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世界でいちばん質素な大統領夫人が教えてくれたこと

2016.09.26 公開 ツイート

「そろそろ、愛について考えましょう」~ムヒカ前大統領夫人ルシアさんの言葉~ 有川真由美

 幸せに生きるために必要なことは、きっとそれほど多くない。
 「どうしても、これが欲しい」「どうしても、これがしたい」と思うことは、自然にそれへの“愛”があふれてくるものだ。それなのに、多くの人は、愛のないものを手に入れるために、必死に生きているのではないか……。

 「貧しい人とは、少ししかもっていない人のことではなく、際限なく欲しがり、いくらあっても満足しない人のことだ」。
 2012年リオ会議でのスピーチで一躍、世界的な注目を集めたウルグアイ前大統領ホセ・ムヒカさん。その妻として約30年、ともに歩み続けているルシアさんに本当の幸せについて聞きに行った。


建築家と政治家の共通点

 ルシアさんと私は、子どものころから生きてきた環境がまったくちがうし、精神的な成熟度は、10代ですでに大人と子どもほどの開きがあったように思うけれど、ひとつだけ共通点があるとすれば、建築家になりたかったことだ。

 私は家づくりへの夢があって大学の生活環境学科に進んだが、アルバイトやバンド活動に熱中して迷走した挙句、バブル期の就職戦線に流されるように大手企業に事務職として就職。その仕事も、まったく合わずに半年で退職して、転々と職を変わる……という情けない経緯をたどる。

 ルシアさんは大学の建築学科に入ったが、学生運動や政治活動に関わるようになって中退。そのころからすでに、貧困地域の住居整備を手伝っていたという。

「いまでも建築は好きなんです。人びとがうまく生活できるように、コミュニティがうまく機能するようにと、家をつくったり街をつくったりするのが建築家の仕事でしょう?」

 ルシアさんは、安藤忠雄の、環境や伝統に配慮した建築が大好きだといった。
そうなのだ。家づくりには、人びとの“意思”が反映されている。生活環境によって、人びとはまったくちがう生活や人生を送る。開放的で合理的だったかつての日本家屋は、個室があって部屋に閉じこもれる住宅にとって代わり、都会はワンルームマンションばかりになった。それは資本主義の流れが影響しているが、人びとの「一人になりたい」という意思や欲求の表れでもあった。核分裂したような環境下で暮らしていると、さらに人とのつながりはどんどん薄れていく。

 ウルグアイの貧困層向けの住宅政策「プランフントス」には、ルシアさんの思いが反映されているのだろうと思う。ルシアさんは2000年から上院議員として予算委員会、住居委員会などに関わってきた。プランフントスは自分の家を仲間と一緒につくることで、そこで助け合うコミュニティが生まれていく。建築家とは、“社会”をつくる仕事でもある。

「ルシアさん、いまも建築家じゃないですか?」
 というと、ルシアさんは、ふふっと笑った。
「本当にそうね。どんな仕事もソーシャルなもので、社会をつくっていく働きがある。なかでも教育や医学は、人びとの命に関わっているから、いま、私たちは変革の特別な時代を生きているんですよ」
 どの方向を見て、どんな教育をするか、だれのために、どんな方法で医療を行うのか……その選択によって、人間の命や人生、社会のあり様、人類の未来はまったくちがったものになっていくのだ。

世界はいつも闘って、そして再生していく

 ルシアさんは、1985年、12年以上の刑務所生活から恩赦で釈放されてすぐに、ムヒカさんやかつての仲間たちと政治組織をつくり、1995年からはモンテビデオ県の議員として、公共交通や農産品流通、環境などの分野でも働いていた。

「私は人と近いところで仕事をしているのが好きなんです。そこに会話があって、問題の原因を見つけて解決していく……。仕事を通して、たくさんのことを学んだし、国のさまざまなことを教えてもらいました」
 きっとルシアさんは、「人が少しでもよくなること、そのためになにかをすること」が好きなのだ。その思いは、中学生のときに、貧困地域でボランティアをしたときから変わっていない。

 もしかしたら、だれであっても子どものころから「やりたいこと」「好きなこと」というのは変わらないのかもしれない、とも思う。私も50以上の職業をしてきたが、たどり着いたのは、小学生のころ、ワクワクとしてやっていた「絵や文を書いて、みんなをよろこばせる」ということ。あのころと同じことをいまもやっている。

