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2016.09.01

「美容」にまつわるノート

山田 マチ

「美容」にまつわるノート

 三十路をすこしばかり越えたある日のこと。私は突然思い立って、化粧というものを一切やめてしまいました。
 それまでも、たいした化粧をしていたわけではないので、さして驚く人もなく、気にする人もなく、気にされたところで耳を傾ける気もないので気にもせず、なにもせぬまますごしています。

 20代のころは、まわりに流されるままに化粧をしていました。
 けれども絵心のない私は、キャンバスである自分の顔をどう彩ればよいものか、まったく見当がつきません。ティーン雑誌が指南していた「はじめてのメイク」を忠実にこなす日々。

 しかしふと疑問がわいたのです。
 「いったいぜんたいなんのために?」
 さして綺麗になるわけでも劇的にモテるわけでもないのに、なんだかずっと顔面が息苦しい。施すのも直すのも落とすのもめんどくさい。「する」から「しない」のが気になるだけで、「しない」状態が通常化すれば、なんとも思わなくなるのではないか。動物だって鳥だって虫だって派手に飾るのはオスなんだから、野生本来の姿に立ち返るだけじゃないか。

 ようし思い立ったら吉日だ。やーめた。と、さじを投げ、それっきり。
 すこぶる快適ですが、人様におすすめできるかと言われると、うーむと考えてしまいます。大人の女が化粧をしないことの、メリットとデメリットについて少々お話ししましょう。

                   *

 まず最大のメリットは、「めんどくさくない」。これに尽きます。
 朝起きて、顔を洗って服を着れば、もう支度はおしまい。落とす必要もないので、疲れたり酔っぱらったりして家に帰ったら、服を脱ぎ捨てベッドに直行。
 ひとり暮しで、化粧をしないからこそできる芸当です。

 睡眠時間が確保できるばかりでなく、日常生活も時間に余裕が生まれます。
 化粧をしていると、お手洗いにいったついでに、「落ちてないかしら。くずれてないかしら」と、鏡でよくよく自分の顔を確認せねばなりません。
 そして、もしもくずれていたら、かばんからポーチを取り出して、スポンジでパタパタとはたいたり、まつげをくるりんとさせたり、口紅をぬって「んー」とかやったりせねばなりません。
 ポーチにあるはずのものがなかなか出てこなくて「こんな小さな空間でなぜ消える」といらいらしたりもするでしょう。

 化粧をしないということは、そういった時間が一切なくなるのです。
 化粧を施す、直す、落とす、といった時間のほかにも、化粧品を探す、試す、選ぶ、買う、といった時間もとられません。

 時間のみならず、空間にも余裕が生まれます。
 我が家には、化粧品を保管しておくための収納も、化粧をするための鏡台も、クレンジングオイルの置き場もありません。
 「美容関連」としている木製の小抽き出しには、爪切りと、毛抜きと、綿棒と、キンカンが入っているくらいです。昭和の様相です。

 ふだんの荷物も、化粧ポーチがいらなくなったので、軽くなりました。
 旅の荷物が減ったのも、うれしいことです。旅先で化粧しかけてから「アイラインだけがない!」と愕然としたり、夜中にホテルに帰って「クレンジングを忘れた!」などと絶叫することもなくなりました。

 お財布にも、余裕ができます。美容関連で私が買うものといえば、無印良品の化粧水と、子どものころから使っている名前も知らないクリームと、日焼け止めくらいなもの。中学生のこづかいくらいで事足ります。

 涙はいつだって流し放題です。もしも私が何らかの謝罪会見をしたとしても、化粧が落ちないようにハンカチの角で目頭を押さえる、ということをする必要はありません。
 悲しいとき、くやしいとき、爆笑したとき、涙が流れてきたら、わんぱくぼうずのように手の甲でごしごしとこすればよいのです。

 汗だって、かき放題。顔がベタベタしてるな、と思ったら、水道水でばしゃばしゃっと洗います。全身さっぱりしたいと思えば、いつだってそのへんの銭湯や温泉に飛び込めます。

                   *

 このようにメリットはいくつもありますが、それと引き換えに、失ってしまったものもたくさんあります。

 小さなところから言えば、デパートの化粧品売り場を歩きづらい、ということ。あの美容の巣窟のような世界に放り込まれると、犯罪者にでもなったような気分になり、売り場の人と極力目を合わせぬよう、異様に早足になってしまいます。

 そして最大のデメリットは、「美しくはない」ということ。
 年齢を重ねて、様々な問題が噴出するなか、包み隠さず、覆い隠さず、あけっぴろげなわけですから、それなりの顔面をさらすことになります。
 鏡を見る時間が少ないので、顔の異変に気づきにくくもなります。
 知らぬ間にしみやそばかすの大陸ができていたり、みけんに深いしわが刻まれていたり、顔じゅうの毛がボーボーになっていたりして、びっくりと同時にがっかりが押し寄せます。

 外見だけでなく、内面にも影響が及んでいるはずです。
 女というものは、お化粧して、体のラインがわかる服を着て、高いヒールのくつをはくことで気持ちが上がり、いつまでも美しくいられる、って誰かがどこかで言っていました。女は見られてナンボなんだそうです。

 ひとり暮しですと、人に見られるためには、自分から出向いていかなければなりません。誰にもじゃまされない部屋で、化粧もしないで、ゴムの伸びたパジャマを着てごろごろする時間は、何にもかえがたい幸せです。
 ゴムのゆるみは心のゆるみ。心のゆるみは顔のたるみに直結します。
 こんな、ゆるゆる、たるたるの生活では、「女らしさ」という言葉は、はるか彼方の絵空事。私はこのまま、おじさんかおばさんかわからないおばさんになってしまうのかもしれません。

                   *

 「女の幸せ」というものからはきっと遠ざかっているのでしょう。
 でも「私の幸せ」で言えば、化粧をして皮膚呼吸ができなくなる息苦しさよりも、化粧をしない気楽さのほうを優先したい。
 映画を見て号泣して、銭湯でひとっ風呂あびて、そのへんで一杯ひっかけて、家に帰ってバタンキュー。
 どうせ気ままなひとり暮し、顔も肌も気ままでいたいと思うのです。

 とはいえ、人様を不快にさせるようではいけませんね。美しくはなくとも、せめて、すこやかに。しゃんと背筋を伸ばして、まっすぐ前を向き、堂々と化粧品売り場を歩く人間になりたいものです。

首から上につけるもののすべて。小さなボトルは、子どもの頃から使っているゲルクリーム。名前は知りません。

 

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