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2016.09.01

出版業界のタブーに切り込む『作家刑事毒島』(5)

出版社への持込原稿は、ツライよ。

中山 七里

出版社への持込原稿は、ツライよ。

出版業界って、どんなところだとイメージしますか? 中山七里さんの最新作『作家刑事毒島』を読むと、その片鱗が垣間見れるかもしれません。売り出し中のミステリー作家で刑事技能指導員でもある毒島真理は、捜査一課が手を焼く殺人事件を解決に導きます。容疑者として疑われるのは、プライドが高すぎる新人作家、手段を選ばずヒット作を連発する編集者、ストーカーまがいの怖すぎる読者と、出版業界のどこかで耳にしたことのある人ばかり…!? 新人作家、出版社志望者にはかなり刺激の強い本格ミステリー『作家刑事毒島』の試し読みを、5回にわたってお届けします。最終回、毒島が3人の作家志望者の動機を探り始めます。

* * *

「……すみません。あの頃に読まされた原稿の一部を思い出しただけで、吐き気を催しました」
「そんなに酷い内容なんですか」
「慣れない者は体調を崩しますよ。これはある地方文学賞なんですけど、市が主催するので下読みは市の職員がするんです。一般の人たちは編集を通して製本されたものしか読んでいませんからね、小説の形にもなっていない原稿を何百枚も読まされるとものの五分で頭痛を訴えるようになる。それでも仕事だから、途中で投げ出す訳にもいかない。とうとう内臓疾患を発症する者まで現れたらしいです。ただ公募の場合は投稿者が目の前にいないので顰め面だってできますし、応募原稿を床に叩きつけることだってできます。本当に辛いのは持ち込みなのですよ」
「原稿を直接、出版社に持っていくんですね」
「今はどこの出版社も持ち込みはお断りしているんですが、中にはそれでも直接見てくれと強引に社までやって来る人がいて……うっぷ」
 辛坊は口元を手で押さえる。
「……すみません。また思い出してしまって。新人賞を公募しているからそちらに送ってくださいとお願いしても、いや自分の作品は素性の知れない下読みでは真価を理解できない。ちゃんとした編集者に読んでもらわなければいけないのだと押し掛けてくるんです。追い返すこともできず、忙しい時間の合間に目を通すのですが、まず百パーセント碌でもないものばかりです。ところが本人たちはどんな賛辞を受けるだろうかと、目をきらきらさせて待ち構えている。社交辞令で誤魔化そうものなら、それではすぐ出版してくれないかと言う。欠点を挙げれば、では欠点を修正すれば出版できるのかと言い出す。とても商業ベースにのせられる代物ではないと正直に言えば、お前には才能を見抜く目がないと散々悪態をつく。中には帰りがけに唾を吐いていくヤツまでいる。ウチは玄関ドアを何度も蹴られています……先生、まだですか」
「あと二枚ー」
「自信があるから持ち込んでくるんでしょうからね」
「いいえ、それは違います。本当に自信があるのならちゃんと新人賞に応募しますよ。新人賞では相手にされないのが分かっているから、無理やり強行突破しようとするんです。何というか正々堂々と裏口入学しようとしているんですね。で、そういうのに限って本当にタチが悪い。まあ、ルールに従わずに無理を通そうという人間だからタチが悪いのは当たり前なのでしょうけどね」
  次第に明日香も気分が悪くなってきた。
「何か……壮絶な話ですね」
「だからという訳でもありませんが、どこも外部の下読みさんには一本数千円の手数料で審査をお願いしています。一本五千円が相場ですけど、ぶっちゃけ五千円で割の合う仕事じゃありません。その上、評価シートまで作成するとなると完全に滅私奉公みたいなものです。それで逆恨みされて殺されたのなら、百目鬼さんもとんだとばっちりですよ」
「自分の投稿作品を酷評されたからといって、それが殺人の動機になり得ると思いますか。どうもわたしには極端な話のように思えて」
「世間一般では有り得ない話なのでしょうけど、事情というか作家志望者たちの実状を知っている者にすれば大ありですよ」
「うんうんうん、そうだよね、大ありだよね」
「先生、話を聞いている暇があったら」
「あと一枚、あと一枚」
「頼みますよ、本当に。とにかく応募原稿を弾かれたんじゃなくて、自分の人格を全否定されたから、と考えれば納得していただけると思います。初めてパソコンを買ったので、好奇心から小説みたいなものを書いてみた。退職してすることがなくなったので、暇潰しに書いてみた……そういう物見遊山気分で応募してくる人もいますけど、文章を読む限りほとんどの原稿からは執念深さというか、ルサンチマンじみたものをひしひしと感じますから」
 辛坊は鬱陶しくてならないという風に唇を曲げて訴える。