 しかし、ルシアさんのエネルギーは、比較できないほど、スケールが大きい。
「いまもテレビをつけると、どこかで戦争をやっているでしょう? 世界はいつも闘って、そして再生していく。私はこの国の人たちを、みんなきょうだいだと思っていますから、ここで闘わなければなりません。みんながどんなふうに生きているのか心配してばかりなんです」
 そういって、やや険しい表情になる。

ルシアさんは、よく「闘う」という言葉を使うが、特別な敵がいるわけではない。不公平や理不尽さに対して怒り、理想を実現するための闘いであり、刑務所で拷問を受けながら闘っていたのも、政治家として改革をしようと闘ってきたのも、根っこのところは同じだ。きっと、自分の人生を闘っているのだ。どうしてそこまでパワフルに闘い続けられるのか……。

「疲れることはないんですか?」と聞くと、ルシアさんは、迷うことなく即答した。
「ないですね。私はやっていることを、すごく愛していますから……」
 そうだ、ルシアさんは、やらずにはいられないことをやっているだけなのだ。愛してやまない人びとのために、愛する仕事をやっているから、やればやるほど力が湧いてくるのだろう。

愛のないものを欲しがってはいけない

仏教のある教えでは、「愛」はつくるエネルギー、「恐れ」は壊すエネルギーという。
 私たちは、自分の人生や、社会を「愛」によってつくりあげていくべきなのに、その選択は、いくらかゆがめられてきた。その時代、その時代の権力や経済にコントロールされて、「愛のないこと」に時間とエネルギーを費やし、自分にとって大切なものを壊してきたのかもしれない。

ムヒカさんは「貧しい人とは、少ししかもっていない人のことではなく、際限なく欲しがり、いくらあっても満足しない人のことだ」といったけれど、私たちは人とちがう道を行くことを恐れて、本当は必要でないもの、愛のないものを欲しがってきたのではないか。
それでは、心も体も疲弊していくのはあたりまえだ。

「本当は、もっと自分のやりたいことがあった」「本当は、もっと家族を大切にするべきだった」と思う前に、私たちはもっと、自分の心に問わなければならないのだ。
「本当は、なにに愛やよろこびを感じるのか」と。

 ルシアさんに、「なにをしているときが楽しい?」と聞くと、今度は意外な答えが返ってきた。
「家にいるときよ。本を読んでいるとき、料理しているとき、おしゃべりをしているとき、マテ茶を飲んでいるとき……。近所の友だちのところに遊びに行くこともあります。ちいさい世界だけれど、本当に愛情深い人ばかり。仕事をしている平日はとてもアグレッシブだから、休日のゆっくりする時間が栄養になっていくんですよ」

 たしかに、どれだけ好きな仕事をしていても、リラックスする時間は必要だ。私たちの体のなかで、活動するための交感神経と、休むための副交感神経がシーソーのような状態で働いているように、どちらも大切で、どちらも愛すべき時間なのだ。
「心からリラックスして、安心するためには、家族やパートナーがいるということも重要。もちろん、家族のなかにも問題はあるけれど、愛や尊敬があれば、解決していけるでしょう?」
家族の話になったので、ムヒカさんへの思いを聞いてみた。

 ルシアさんは笑って、
「主観的な問題だから、愛があるとか、ないとか、とても難しいですね」
 といったけれど、30年以上、かたときも離れず一緒にいて、同じ目的に向かって闘ってきたのだから、それが答えなのだろう。ムヒカさんは、そんなルシアさんのことを「同志」と呼んでいる。情熱的なムヒカさんと、理性的なルシアさん、おそらく一緒にプロジェクトを成功させていくには最強のペアだ。ただ、一心同体というのではなく、ルシアさんは、それぞれの人生に挑んでいくことを基本として考えているのだと思う。

