されてもおかしくない状況下で生きてきた。それでも、信念を曲げることはなく、のちに、国内でもっとも愛される政治家になり、長年の同志である夫ムヒカ氏が大統領になる……。

 理屈抜きに、すごい女性だと思う。そんなルシアさんだからこそ、きっとだれよりも真剣に人生と向き合い、導き出されたことがあるはずだと、私は確信していた。

 ルシアさんは、「私たちは、ここに通過的に生きているだけでしょう? でも、“あなたが生きたこと”を受け取ってくれる人がいるはずです」と言った。
あなたが、だれかのためになにかを書くということは、あなたの人生をこのなかに入れているということでしょう? と。
 作家が本を書くことだけでなく、作曲家が音楽をつくること、科学者が発見をすること、農家の人が野菜をつくること、ボランティアの人が被災地でだれかの力になること、お母さんが家族のためにおいしいご飯をつくること……その人の人生がこめられた行いは、だれかの心と体になにかを残して、世界をよくしていくための、ちいさな原動力になっていく。

 ルシアさんは、人生を刹那的なものとしてとらえているわけではない。これからもずっと続いていく世界を大局的に見ていて、通過的に関わっている一人ひとりが無限の可能性を秘めていると考えているのだ。
「私たちが読んでいる本は古いものばかり。聖書やコーラン、小説の『ドン・キホーテ』とかね。それも最初は、たった一人の人が書いて、置いていってくれたんですよ」
 と、たとえ話もしてくれた。

 いま、私たちができることはちいさくても、だれかの人生を助けられるかもしれない。その人が、いずれ、だれかの力になるかもしれない。もしかしたら、大きな力を発揮して、たくさんの人に勇気を与えるかもしれない……。その連鎖に積極的に関わろうとすることこそ、ルシアさんが言うところの“生きる意味”なのだろう。
 



自分で行き先を決めた旅のほうが、ずっと楽しい

 「この世界になにかを置いていくこと」の大前提として、ルシアさんは、「生きたいように生きること」だと教えてくれた。それは、どんなことがあっても、だれがなんと言おうと、やりたいことをやってきたルシアさんの生き様でもあった。

「だって、この世界から逝ってしまうときに、なにをもっていくことができますか? 財産とかを貯めたって、なんの意味があるの? でも、満足はもっていけるでしょう」
 その言葉は、私の心に、ずっしりと響いた。

 私たち日本人は、「一生懸命がんばる」のは、案外、得意としているが、自分で「決めること」が苦手なのかもしれない、とも思う。人と同じようなものをもち、人と同じような生き方をして、自分の人生のあれこれの選択を、人任せにしてしまう。自分にはなにが必要なのか? 本当はなにがしたいのか? 深く考えないまま、なにかにコントロールされて人生の大半の時間を“浪費”してしまう。人と競争したり、見栄を張ったり、嫉妬したり、自己嫌悪に陥ったりして、自分の命を消耗してしまう。

 きっと、最期に後悔するとしたら、「自分の人生を生きなかったこと」で、最期に満足するとしたら、「やりたいことをやったこと」だ。

 そんな基本的なことを、この平和で自由な時代に、私たちは忘れているのではないか。いや、そんな時代だからこそ、怖がっているのだ。自分で決めることを。

 自分の人生を自由に生きようとしたら、もちろん、リスクもある。失敗するかもしれない。人とぶつかることもある。切り開かれていない人生の道は、茨の道でもある。だから、互いに助け合い、ゆずり、寛容になることが大事なのだと、ルシアさんは教えてくれた。

 人が導いてくれるツアー旅行よりも、自分で行き先を決めた旅のほうが、ずっと楽しい。ただし、行きたいところに行き、会いたい人に会い、見たいものを見るためには、やってくるリスクを引き受ける覚悟が必要なのだ。
 



人生、どこまで行けるのか、行ってみなさい

 ルシアさんは幼いころ、日本人の友だちから折鶴のつくり方を学んで、いまでもつくれるそうだ。
「この前、日本に行ったとき、折鶴のつくり方が書かれたものをもって帰ってきました。このすばらしい芸術を、ウルグアイの教師たちに教えて、子どもたちに伝えていきたいと思います。人間は、つねに学ぶことがあって、世界のためにやれることがあるんですよ」
「なにかを学んで、人に提供する……国や時代を超えた、人間の幸せですね」というと、
「私たち人類は、本当はだれもが幸せになりたいのに、広島で起こったような説明がつかないことが起こってしまう。だから生きる意味を見つけて、そのために自分の人生を闘っていくこと、希望を捨てないことは、とても重要なんですよ」

 ルシアさんが繰り返した「生きる意味(目的)」とは、単純に「“愛”のあること」だ。
人と自分を幸せにするために、自然に情熱をもてること。
たぶん道をまちがってしまうのは、なにかを恐れて、コントロールされてしまうからだ。
 こころからやりたいこと。人によろこんでもらいたいこと。……つまり、自分のなかにある“愛”を素直に見つめれば、幸せに生きることは、難しくないのだろう。
 ルシアさんにひきつけられたのは、つくづく「恐れない人」だから、とも思う。
 恐れないから、自分に正直に生きられる。いや、愛のあることを情熱をもってやろうとするから、恐れない。自然に強くなり、やさしくなれるのだ。

 

 
「ルシアさんの“愛”を、日本の人に伝えたいと思います」と言ったら、
「あなたならできる。信頼していますよ」
と、ルシアさんは私の顔をじっと見つめて、にっこり笑った。
「あなたの人生、どこまで行けるのか、行ってみなさい」と、背中を押されたようだった。

 ルシアさんが教えてくれたことは、特別なことや新しいことではない。教典や本にも書かれていることかもしれない。私たちの宗教観や伝統、習慣のなかにも共通しているところがある。
でも、ルシアさんが言ったという意味は大きい。

 その先に明るい世界があると信じて、笑顔で歩いていこう。
転んでも立ちあがって、歩き続けよう。
ゆっくりでも、休んでも、歩き続けよう。
きっと歩いているだけで、その道には花の種が置かれて、あとからくる人が笑顔になってくれるはずだから。
 

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