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2016.09.10

第9回

恐怖を知るということ、忘れるということ(前編)

佐久間 裕美子

恐怖を知るということ、忘れるということ(前編)

 若い頃の自分を思い出すと、よくあんなに怖いもの知らずだったなと呆れるような感心するような気持ちになる。
 英語でいうとfearless。なんだかいい響きだけれど、私の若年期における怖いもの知らずは、何も考えていないこととイコールだった。暴走する電車がなんとかぎりぎりレールの上を走り切ったようなイメージである。肉体と魂が、それぞれなんとかひとつのかたまりとしてくっついているという事実に感心する。
 怖くなかったのは、無知だったからだ。
 きっと何もかもうまくいくと盲信のもと駆け抜けた20代が終わり、30すぎてから、だんだん「怖い」という感覚を知るようになる。ペルーのマチュピチュまで行って、あの壮大な遺跡を向かいの山のてっぺんから眺めたときに、いつのまにか高いところが怖くなっている自分に気がついた。昔の自分を振り返って、今さら恐ろしい気持ちになったりもした。恐怖心というものは、年をとるとともに、後天的に身につけてしまうものなのかもしれない。
 一度結婚した経験から、人生は計画したところで計画どおりにならないことも、「老後の安定」が幻想であることもわかっている。そもそも老後のために守りに入るという作業をするには、これからの人生はきっと長すぎることは承知だから、「老後一人だったら」という恐怖感は持たずに済んでいる(たまに鬱っぽくなったときに、自分をいじめるために想像してみたりはする)。でも 「怪我や病気をして仕事ができなくなったら」という恐怖感は、リアルかつシビアである。人並みにエイジングに対する恐怖感だってある。年をとって人のお世話になったり、自分ひとりで用が足せなくなったり、想像しただけで辛い。
 そんなところに、40すぎて生まれて初めての大怪我をした。カナダの、一番近くの病院から何時間も離れているような過疎の雪山で、吹雪のなかルートを見誤って派手に転落し、足の中の3箇所別々のところが折れていた。1日も休みをとらないまま走り続けたマラソンのような半年の最終地点に、雪山から救出され、半年以上もの間、自力で歩けないというドラマが待っていた。けれどこの経験は、「怪我や病気をして仕事ができなくなったら」という恐怖や、お金のストレスから私を解放した。病院から送られてきた請求書の金額にはひっくり返りそうになったけれど、息を整えて考えて見れば、私は普通に生きていたし、ご飯を食べることもできた。しばらく働けなくてもなんとかなった。これからまたがんばればいいだけの話だった。
 人の手を煩わさないと生きていけないという状況は、一時的だったとしても、自分が想像していたよりもよっぽど早くやってきた。けれど経験してみてわかったことは、そういう状況のときは他に心配しないといけないことがありすぎて、プライドの心配をする余裕はあまりないということと、病気や怪我を抱える人々のために働くという職業選択をした天使たちの助けを借りれば大体の場合、何とかなるということだった。
 けれど、何ヶ月もの間、松葉杖と愛する人たちに助けられてようやく生活しながら、新しい恐怖のタネになりうる命題について考えるようになる。「スキーに復帰したいかどうか」つまり、あれだけの事故と苦痛を体験したあとに、あえてもう一度挑戦するか、しっぽをたれて退却するかという問題だった。
 「やっぱりもう一度スキーをやりたい」と思うに至った理由は、骨折の原因となった事故の直前に、晴れた雪山を快調に滑りながら、「この耳元に風の音が聞こえる感じが、スキーの醍醐味なのだ」と噛みしめていたからだけではなかった。
 怪我の理由をたずねられて「スキー」と答えると、訳知り顔で「だから私(俺)スキーとかしないんだよね」という無神経な人たちに、「怪我をする可能性も含めて、あの風の音を体験する生き方を選びたい」と胸を張って答えたいという思いもあった。
 けれど何より、一番早いチャンスに復帰しなければ、「スキー=怖い」という感覚が永久的なものになってしまう、つまり、生きていくうえで、恐怖心のタネがひとつ増えてしまうと思ったことが最大の理由だったかもしれない。怖い、と思ってしまう対象は、少ないほうがいいのだ。