愛があるところに、幸せがある。

「ルシアさん、ほかにカレシはいなかったんですか?」
 図々しい質問だが、聞いてみたかった。ルシアさんはいまもうつくしく、素敵だと思うが、若いころの写真を見ると、まるで女優のようなオーラがある。しかもお嬢様育ちで、引く手あまただったのではないか。ムヒカさんはたいへん立派な人だと思うが、失礼ながら付き合い始めた当時は、刑務所に出たり入ったりのゲリラ犯だったはずだ。どうしてムヒカさんだったのだろう。
「ほかにも付き合った人はいたけど、やっぱりペペがよかった。愛は恣意的なものだから……」
「ペペ」とは、ムヒカさんの愛称で、国民からも親しみをこめて、そう呼ばれている。
「愛は恣意的……」という言葉が心の奥に残った。愛は理屈じゃない。頭で考えるものでもない。どうしてもそうなってしまう自発的なもの……。
 愛があるところは、自然にエネルギーがあふれてくる泉みたいなものなのだろう。

 私たち日本人は、あまり「愛」という言葉を使わない。
「愛」がない、というわけではない。隣人や自然や育った場所を愛する気持ちは、ほんとうに強い。仕事や学びにおいても、そこになにかの情熱があったから、真面目さやひたむきさになって結果が表れてきたはずだ。よく使われてきた「恩」「情」「義」「礼」「忠」「信」「孝」「学」などといった言葉のなかには、大きな愛が含まれていた。私たちは歴史的に、与えられたものや、与えられた場所を大切にすることで、習慣的、結果的に愛を育んできたのかもしれない。

 しかし、そろそろ、愛について考えてみる時期にきているんだと思う。
 なぜなら、私たちは“自分”で選択できるようになったからだ。
 自分のなかにある愛について考えることで、大切な選択ができるし、愛を深めていくこともできる。「愛」には、情熱や優しさだけでなく、責任や闘いなど深く、壮大な意味がある。

仕事でも、遊びでも、生活でも、やらずにはいられないことに時間をかける。
好きな人、大切な人、まわりにいる人たちに、よろこんでほしいと時間をかける……。
 愛のあるところに時間をかけるから、私たちは幸せになれるし、成長もしていく。
 愛のないところに時間をかけても消耗するだけで、きっと大したことはできないだろう。
 私たちはだれもが、まるで積木のように時間を積みかさね、人生をつくりあげていく“建築家”なのかもしれない。

 

関連書籍

有川真由美『質素であることは、自由であること 世界でいちばん質素なムヒカ前大統領夫人が教えてくれたこと』

お金がなくても、誰でも幸せになれる! 給料の9割を寄付する。資産は中古の車1台のみ。 ムヒカ氏との質素な生活の末に辿り着いた 人生に最小限必要で、最高に価値あるものとは? 「世界でいちばん貧しい大統領」として有名になったウルグアイ前大統領ムヒカ氏。 彼と長年付き添っている妻のルシア・トポランスキーに女性エッセイスト・有川真由美がインタビュー。 ムヒカ氏とのなれ初めから、物を持たずに幸せになるということ、お金との向き合い方など誰でも 幸せになるヒントが盛りだくさん。持たない暮らしの幸福論。

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世界でいちばん質素な大統領夫人が教えてくれたこと

「貧しい人とは、少ししかもっていない人のことではなく、際限なく欲しがり、いくらあっても満足しない人のことだ」。
2012年リオ会議でのスピーチで一躍、世界的な注目を集めたウルグアイ前大統領ホセ・ムヒカさん。

あまり日本では知られていないが、その妻として約30年、ともに歩み続けているルシアさんもまたウルグアイで絶大な人気を誇る政治家である。
偉大なパートナーを持ちながら、自身の信念も貫き行動し続けるルシアさんの生き方・働き方は、日本女性の参考になるのではないか。

「日本の社会は、どうしてこうも女性が働きづらいのか」「働けば働くほど、幸せから遠ざかっているのではないか」と、悩む日本女性へ向けて、多数の著作を持つ作家有川真由美氏が、ルシアさんに「本当の幸せ」について聞きにいった。

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有川真由美

鹿児島県姶良市出身。台湾国立高雄第一科技大学大学院応用日本語学科修士課程修了。化粧品会社事務、塾講師、科学館コンパニオン、衣料品店店長、着物着付け講師、ブライダルコーディネーター、フリーカメラマン、新聞社、編集者などその数50の職業経験を生かして、自分らしく生きる方法を模索し、発表している。また、世界約40か国を旅し、旅エッセイやドキュメンタリーも手がける。著書に『遠回りがいちばん遠くまで行ける』『上機嫌で生きる』(小社)他多数。

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