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2016.09.08

現役医師、感涙のデビューミステリ『サイレント・ブレス』刊行記念企画(2) 佐々木克雄さん書評

涙なしには読めない、死に赴く患者を最後まで愛そうとする医師の物語。

佐々木 克雄

涙なしには読めない、死に赴く患者を最後まで愛そうとする医師の物語。
『サイレント・ブレス』 南杏子・著

 医師が主人公、医療がテーマの小説は数多くあります。

 命を救いたいと奮闘する医師と、もっと生きたいと願う患者たち。読み手は彼らに思いを馳せ、ある人は希望を抱き、またある人は喪失感を共にして今を生きる自分を励ますのかと思います。医療がどんなに進歩しても、生ある者の宿命として死は避けることができませんから、このジャンルはこれからも綴られ、読まれていくのでしょう。

 ところが、今回読ませていただいた『サイレント・ブレス』は終末期医療がテーマ。今までとは大きく異なる、新しいスタイルの医療小説と感じました。と言うのは、先に挙げた「救いたい」「生きたい」とは真逆をいくものなのです。超高齢化社会となった日本で、終末期医療は誰もが直面するテーマと言えるでしょう。面白い、という表現は不謹慎かも知れませんが、この小説は日本の現状、自分や家族のこれからを見せてくれる興味深い内容になっています。

 主人公は水戸倫子、37歳。

 新宿医科大学病院に入局して10年、総合診療科で患者に寄り添って誠意ある診察を行ってきた……と言えば響きはいいのですが、大学病院に勤める医師は要領よく患者相手の仕事を済ませて多くの論文を書くことが必要なのに、自分は……と自覚している状況です。

 自身の理想と現実とのギャップ、医師に限らず多くの人が葛藤する要素ではありますが、乗り越えて成長していく過程で、倫子に与えられたステージは関連病院、それも「むさし訪問クリニック」というちっぽけな診療所への異動だったのです。

 左遷と思って食い下がる倫子に、師である大河内教授が問いただします。

「医療現場に貴賤はないよ。それとも水戸君は、大学の患者だけを診たいの?」

 後々には倫子の成長を促す言葉とわかるのですが、当の本人には大学病院での研鑽にピリオドを打つ通告となり、泣く泣く受け入れることになります。

 と、ここまでが序盤で、不本意な状況に倫子が赴く過程が描かれていくのですが、第1章で読み手は倫子とともに、訪問による終末期医療の現状を知ることになります。

「むさし訪問クリニック」は東京都下、三鷹のマンションの一室。大学病院では当たり前のようにあったMRIやレントゲンはなく、診察用ベッドすらありません。「ウチは在宅専門と思われてますから」と事務スタッフの亀ちゃん。「午前中はほとんど開店休業っすよ」と看護師のコースケ。スタッフは彼らだけという状況に、倫子はカルチャーショックを受けます。

 午後からはコースケの運転で受け持つ患者宅への訪問です。脳梗塞の後遺症のある85歳男性、くも膜下出血から一カ月が経過した77歳男性……他人の家に上がって診察するのは、倫子にとって初めての経験でした。そして、最後に訪問したのが、末期の乳癌を抱える45歳の女性、知守綾子でした。

「私は死ぬために戻ったの。だから治療の話はやめて」

 この小説に登場する患者たちは、生きることに執着していない人ばかりです。

 第3章で登場する84歳の古賀芙美江は「もう結構です。無理に生かされたくないんです」と胃瘻(手術で作った開口部から胃に直接流動食を流し込む方法)を拒みます。

 患者の思いを尊重するのが本来の医療だとわかっていても、命が尽きていくのを見ているだけというのは……倫子は苦悩の終末期医療を続けることになります。けれど、どんな状況でも明るさを失わないスタッフ、彼女を励まし見守ってくれる大河内教授、トンデモメニューで和ませてくれる馴染みの店など、倫子を支えてくれるキャラがいるからこそ、彼女は逃げることなく、死に赴く患者を最後まで愛そうとする医師になるのです──これが、本書の読みどころの1つ目。

 でもって、読みどころの2つ目。

 本書は6章から成っており、そのいずれにもミステリ的な要素が入っています。「あれっ、なんだろう?」という謎かけから、「ああ、そうなんだ」的な謎解きが散りばめられており、終末期医療という重いテーマを少しだけ和らげ、ときにはホロリとさせてくれます。例えば1章、末期乳癌患者の妙子の元に現れるスキンヘッドの男が正体不明で、これがラストに「ほほ~う」となる展開を見せてくれます。また、4章だけは終末期医療とはテーマ離れた内容で、身元不明、言語障害のある十歳くらいの少女が現れるのですが、その正体は……これまた「ほほ~う」です。探偵役が大河内教授というのもちょっとユニークな感じで楽しめる読書になりそうです。

 そして、最大の読みどころが「最期を看取る」心持ちです。

 10人いれば、10通りの最期がある──と同時に、看取る人の心持ちも10通りあるわけです。

 死に瀕した人が目の前にいるとき、その人の死を受け入れるのか。その人の意志とは別に延命を願うのか。はたまた2章のネグレストの母親のように逃げてしまうのか。看取る人たちの判断はそれぞれであり、状況によって心持ちも変わってくるはずです。彼らにも寄り添ってきた倫子でしたが、実は最終章で彼女自身が、実父を看取ることになります。

 二度の脳梗塞で意思の疎通ができないまま延命措置がとられていた父親。自宅に引き取って看取ろうとする倫子には終末期医療に携わる医師としての顔と、父との思い出が頭を巡る一人娘としての顔が共存します。ここでも、ちょっとした謎解きがあって彼女は点滴を外す決意をするのですが、そのあたりの一つ一つがもう……涙なしには読めません。

 2年に渡る終末期医療の物語は、人生の最期を迎える場面での医療のあり方、周囲の心持ちをこれでもかと丁寧に描ききった良作と言えます。

 著者は、終末期医療専門病院に内科医として勤務される現役の方です。なのでこのリアリティは納得としか言いようがありません。これまでも現役医師の作家さんが数多く登場し、活躍されていますが、この作品で新たな書き手が生まれました。今後の活躍が期待できそうですが、まずはこのデビュー作である『サイレント・ブレス』を手にとって、新しい世界を感じていただければと思います。

 

 

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関連書籍

南杏子『サイレント・ブレス』(9月8日発売)
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大学病院の総合診療科から、「むさし訪問クリニック」への“左遷”を命じられた37歳の水戸倫子。そこは、在宅で「最期」を迎える患者専門の訪問診療クリニックだった。命を助けるために医師になった倫子は、そこで様々な患者と出会い、治らない、死を待つだけの患者と向き合うことの無力感に苛まれる。けれども、いくつもの死と、その死に秘められた切なすぎる“謎”を通して、人生の最期の日々を穏やかに送れるよう手助けすることも、大切な医療ではないかと気づいていく。そして、脳梗塞の後遺症で、もう意志の疎通がはかれない父の最期について考え、苦しみ、逡巡しながらも、決断を下す―ー。その「時」を、倫子と母親は、どう迎えるのか……?

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