「高千穂さん、刑事さんだったら頭のネジの緩んだ人たちがとんでもない犯罪に走るのを経験されているでしょう? 頭のネジがどうにかなっているという点では、作家志望者も一緒なのですよ。三人の中に犯人がいるとしても、出版関係者でそれを不思議に思う者は誰一人いないでしょうね。ワナビという連中は多かれ少なかれ犯罪者としての資質を確実に持っています」
 とんでもない偏見のように聞こえるが、それを訴える辛坊の目は真剣そのものだ。よほど彼らには酷い目に遭ったのだろう。
「百目鬼さんがそれ以外の人から恨まれている可能性はありませんか」
「奥さんと離婚してもう五年、お子さんも、ついでにこれという財産もなし。編集者としての才能は十人並み。口は悪いけど、付き合ってみれば意外に常識人。人が嫌がるような仕事も渋々ながら引き受けてくれる。業界内で彼を殺したいほど憎む人なんて思いつきませんね」
「できたよー、辛坊さん。今、そっちに送信するからねー」
 毒島の声を合図に、辛坊はカバンの中からタブレット端末を取り出す。今までこの世の終わりのようだった表情から一変、試験管を手にした化学者のように冷徹な顔で送信されてきた毒島の原稿に目を走らせる。
 そして大きく頷くと、タブレット端末をカバンに仕舞いながら立ち上がった。
「お疲れ様でしたあっ」
 辛坊はそう言い残し、挨拶もそこそこに部屋を飛び出していった。
「いやいやいや、ごめんなさいごめんなさい待たせてしまって」
 毒島がこちらに向き直る。改めて見ればどこか飄々としており、童顔も相俟って笑った顔はこの上なく温和だ。少なくとも警戒心を抱かせるような風貌ではなく、何故この男を犬養や麻生が苦手そうにしていたのか明日香は理解に苦しむ。
「さっきは辛坊さんが色々言っていたけれど、あの人も多少被害妄想じみているからね。でも、その三人のうち誰が犯人であってもおかしくないというのは、僕も同意見」
「はあ」
「三人のアリバイはどうだったの」
「三人ともその時間は自室に籠もって執筆に勤しんでいたということです。只野九州男と牧原汐里は一人暮らし。近江英郎は妻と二人暮らしですが、犯行の行われた時刻に妻は寝ていてアリバイを証明できません」
「ふんふんふん、つまり三人とも百目鬼さんを殺す動機があり、アリバイはなし。それで現場からはまだ犯人を特定できるような遺留品も発見されずという訳だね」
「ええ。場所が場所ですから不明毛髪は山ほど採取できたんですけど、その中に三人のものはなかったんです。下足痕も同様」
「つまり犯人は音もなく百目鬼さんに近づき、抵抗する暇も与えず凶器で一撃、相手の身体を刺し貫く。足跡を注意深く消してから風のように立ち去っていく。とても慣れた犯行のように見えるよね。それでなくても人並み外れて沈着冷静」
「捜査本部も同じ見解です」
「三人が投稿した原稿と百目鬼さんの作成した評価シートはまだ残っているかしらん」
「持ってきています」
 明日香は抱えていたバッグから三束の原稿とファイルを取り出す。
「昭英社さんからいただいてきました。お預かりするだけでいいと思ったんですけど、もう要らないものだからって押しつけられて」
「だろうねえ、下読みで落とされる原稿なんてシュレッダーや溶解にしても手間暇かかるだけのゴミだから。高千穂さん、ゴミ箱代わりにされたんだよ」
 おや、と思った。人懐こい笑みのままだが、出てくる言葉は意外に毒を孕
はらんでいる。
「麻生くんたちは容疑者をこの三人に絞っている訳だ」
「ええ、他に動機らしい動機を持っている者がいないので」
「ちょっと拝見」
 毒島は明日香から原稿を受け取り、ぱらぱらとページを繰り始める。本当に読んでいるのかと疑いたくなるような速さだった。
「うふふ、うふふ、うふふ」
 ページを繰りながら、何やら意地の悪そうな笑みに変わる。評価シートに目を移してからは、それが更に顕著になった。
「ふふ、ふふ、うふふふふふふ」
 込み上げるものを堪え切れないように、毒島は満面に笑みを浮かべる。思わず明日香は半歩退いた。
 ひょっとしたら自分の第一印象は間違っていたかも知れない。
「百目鬼さんも優しいねえ」
「はい?」
「この原稿読んでこういう評価シート書くんだからね。奥歯にものが挟まっているどころじゃない。猿轡の上からもの申しているようなものだね。あ、でも、だから恨まれたのかな。読解力のない人間が読んだら希望を持たせるような書き方でないこともない。こういうのは一刀両断にしてやらないと逆に可哀想なんだけどねー」
 そして毒島は興味津々といった顔を明日香に向けた。
「ねえねえねえ、技能指導員としてこの三人に会ってみたくなったんだけど」
 技能指導員の立場を持ち出されたら明日香に拒絶する術はない。
 一抹の不安を覚えたが、明日香はこの申し出を承諾するより他なかった。
 

 ※この連載は、『作家刑事毒島』の〈1〉ワナビの心理試験(p.5〜37)の試し読みです。続きはぜひ書籍をお手にとってお楽しみください。
 

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