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2016.10.01

「防犯」にまつわるノート

山田 マチ

「防犯」にまつわるノート

 ずいぶん大人になるまで、「家のカギ」というものを持ったことがありませんでした。実家は片田舎の大家族。さらに自営業の兼業農家。隣の工場で家族が働き、前の畑を家族が耕し、常に誰かがいる状態。
 たまに留守にすることがあっても、「犬がいるから大丈夫」と、ムダに吠える雑種犬に全幅の信頼を寄せていました。

 そんなスキだらけの家は、ときどきドロボウに入られていました。勝手口の抽き出しにざっくり入っているお金とか、カギをかけずに停めた車のポケットに入っている小銭とか。
 そんなときも、「盗られちゃったね。まあしかたないか」で、事件はおしまい。

 ドロボウの姿は見ていませんが、私の想像のなかでは、漫画版サザエさんに出てくるような、ザ・ドロボウでした。
 やせぎすでほっかむりして、「ヒヒヒ」と笑いながらこそこそと忍び込み、おまわりさんにつかまったらシュンとする、昭和のドロボウ。怖いと感じたことはありませんでした。

 しかし今、私が暮すは大都会。時代は昭和から平成にかわって、もう30年近くなるというではありませんか。
 ほっかむりしたドロボウに小銭盗られてテヘヘ、なんて笑っていられません。守ってくれる家族もありません。警備会社に頼むほどの財力もありません。自分の身は自分で守らねば。
 今回はひとり暮しの「防犯」にまつわるお話を少々させていただきます。

                   *

 上京して、最初にひとりで暮す部屋を探すとき、私はびびっていました。ドロボウもそうですが、そのころはまだピチピチの20代でしたので、ボウカンにおそわれる心配だってあります。この東京砂漠に、安全地帯はないものか。

 びびる私に不動産屋が紹介してくれた物件は、希望する駅から徒歩15分。内見にいくと、オノでマキを割るおじいさんがいました。
 門をあけると、竹林に石畳。石畳を渡った先には、4部屋だけある小さなアパートがちょこんと建っていました。六畳の和室の窓をあけると、畑が広がっています。牧歌!

 マキを割り、畑を耕しているのは大家さんご夫婦。敷地内にあるモダンなつくりのお屋敷には煙突が立ち、裏の小屋にはマキといっしょに、ワインの木箱が積まれています。
 マンションが密集する住宅街のなかに突如現れた、リッチな田舎風異空間。その場で申し込みました。

 決め手はいくつかありました。まずは、アパートの存在自体がわからないこと。門をくぐってお屋敷の玄関の前を通り、竹林を抜けたところにアパートがあるなんて、知っているのは大家と住人と郵便屋さんくらい。
 宗教の勧誘も、ポスティングのバイトも、ドロボウもゴウカンも、わざわざこんなヘンピなところまでやって来ないでしょう。

 ドロボウが来たところで、明らかにひとり暮しとわかる小さなアパートに入らず、大家さんのお屋敷を狙うはずです。お屋敷は、昨日今日金持ちになったわけではないことがわかる贅沢なつくり。
 私の部屋をちまちまと物色するよりも、お屋敷に入ってワインの1本でも持って帰ったほうが、よほど儲かります。
 ゴウカンだって、キャーと一発声を出せばお隣にも大家さんにも筒抜けですし、牧歌的な空気にのまれて、戦意を喪失する可能性も考えられます。

 毎月の家賃が手渡し、というのも安心でした。万札とひきかえに大葉をもらったりして。私は東京砂漠に見つけたオアシスで、おおいに油断して暮らしていました。

                   *

 年月がたち、六畳間では手狭になり、つぎに住んだのは、私の人生史上いちばんフツウの部屋でした。
 OLさんが1年住んだら結婚が決まり出ていった、ほぼ新築のアパート。こいつは縁起がいいやと住んでみることにしました。

 オートロックで二重カギ。安心安全なはず、なのですが、どうにも油断できません。
 外観がいかにも若い女のひとり暮し風なので、都会では当たり前のこととはいえ、ゴミを出すにもカギをかけねばなりません。
 2階だけれどベランダから簡単に入ってこれそうなので、夏の夜も窓をあけて寝られません。
 何年たっても大家さんや管理人さんの顔を見ることはなく、隣近所の付き合いもなく、縁起の効果もあらわれず、ずっとなんとなしに不安なまま過ごしていました。

                   *

 そこからさらに引越した今、私は再び油断して暮しています。
 もう中年ですので、こっそり後をつけてきたゴウカンが家に入ってくることは、まずないでしょう。残る心配は、ドロボウだけ。

 オートロック、4階、ベランダなし。よほどのロッククライマーでなければ壁をよじ登ってくることはできません。
 「最上階だと屋上から侵入される」と聞き、一瞬、ガビーンと昭和風の音が脳内に流れたものの、すぐに「それはない」と考えました。
 そんな忍者のような高度な技術を持つプロのドロボウこそ、稼ぎになりそうな高級マンションを狙うはずです。ねずみ小僧だって入るのは金持ちの家。プロ意識の高いドロボウが、こんな貧乏人の部屋を選ぶとは思えません。

 なによりも、マメな管理人さんがいる、というのが重要なポイントです。
 管理人はメルヘンなおじさんで、屋上にうさぎの置物を並べてみたり、全戸の玄関先に一輪の赤い造花を飾ってみたり、ロビーにピカチュウのぬいぐるみを置いてみたりと、マンションのアップデートに余念がありません。

 長期間留守にするときは、必ず管理人さんに声をかけてから出かけます。
 ポストからチラシがあふれても片付けてもらえますし、部屋に不審な様子があれば気づいてくれるでしょう。
 壁紙もひとりで貼るような器用な人なので、水回りの故障なども、だいたいその人が直してしまいます。部屋には何度も来ているので、留守中に何かあれば、入ってもらってかまいません。なんならお茶の一杯でも。

 かわいらしい奥さんがいるメルヘンなおじさん。これ以上ヘンタイからほど遠い存在があるでしょうか。
 天井が低いのに大きなシーリングファンが回っているけれど、嵐になると換気扇から水が滴ってくるけれど、耐震用の太い柱が部屋を斜めに突っ切っていて存在感がすごいけれど、この部屋には「安心」というオプションが付いていました。
 東京砂漠に再びオアシス見つけたり。しばらくはこの部屋で、油断して暮らしていこうと思います。

オリンピック中、マンションのロビーではピカチュウが日本を応援。管理人さんは日々せっせとアップデートを重ねています。

 

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