しばらく名前を聞かないと思っていたら、豊田泰光の訃報を知った。西鉄ライオンズ(現埼玉西武ライオンズ)の黄金時代に勝負強い強打の遊撃手として活躍した豊田は、引退後、歯に衣着せぬ辛口評論家として健筆をふるった。
 野球界のために、正しいと思ったことは遠慮なく主張した豊田は「野武士軍団」といわれた西鉄ナインを代表する野武士だった。
 豊田と私は、縁が深い。彼は昭和10年(1935年)の生まれで私より2歳下だが、水戸商業を卒業後、28年(1953年)に西鉄に入り、1年目からショートのレギュラーになった。

ここから先は会員限定のコンテンツです

幻冬舎plusの会員登録(無料)をすると…すべての会員特典を見る
  • 会員限定の記事が読み放題に
  • 会員限定イベントに参加できる
  • プレゼント抽選に参加できる
  • ストア利用でポイントが貯まる

会員の方はログインして続きをお楽しみください

この記事をシェア
この連載のすべての記事を見る

★がついた記事は無料会員限定

関連書籍

広岡達朗『巨人への遺言 プロ野球 生き残りの道』
→電子書籍はこちら
→書籍の購入はこちら(Amazon)


電子書籍のみ!
読みどころ9章を抜粋した、ダイジェスト版を100円で発売中
→購入はこちら


生原伸久『東京オリンピック野球復活・陰の立役者 アイク生原の知られざる生涯』
→試し読み・電子書籍の購入はこちら(幻冬舎plus)
→電子書籍の購入はこちら(Amazon)

2020年の東京オリンピックで、3大会ぶりに野球が追加種目として復活する。
野球が初めて国同士の対戦として五輪種目に採用されたのは1984年、ロサンゼルス大会のことである。
その2年前、ロス五輪での野球競技実現に情熱を燃やした一人の男がいた。
27歳で単身渡米、大リーグ・ドジャースの雑用係からオーナー補佐に登りつめた日本人、“IKE”とはいったい何者だったのか? 55年間の人生すべてを野球に捧げた、その知られざる生涯に迫る。