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2016.10.10

「自分に与えられたカードで、人生のゲームに挑みなさい」~ムヒカ前大統領夫人ルシアさんの言葉~

有川 真由美

「自分に与えられたカードで、人生のゲームに挑みなさい」~ムヒカ前大統領夫人ルシアさんの言葉~

 

日本は豊かなのだけれども――

 ムヒカ前大統領とルシアさんは、2016年4月、初来日した。インタビューをしたのは、その2か月後のことだった。ルシアさんは、日本の印象をこう話してくれた。

 「日本は遠いですね。経由地のドイツまで11時間、そこから東京まで11時間。でも、なんとか到着できました。日本の街で好きだったのは京都。人がフレンドリーで、お寺もよくって……。ちょうど桜の時期で、とっても素敵だった。広島の平和記念公園は本当に衝撃的でいちばん印象に残りました。東京は……そうね、建物が多すぎて、人も多すぎて……」

 「本当にそう思います。だから、私は最近、東京から田舎に引っ越したんですよ」と私が言うと、ルシアさんは、

 「私も引っ越したくなると思いますよー」
 と笑いながら賛同してくれた。ルシアさんたちも、モンテビデオから車で40分の農村地帯に暮らしているのだ。都会暮らしは性に合わないのだろう。

 ルシアさんは、東京外国語大学で講演をしたこと、小学生と交流して歌ってもらったこと、お酒の熱燗とお冷を飲んだこと、日本人がとても親切だったことなども話してくれた。

 でも、少しちがう見方をしていたのかもしれないとも思う。

 ムヒカさんも、ルシアさんも子どものころから、ウルグアイにいた日本人と親しくしていた。ムヒカさんは貧しい生活を支えるために、花農家の日系移民に花の育て方を教えてもらっていた。彼らは勤勉でよく働き、わずかなもので満ち足りた暮らしをしていたという。

 それがのちに、ムヒカさんはこう語っているのだ。

 「効率や成長一辺倒の西洋文化とはちがった別の文化、別の暮らしが日本にはあったはずだろう。それを突然、全部忘れてしまったような印象が私にはある」

 経済も技術も大きな発展をして、結局、日本人は幸せになれたのですか?と、

 遠い昔の話ではない。私たち日本人は、都市にどんどんビルを造り、地方にショッピングセンターを造って大量に物を生産し、大量に消費するために人生の大半の時間を使ってきた。まわりの空気に従っているうちに、生活スタイルや考え方までも、経済社会に沿った合理的なものに取って代わった。

 経済発展したことや、異文化を取り入れてきことがいけないわけではない。ただ、それが幸せを阻害するものであってはいけないということだ。日本人がよりよく生きるために大事に培ってきた根本的な“考え方”や“知恵”や“才能”といったものが置いてきぼりになってきた気がする。
 

 

私たちは生まれた環境からぬけることはできない

 ルシアさんは、「私たちは自分たちの歴史と伝統を知らなきゃいけない」と何度か口にした。

 そして、ルシアさん自身も、歴史の本を身近に置いていて、ウルグアイの歩んできた道について話してくれた。「私たちは、生きている環境から離脱することはできない」とも言った。

 それは、「その環境における、自分の生きる意味を見つけなさい」ということだけでなく、「自分自身のことをよく知って、自分のもっているもので、自分らしい幸せを求めなさい」ということでもあったのだろう。私たちは「もっと、もっと」と経済的な豊かさを求めて忙しくなり、日々の幸せを感じることを忘れているのではないか。

 ルシアさんたちが、かつて日本に敬意をもったのは、日本の伝統や文化などもあるが、日本人の真面目さや誠実さ、謙虚さ、家族やまわりの人を大切にする気持ち、そして、少ないもので豊かに暮らす精神に共感したからなのだと思う。
 

日本にはもっているものを大切にする精神があった

 日本には、昔から「足るを知る」とか「腹八分目」という言葉が使われてきた。食欲だけでなく、物欲や金銭欲、権力欲などが際限なくあることや、利己的であることを恥とし、己を律すること、他人を思いやることを美徳としてきたのではないだろうか。

 ウルグアイも「もっているものを大切にする」という精神がある国だ。

 街のなかにある建物や、家庭で使われている道具は、昔から使われてきたものだし、1930年にワールドカップ第1回が開かれたエスタディオ・センテナリオ・スタジアムは、いまはサッカー競技だけでなく、小学校としても使われている。ガウチョ(カウボーイ)は、義理堅くて勇敢な武士道と共通の精神をもっていて、だれからも尊敬されている。

 さまざまな国を旅してきたが、魅力的だと思うのは、自分たちのもっているものを大事にして、誇り高く生きている人びとだ。グローバリゼーションの波に流されて、自分たちにそぐわないものを求めると、途端に貧相な人びと、貧相な街並みになってしまうのも、目の当たりにしてきた。国際化とは、安易に相手に合わせることではなく、お互いにもっているものを認めながら、生かし合っていくことなのだと思う。

 これは、国際間の話だけではなく、身近な人間関係にも当てはまるのかもしれない。まわりに流されず、自分らしく生きている人は、魅力的だ。ただ同じようにしようとするのではなく、お互いがもっているもの、できることで協力していけば、仕事の関係も、夫婦の関係も、地域との関係も、強いチームワークになっていくのだろう。

 

ほんとうの貧しさとは、自分にないものを嘆くことだ

 ルシアさんたちは、貧困層だけでなく、女性や子どもたち、マイノリティの黒人の人、障がい者の人、同性愛者の人にも目を向けてきた。同性愛者の結婚を合法化し、さまざまな人が住居の権利を得たり、平等に生きるための法律や政策にも着手した。

 「だって、人類はできるだけ幸せにならないといけないでしょう? ウルグアイの独立指導者ホセ・ヘルバシオ・アルティガスが、人びとの公共の幸せを勝ち得るために闘うのだと言っていました。そのキーワードは、いまでも通用しています」

 約200年前、戦争で夫を亡くしたシングルマザーのためにも、土地を分配したのだという。

 「まわりの人を幸せにすることが、自分の幸せにつながっていく」という精神は、ウルグアイでも日本でも昔から根底にあった。それは、人間の本質的なものなのだろうが、そんな基本的なことを、私たちは忘れかけている。女性でも、障がい者でも、同性愛者でも、外国人でも、病気の人でも、だれもが社会の一員として生きる権利がある。だれもができることがあり、幸せになれるはずだ。

 女性であれば“女性だからこそ”できることがある。若者だからこそできること、高齢者だからこそできることがある。病気になったから学べること、少ないお金で楽しめることもある。そして、自分だからこそできることもある。 
 ほんとうの貧しさとは、自分にないものを嘆くことだ。
もっているもので幸せになろうとすることが、どんな場所でも、どんな時代でも、どんな状況でも、豊かに、誇り高く生きていくことなのだと思う。

 「まず自分がどんな人間であるかを知らなければいけなくて、そして自分に正直でなければならない」と言ったルシアさんのもつ誇り高いオーラは、つねに自分らしく生きてきた証なのだろう。その生きる姿勢は、とても真剣で勇敢であるけれども、「どこまで行けるのか」と人生のゲームを夢中になって楽しんでいるようにも見える。

 私たちは、与えられたカードでじゅうぶんに闘っていけるし、ゲームを楽しめるのだ。
 


 

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