毎日を1%ずつ新しく生きる! 刺激と感動のマガジン&ストア

★がついた記事は無料会員限定

2016.09.11

世話の天才

狗飼 恭子

世話の天才

 一緒に住んでいる彼が、一週間ほど留守にすることになった。子供の頃の友達の結婚式のために帰省するのだ。
 一人でいることがまったく苦ではないわたしは「そうなんだ。楽しんできてね」なんて他人事みたいに悠長に構えていたが、彼が出掛ける当日になって、はっと気づいた。
 わたし、家で一人きりで二日以上過ごすの、十数年ぶりだ。
 わたしは仕事で地方に行くことも年に数回あったし、海外へ一人旅に行くことなんかも多かった。しかしそんなに旅を好まない彼は、ほとんど家を空けたりしないのだ。はて、わたしは一週間何を食べればいいのだろうか。一緒に暮らし始めてからほとんどを彼の手料理で過ごしていたわたしは、自分で自分のご飯をどうやって用意するのか忘れかけていたのだった。困惑するわたしに、彼は言った。
「留守の間、植物の面倒を見て欲しいんだけど」
 いいよ、と答えるしかない。九月といえどまだまだ暑い。わたしがお水をあげなかったら、彼が大切に育てているベランダの植物たちはみな枯れてしまうだろう。
「じゃあ水のやり方を教えるね」
 水のやり方。ただお水をかければいいだけじゃないのか。起きているときはパソコン前かソファの上にしかいないわたしを、彼はベランダへ連れて行く。直射日光が眩しい。そういえば、わたしが午前中にベランダへ出ることだって、月に一、二度しかない。
 彼はまず、コウモリランへの水のやり方を説明する。「これは根から水を吸わせるからまずこのトレイに水を張ってその上にしばらく置いておいておくこと」
 次は十数鉢ある小さな観葉植物たち。「葉が日光で焼けちゃうから、葉に水をかけないように根本にかけて。これとこれはそんなに水をあげなくていい。あ、これはまだ土が湿ってるから今日は水はいらない」いちいち土を触ってから水をあげるのか。知らなかった。
 次はきゅうりとかトマトとかバジルとか食べられるものたち。「これはお水いっぱいあげていいから、バケツでバシャバシャかけちゃって」
 次に大きな観葉植物、「これとかこれとかはそんなに水はあげなくていい」なんで分かるんだそんなこと、と思いつつうなづく。
「これは鉢から根が出ちゃってる植物だから、トレイに落ちてきた水は捨ててね、そうじゃないと根腐れしちゃうから」ああ、はい分かりました。「最後にコウモリランをトレイから出して日陰に戻して。これは直射日光に特に弱いから」はい。きみが一番可愛がっている子たちですね。その子たちを枯らしたらきっと怒られますね。あまりにも多くのミッションにめまいを覚えながら、ただただうなずき続ける。この子たちの命はわたしにかかっている。
 そうしてようやく水やり終了。軽く数えたら三十鉢以上あった。毎朝彼はこんなにたくさんの生きものの世話をしていたのか。驚愕だ。そのあと彼は、飼い陸亀のために飲み水場をつくりごはんをあげた。
「さて、朝ご飯作るよ。何食べたい?」
 最後にわたしの世話である。
 天才だ。お世話の天才。彼の心の大きさにつらぬかれおののいたわたしは、「なんでもいい」と答えることしかできなかった。

★がついた記事は無料会員限定

関連書籍

 

記事へのコメント コメントする

コメントを書く

コメントの書き込みは、会員登録とログインをされてからご利用ください

おすすめの商品
  • ピクシブ文芸、はじまりました!
  • 文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞受賞作!
  • 無理しないけど、諦めない、自分の磨き方
  • 時短、シンプル、ナチュラルでハッピーになれる!
  • ビジネスパーソンのためのマーケティング・バイブル。
  • 有名料理ブロガー4名が同じテーマでお弁当を競作!
  • ドラマこそ、今を映すジャーナリズム!
  • 砂の塔 ~知りすぎた隣人[上]
  • 小林賢太郎作品一挙電子化!
  • あなたがたった一人のヒーローになるためには?
文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞受賞作!
ピクシブ文芸、はじまりました!
エキサイトeブックス
今だけ!プレゼント情報
かけこみ人生相談 お悩み募集中!