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2016.09.12

映画「だれかの木琴」公開記念 監督・東陽一×原作者・井上荒野対談 後編

「あなたに、これを映画化する才能ある?」と挑発してきた小説

「あなたに、これを映画化する才能ある?」と挑発してきた小説

映画「だれかの木琴」の公開(9月10日)を記念して、監督の東陽一さんと原作者の井上荒野さんに、映画について、小説について語っていただきました。原作に描かれていませんが、映画では木琴が奏でられるシーンがあります。その音色に込めた監督の思いとは?(取材・構成 山元明子/撮影 有高唯之)

原作『だれかの木琴』(幻冬舎文庫)

受けて立った、小説からの挑戦

井上 映画では古い家の窓から、木琴の音が聴こえますよね。
 題名と中身が直結しないところが、小説のよさでもあるわけです。そこからバーッと大きなものが出てきますからね。だから、本当はやるべきじゃなかったのかもしれないという想いはあるんです。でも、やっぱり映画と小説は違うので、『だれかの木琴』という映画を観に行ったけれど、何にも出てこなかったという謎を残すことは、観客も混乱するんじゃないかと七転八倒しました。結局、精神分析学的な意味でも、あそこまでなら許されるんじゃないかなと。
井上 映画はせっかく音が使えるので、木琴の音がするのはいいと思いました。耳に残る音でしたしね。観た人が各々、あの木琴の音で様々な感情を抱くのではないでしょうか。嫌な感じかもしれないし、怖い感じかもしれない。とても印象に残るシーンでした。

 最後の方で木琴の音が変わります。どのように変わるかは、これから観る人はお楽しみにということで。わからなくてもいいんですが、聴き取れると、なんで木琴だったのかということが、もっとクリアになるはずです。
井上 たとえ聴き取れなくても、サブリミナルみたいにどこかで残るんじゃないでしょうか。映画ならではのやり方ですね。
 小説がいろんな可能性を秘めて終わっているのと違って、映画は映画ならではの、ひとつのカタルシスになったかなと。原作から挑戦されたのは、タイトル問題だけじゃないんです。小夜子が海斗のアパートを訪ねるシーンは、同じシーンを違うアングルで2回撮っています。あんなことは僕はやったことがない。この小説の語り口からインスピレーションを受けて、挑戦することにしました。小説では別のシーンですけれどね。

井上 監督は小説よりもずっと、海斗の人物像を膨らませていますよね、それが、あのシーンでもすごく出てきて、小夜子の孤独と同時に海斗の孤独も描いてらっしゃって。ドアをはさんで、ふたりの不安が共に観られるシーンだと思いました。
 初めての試みだったので、大変緊張に満ちた楽しい仕事でした。それもこの小説が僕に、「あなたに、これを映画化する才能ある?」と挑発してきたからです。

 

1秒間24コマ、すべて表情の違う恐るべき女優

井上 常盤貴子さんは、どういう経緯で決められたのですか。
 小夜子をどうするかという時に、全然理屈じゃなく、ふっと常盤さんがいいなと思って、勘でオファーしたんです。引き受けてくれて、最初に会った時に、「役作りしないでくださいね」と言いました。そしたら、彼女は「私、そんなこと言われたの、生まれて初めて」と言って、僕の顔をスッと見たんです。その目が決定的だった。「その目ですから、その目を撮りたいので余計なことしないで下さい」と思わず頼んでいました。
井上 ご本人も、試写会の舞台挨拶で、その言葉がすごくうれしかったとおっしゃっていましたね。確かに、いつもどこか夢を見ているような、どこか別の世界を見ているような瞳でした。でも、難しいですよね。役作りをしないというのは。
 その言葉が、何らかのショックになってくれればいいということなんですけれどね。編集すると、現場ではわからなかったことが見えてきます。常盤さんのあるシーンがね、長さから言うと少し切った方がいいのに切れないんですよ。セリフのないシーンの時に、あの人の顔の表情が変わっていくんです。微妙に。1秒間24コマなんですが、その24枚を写真に起こして見ていくとすると、1枚1枚表情が違う、というほど表情が動いています。
井上 それはすごいですね。
 そんな微妙な表情を無音でいる時にやっている女優というのは、めったにいない。いないことは無いけれど、ほとんどいない。彼女が黙っている時の表情を、絶対注目して観るべきです。内面的なお芝居を意識してか無意識か、両方が絡んでいるみたいなんです。女優になるために生まれてきた人だと感嘆しましたね。そういう人に小夜子をやってもらって、本当によかった。
井上 小説もそうですけれど、泣いたりわめいたりするシーンがないんですよね。彼女は、いつもうっすら笑っている、最初から最後まで。それが映画の凄みになっていますよね。ずっと微笑んでいる人が、中はどうなっているのかわからない。その微笑の中に変化がそれだけあるというのは、すごいことですよね。
 観ていて、惚れ惚れしました。ひとつ、どのシーンか言っておきますので、注意して観てください。髪をショートにした日、「ふくろう」という飲み屋に来てワインを飲んでいるシーンです。ワインを口に運んで一口飲んで、その黙っている顔。ここですごいことをやっています。内側にものすごく激しいものを持っている人が、それと折り合いをつけようと、激しいものを鎮めようとしている。そういう風にしか読み取れない。もう1シーンあるんですけれど、それは秘密にしておきますので、見つけてください。少女の表情です。

