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2016.09.03

なんだか面白いので、まだ続けるよエッセイ19

震災から3年経った石巻で見た、「笑顔」の向こう側

歌う旅人・香川 裕光

震災から3年経った石巻で見た、「笑顔」の向こう側

東日本大震災があったのは、ついこの間のように思えるが、もうどんどん時は過ぎている。
言葉にできないような経験をした地元の人たちが、大人が、子供たちが、どんなふうに暮らしているのか。
姿勢を正して読んだ、今回のエッセイでした。

*   *   *
エッセイ
あそぼっカー

 空が痛いくらい青い。
 綺麗に整備された道路が、どこまでも続いている。まるでこれから開拓されていく新しい町のようだ。アスファルトも、そこに書かれた白い標識も、まっさらでツヤツヤしている。
 ポツリポツリと等間隔に立っている建物も、まだ新築と呼べるものばかりに見える。
 全部、一度は津波に流されてしまったのだろう。

 "宮城県石巻市"に行ったのは、震災から3年が過ぎた春だった。
 小さな縁が繋がって、僕は石巻の「仮設住宅集会所」でコンサートを開催することになった。機材をたくさん持って行かなければならなかったため、広島から宮城まで軽自動車で向かった。途中の関西や東京でもライブしながら、1週間くらいかけて石巻を目指した。
 仙台でウッドベーシストの「能見誠」さんと合流し、軽自動車に機材や楽器がパンパンに詰め込まれた。これだけの量をこの軽自動車に入れるなんて、魔法でも使わないと無理だ。能見さんは、機材と大きなウッドベースの間に挟まって、強引に“積み込まれ”た。ちなみに、運転席の僕のすぐ横にウッドベースのネックが突き出して、頭を動かしたらぶつけてしまいそうだった。
 まぁそれでも、ちゃんと走れば辿りつけるもので、ボロボロの僕の軽自動車は、石巻のとある町へ無事に辿りつくことができた。

 正直僕は、どんな顔で被災地と呼ばれる場所へ足を踏みこめばいいのか、わからなかった。
 僕の住む広島は、東日本大震災の被害を何一つ受けていなかったし、東北に身内もいない。煙たい顔をされるんじゃないかとさえ思って、少し怖かった。
 でも、石巻の人々はとても温かく僕らのことを笑顔で迎えてくれた。
 これまでずいぶんたくさんの方が、被災地での演奏にやボランティア等にと、きていたらしく、中にはとても有名な方もいたそうだ。そんなこともあってか、「次は誰が来るの?」という期待のようなものを持たれている方もいたようだった。
 「あら、今日の人は若いね~! 演歌と違うの?」
 と聞かれ、「ポップスです!」と答えると、愉しそうな顔をしてくれた。年齢層はずいぶん高めの方だった。
 機材を自分達でセッティングして、軽くリハーサルをする。能見さんもウッドベースでウォーミングアップして、音を出し始めた。すると、その音に引き寄せられるように、たくさんの人々が集まってきてくれて、初めての石巻ライブが満員御礼で始まった。

 高齢の方にも楽しんでいただけるように、昭和初期の昭和歌謡をカバーしてみたりもした。能見さんと一緒に全力で演奏した。力を与えにきたのか、力をもらいにきたのか、なんだかよく分からなくなるくらい、エネルギーに満ちたライブ会場だった。
 心配していたことはまったくもって杞憂に終わり、ライブは非常に明るく、笑いの絶えないものになったと思う。
 ライブを終えて談笑していると、わりと歳の近そうな男性が話しかけてきた。
 「香川くんに来てもらいたい所があるんです!」
 明日もここの近くで活動があるという。その方は、石巻の子どもたちを支援しているNPO法人をされていた。明日の夜はライブハウスでのライブを控えていたが、昼間は空いていたので、ぜひ覗かせてもらうことにした。

