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2016.09.09

映画「だれかの木琴」公開記念 監督・東陽一×原作者・井上荒野対談 前編

井上光晴が天国から糸を引いて生まれた映画

井上光晴が天国から糸を引いて生まれた映画

映画「だれかの木琴」の公開(9月10日)を記念して、監督の東陽一さんと原作者の井上荒野さんに、映画について、小説について語っていただきました。実は、東監督の最初の長篇映画『沖縄列島』のトップシーンは、井上さんの父・井上光晴さんとの交流から生まれたそうです。(取材・構成 山元明子/撮影 有高唯之)

原作『だれかの木琴』(幻冬舎文庫)

不思議な出会いと縁で決まった映画化

 よく行く書店で、ぶらぶらと本を眺めていたら、井上荒野という名前が飛び込んできたんです。もちろん、名前はよく知っていました。お父さんの井上光晴さんとも酒場だけでの親交がありましたのでね。いったんは通り過ぎたのですが、その本に後ろから呼ばれた気がしたんです、本当に。
井上 それ、すごい話ですね(笑)。
 呼び声に従って買って帰ったのが、小説「だれかの木琴」でした。半分くらい読んだところで、今度は挑戦されているような気がしたんです。「あなた、これを映画化する才能ある?」ってね。そうすると、僕じゃないと出来ないような気がしてきて。これをやるのは僕だ、だから呼ばれたんだと、すっかりその気になりました。あとから考えると、光晴さんに呼ばれたのかなと。

井上 実は、私の方も驚くようなめぐりあわせでした。東監督で「だれかの木琴」を映画化するという企画をいただいたちょうど1週間くらい前に、何十年ぶりかで監督の『絵の中のぼくの村』を観返していたんです。ある雑誌で江國香織さんと、毎回テーマを変えて映画対談をやっているのですが、その時は“子供”というテーマでした。すぐに思いついたのが、20代の頃に観た『絵の中のぼくの村』だったんですね。子供が出てくる映画ってあまり好きではないのですが、この映画は最初に観た時から大好きでした。あの双子が走っているだけで、泣くシーンではないのに涙が出てきてしまって。圧倒的な自然と、その中で生きる双子のあまりの小ささ、だけど一人一人しっかりと生きているという感じがすごく伝わってきて、そういうところがグッと来たんだと思います。江國さんにも観てほしいと思って選び、あらためていい映画だなと感動していたら、その東監督からお話をいただいたので、びっくりすると同時にすごくうれしかったですね。
 そんな風に僕の作品を観ていただいていたなんて知らなかったから、最初にシナリオをお届けする時は、こちらはおっかなびっくりだったんですよ。これじゃいやだと言われたらどうしようかと思って (笑)。

構造が頑丈な小説だから、中身を変えても全く壊れない

井上 私の場合は映画化をOKした時点で、基本的にはお任しますという態度をとることに決めています。ただ、やっぱりシナリオを読ませていただいて、ここだけはどうしてもというのがあれば直してほしいとお願いしますね。でも、今回は、それがほとんどなくて。
 シナリオ執筆にあたって、この小説は四阿(あずまや)のようだと思いました。しっかりした柱が4本建っていて、構造としてシンプルだけれども非常にガッチリ作られている。4本の柱というのは、主人公の小夜子と海斗、それに小夜子の夫と海斗の恋人の4人のことです。
井上 なるほど。
 建物はしっかりしているので、その中で人間がどんなに行ったり来たりしても、小説の中に出てこない人間が現れても全然壊れない。小説によっては、いじっているうちに、変わってくることがあるんですよ。これは、そういうやわな作りの小説ではない。
井上 そう言っていただけるのは、うれしいですね。私はいつもストーリーを書くというよりは、人間を書こうと思っています。彼らが動くからストーリーが出来ていくという考え方で小説を創っているので、監督がおっしゃってくださった4つの柱があって、そこだけちゃんとしていれば、あとはどうにでもいじれるというのは、その通りですね。

 こういうふうに原作者と監督がね、会ってケンカもしないで対談するってあんまりないことでね(笑)。
井上 そうなんですか。
 出来上がった映画に原作者が怒った例はたくさんありますが、有名なのはスタンリー・キューブリック監督の『シャイニング』に対するスティーヴン・キングですかね。原作者と監督というのは、根本的には別の世界に生きています。かつて批評家の小林秀雄さんが、作家の永井龍男さんとの1954年の対談で、黒澤明監督の『羅生門』について語っていて、映画と原作を比べることほど愚かなことは無いとハッキリ言っているんですよ。小説は小説の、映画は映画の価値があると。
井上 そうですよね。そもそも表現方法が違いますからね。
 でもまあ、『シャイニング』の例もあるので、最初にお会いするのも恐る恐る、だったんですよ(笑)。
井上 その時に、監督から父とのご縁をお聞きしたんですよね。

 

東監督作品は、父・井上光晴から始まって、娘・井上荒野で終わる?

 当時、光晴さんとは、定期的に開かれる作家たちとの碁会のあと、行きつけの「ナルシス」という酒場に来られるときに、よくお会いしていました。いつも埴谷雄高さんと、直木賞作家の江崎誠致さんとご一緒でしたね。光晴さんは僕の8つ年上で、僕のことを“とうよういち”と呼ぶんですよ。だけど、僕は尊敬していたから、「こっち来ないか」と言われただけでうれしくて。強く記憶に残っているのは、1968年の春頃、沖縄で記録映画を撮るつもりだと話した時のことですね。現在の色鮮やかな沖縄ガラスのルーツを教えてもらいました。第二次世界大戦直後は、何もかもが破壊されて、水や酒を飲むコップすらなかった。だけど、コーラはたくさんあったので、空き瓶を利用してグラスを作ったのだと。僕の最初の長編映画『沖縄列島』のトップシーンは、現在の沖縄ガラスの製造過程です。つまり、井上光晴によって示唆を受けて撮ったシーンなんですね。
井上 父とそんなご縁があったと聞いて、驚きました。

 僕はね、今度の小説を映画化させていただくにあたって、これはたぶん僕の遺作になるだろうと思ったんですね。遺作にしたいわけじゃないけれど、いずれ必ず来ますから。そう考えたら、僕のフィルモグラフィーは、井上光晴から始まって、井上荒野で終わることになる、と(笑)。
井上 終わらないでいただきたいですけれど。
 そういう感じがしたんですよ。これは面白いなと。そういう因縁を考えたということもあるんです。
井上 不思議ですよね。父がもし生きていて、東監督が私の小説を映画にしてくださったと知ったら、どれだけ喜ぶか。知らせたかったですよね。やはり監督がおっしゃる通り、本屋で呼んだのは父かもしれません。

 荒野さんの小説って、題名が不思議でしょう。あれは誰かを呼びますよ。
井上 自分でいうのも何ですが、タイトルをつけることには自信があるんです。「だれかの木琴」は連載でしたが、1話目を書いてから考えたタイトルです。
 僕も昔、先に題名を決めて、シナリオを書き始めた映画もあります。『やさしいにっぽん人』という僕の最初の劇映画なんですけれどね。
井上 言葉ってそれ自体に力があるから、私もよくあります。先にタイトルだけ出てきて。「誰よりも美しい妻」がそうでしたね。
東 タイトルが中身を呼び起こす、ということもありますね。しかし、「だれかの木琴」というのはね、たしか小説の中では説明されないんですね。
 (後編へ続く)

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