 

父親不在の現代の、不安と孤独を体現する若き俳優

井上 池松壮亮さんも、最高だったと思います。
 それは嬉しいです。彼は、2年くらい前に僕に会いたいと言ってきたんです。学生時代に『絵の中のぼくの村』を観て、とても大きな影響を受けたので、チャンスがあったら僕の映画に出たいと。
井上 彼はきっと映画が本当に好きなんですね。
 今回、海斗役を考えた時に、小夜子が惹かれるくらい強いものを持っているけれど、どこか悪戦苦闘している青年というのが浮かんできて、これなら池松がいいなと、最初に彼のOKをとったんです。評論家の樋口尚文さんが、池松は「この映画のエンジンだった」と書いてくれて。中心は小夜子ですけれど、もう一つの中心として、海斗役の池松というパワーのあるエンジンがあるので非常にうまくいきました。

井上 海斗の造形がものすごくよくできていましたね。ああいう男、ある種残酷で薄情だけれど、薄情になり切れない部分もあって、柔らかいところと固いところ、温かいところと冷たいところ、そのバランスがすごくよかったです。困っているシーンもよかった。本当に嫌だなという気持ちと、小夜子に対するシンパシーみたいのが、入り混じっていて。かんなに手紙をもらって「ごめんね」と言う、あの「ごめんね」の言い方もすごく好きでした。
 完成披露試写会のあとに、SNSの書き込みがあって。その中にひとつ気に入った反応がありました。海斗と唯がケンカをするシーン、ちっとも泣くところじゃないのに、私は涙が滲んできましたと書いてあった。今、父親から怒られたことがない人たちばっかりなんですよ。象徴的な意味での父親がいない。規範のような大きなモラルの原則のようなものがなくなっている時代だとずっと僕は感じています。海斗というのは、その規範を探している男です。アルベール・カミュが青年時代に「神も理性も信じなくて、なおどのように振る舞い得るのか、それを知りたいのです」と言っています。映画の完成後に、池松くんに、「その若きカミュこそがあんたのやった海斗なんだよ」と言ったら、すごくわかったという顔をしていました。かつて禁止をする役割を持っていた父親がいなくなって、皆が孤独に奮闘している。それを読み取った若者が観客の中にもいた。おそらく池松くんと同じくらいの20代半ばの女性だと思います。涙が滲んできたというのは、父親に怒られている感じがしたんじゃないかな。

井上 あそこで唯に怒っている海斗というのは、唯に怒っていると同時に、自分にも怒っている感じがあって、そこが胸に響きますね。彼の真っ当さというのかな。映画を観ていて本当にいいなと思ったのは、小説でああでもこうでもないと苦しみながら1ページくらいかけて書いていることが、映画ではバンっと1シーンで描いているところです。空間で心情まで語っていると感動したのは、「お母さんが変だよ」と娘から電話をもらった小夜子の夫が、広いところの真中に立っているシーンですね。
 反対に映画で描き切れなかったのは、料理のシーンです。料理が持っているエロティシズムを表したかったけれど、それをやると3時間になってしまう。映画を観て小説を読んで、もう1回映画観て小説を読むと、何倍も立体的に楽しめると思います。

 

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