 翌日、指定された場所に伺うと、地元の大学生や、おじいちゃんやおばあちゃんが数名集まっていた。みんな明るい色の服を着て、右胸に大きくあだ名の名札をつけている。
 これから、とある神社の境内へ向かうという。10分くらい歩いた先の神社は海沿いの綺麗な場所にあり、境内には少し広めの広場があった。
 「もうすぐあそぼっカーが来ますんで!」僕を紹介してくれたお兄さんが言う。
あそぼっカー?? なにがくるのだろう。ご当地ゆるキャラか何かだろうか?
 しばらく待っていると、それは現れた。しかも2台で。
 1台目はトラックだった。
 しかし、ただのトラックではなく、荷台に、公園でみかけるような遊具が積んである。荷台ががシャンガシャーン!と開くと、それは滑り台になったり、ジャングルジムになったり、秘密基地のようになっていった。まるで映画の「トランスフォーマー」みたいだ。
 「お~~!!!!!」と僕は歓声を上げた。
 もう1台は、カラフルに彩られた軽バンで、荷台いっぱいに、手作りのおもちゃやら、木工道具や絵の具道具、絵本や水鉄砲や、風船まで積み込まれていた。
スタッフの人たちがそれらをテキパキと下ろすと、神社の殺風景な境内は、あっという間に遊びがつまった公園に変わった。
 これからここに、地元の子ども達が遊びにくるんだとか。
 石巻では、ほとんどすべての公園が、被災地の仮設住宅となったため、子ども達が遊ぶ場所がほとんどなくなってしまったんだそうだ。
 そこで、地域の人々の力で、「あそぼッカー」が生まれ、今では毎週、大きな広場や駐車場に“移動式公園”を設置して、子ども達に遊び場を提供しているらしい。なんて温かい町なんだろう。

 次第に集まってくる子ども達と、ボランティアスタッフのみんなは、1日中遊んだ。
僕も子ども達と一緒に絵を描いたり、鬼ごっこをしたり、ケードロをしたり(マジで懐かしかった)、久々に子どもと同じ目線で遊んだ。
 おもしろいもので、手の凝んだ遊具や、おもちゃがいっぱいあるのに、、“普通のペットボトルを使った水かけ遊び”が、一番たくさんの子ども達を笑顔にした。

 遊び場を作るという大人の遊び心が、子ども達を何よりも安心させてあげる力になるのかもしれない。
 「おい!! お前一緒にかくれんぼやるからこっちにこい!」
 口の悪い小学生女子に呼ばれ、僕は汗だくで物陰に隠れていた。すると、今日の場に誘ってくれたお兄さんが、冷えたジュースを持って差し入れをくれた。
 「子どもの相手、疲れるでしょう?」笑いながら、嬉しそうに話しかけてくる。
 「ええ……。でも、楽しいですよ。毎週土日にやってるんですね、お住まいは近いんですか??」
 と何気なく聞くと
 「我が家は津波に全部流されちゃって、今は仮設住宅に住んでいるんですよー。新築だったのにほんと、笑っちゃいましたよー」
 なんて答えるもんだから、返す言葉が見当たらなくなってしまった。

 この方――この真っ黒に日焼けして、誰より率先して子たちとじゃれ合っているお兄さんは、自分の家を無くしたのに、地域の子ども達の遊び場がなくなったことを何より心配して、一生懸命汗を流していた。
 胸が締め付けられるようだった。でも同時にすごく温かいモノで心が満たされていった。

 石巻という町のことを僕はまだ何も知らない。
 だけど、とても優しい人がたくさん住んでいて、温かな町だということは知っている。

 夜にライブ会場へついた僕は、さっそく能見さんに
 「能見さん、あそぼっカーって知ってます?」
 と鼻高々に訊いた。
 「なにそれ? ゆるキャラ?」
 と返された。

 あそぼッカーの仕事が必要なくなる日が、1日も早く来ることを願っている。

    *   *   *
笑顔には、その人数分の意味と過去がある。
ここで出合った笑顔が、たとえばこうして香川さんの笑顔になって、そしてこれを読んだ人の笑顔になって、すこしずつ伝播していくのでしょうか。

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