 

 骨折して最初の冬は、まだリハビリをやっていて、スキーどころではなかった。けれど、アウトドアがらみのイベントに出席したときに、スキーを一緒にやったことのある業界の友人男性が、翌年のスキー旅行に私を招待しながら、「俺たちがスキーをやっている間は執筆すればいい」と、私がもうスキーに復帰しない前提で話を進めているのに気がついたときには、「もしや、あんな事故のあと復帰しようと思う自分はおかしいのではないか?」と一瞬自信を失いかけた。
 けれど、私が怪我をしたスキー旅行で、部屋が同室だったアンドレアは違った。
 この旅行の少し前に知り合い、スキーがらみの仕事で一緒になった彼女は、アウトドア系のショールームを経営していた。そのスキー旅の最中に、私より先に靭帯を損傷していて、負傷者同士の団結が芽生えたのをきっかけに、共通の友人が多いこと、近い業界にいることも手伝って、以来、キャンプや旅にも一緒にでかけるような友情関係に発展していた。
 彼女については、こんなエピソードがある。ある時、男性たちが7割を占めるグループ・キャンプに誰かがおもちゃのBBガンを持ってきたことがあった。どんどん空になるビール缶が標的として10メートルほど離れた場所に並べられる。だんだん酔っぱらってきた男たちが次々と的をはずすのを見て、彼女がぽつりとつぶやいた。
「違うんだよね」
 だったらお前がやってみろと、男たちが新しい標的を作る。ビール缶を4つ鳥居のように重ねて、そのうしろにメインのターゲットとなるビール缶をおいた。彼女がBBガンを持っただけで、標的のレベルが一気にあげられたのだ。
 BBガンを肩に構えてから、見ている私の心臓が痛くなるような長い静寂のあと、彼女が撃った玉は、鳥居の後ろのターゲットの中心を見事にとらえた。拍手喝采が起きる。
 彼女の腕を男たちがわいわいがやがやと論評するのをよそ目に満足げにビールを飲む彼女を見て、こうやって、圧倒的に男性が優位な業界で、男たちのリスペクトを得てきたのだなと思いながら、彼女は、恐怖心を持つことはあるのだろうかと考えた。

 

 

 そんな彼女は、私が歩き始めるとすぐに「冬になったら雪山にいこう」と当たり前のことのように言った。私がスキーに戻らないかもしれない、という可能性は、彼女の世界には存在しないのだった。
 結局、私は、負傷してから2度めの冬に、彼女が雪山に買った家を訪れてスキーに復帰した。しばらくぶりに会ったから、いつもだったら到着の日から飲み明かしてしまうところだったけれど、翌日のコンディションを考えて控えめにした(前回の事故から、ひとつは大人になりたかった)。スキーに出た当日の朝の私は、万全のコンディションだと思いながら、少しのことでも飛び上がりそうな心臓を強がって無視しようとしていた。彼女の口から、「大丈夫だよ」というような激励の言葉は出なかった。そのかわり恐れというものは、無視すれば存在しないのと同じことだというように、平然としていた。

 最初に乗ったリフトを登り切ったとき、自分に「怖い」という心の隙間を与える前に、滑りだして、顔に感じる風の気持ちの良さに涙が出た。そしてその次に「恐怖心を持ってしまう」という可能性を(少なくとも一時的には)克服できたことによる解放感が心地よく、体に沁み渡った。そういう気持ちを味わうことができたのも、意図的かどうかはわからないけれど、腫れ物に触るように扱うかわりに、私が自力で恐怖感を克服し、自信を取り戻す設定を作ることで、背中を押してくれた女友達がいてこそのことだった。(後編につづく)

 

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