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2016.08.23

出版業界のタブーに切り込む『作家刑事毒島』(2)

俺の大傑作が落選? 出版社を恨んでやる!

中山 七里

俺の大傑作が落選? 出版社を恨んでやる!

出版業界って、どんなところだとイメージしますか? 中山七里さんの最新作『作家刑事毒島』を読むと、その片鱗が垣間見れるかもしれません。売り出し中のミステリー作家で刑事技能指導員でもある毒島真理は、捜査一課が手を焼く殺人事件を解決に導きます。容疑者として疑われるのは、プライドが高すぎる新人作家、手段を選ばずヒット作を連発する編集者、ストーカーまがいの怖すぎる読者と、出版業界のどこかで耳にしたことのある人ばかり…!? 新人作家、出版社志望者にはかなり刺激の強い本格ミステリー『作家刑事毒島』の試し読みを、5回にわたってお届けします。第2回は、殺された男の正体が明らかに!


* * *

 出動命令を受けた高千穂明日香が現場に駆けつけると、既に杉並署と麻生班の面々が顔を揃えていた。
「お疲れ様です」
 先輩の犬養を見つけたので駆け寄る。捜査一課に配属されてまだ半年。トレーナー役の犬養はいけ好かない男だったが、検挙率は男性容疑者に限れば警視庁でも一、二を争う成績なので教えられる側の明日香も従うしかない。
 犬養はくいくいと人差し指で明日香を招く。行く先はブルーシートで拵えられたテントの中だ。
「もう検視が終わった頃だろう」
 テントの中に入ると、御厨検視官が死体の傍らに屈んでいた。死体は丸裸にされ、血の気を失った肌に胸の傷痕がひどく生々しい。
「急所を一撃。背中から入った凶器が胸を貫通している。死因は失血死だな。司法解剖に回すが、まず間違いあるまい」
「ずいぶん力のある犯人なんですね」
思わず口にした。倒れているのは三十代男性。見るからにがっしりとした身体つきで、格闘となれば組み伏せるのも簡単ではないだろう。胸板も厚い。凶器で背中から一気に貫いたのであれば、相当な腕力の持主と思えた。
「凶器もやや特殊だった。見るか」
 御厨が取り出したのはポリ袋に収められた刃物だった。全長はおよそ二十センチ程度。巨大なアイスピックといった形状で、先端が鋭く尖っている。
「有尖無刃器の見本みたいな凶器だな。事件が解決した暁には、資料として保存しておきたいくらいだ」
 血塗れの凶器を目の当たりにして、一瞬足が竦んだ。御厨からポリ袋を受け取ったのは犬養だった。
「指紋は?」
「鑑識は採取できなかった。握りの部分だけでも拭き取ったんだろう」
「握るための柄もない、というのは奇妙ですね。それにえらく軽い」
「自作の可能性は否定できない。素材は多分アルミニウム合金だろう。軽量で加工しやすいからな」
「アルミニウムなんて脆い印象しかないんですけどね」
「捜一の犬養にしては不見識だな。下手すれば青銅よりも硬度は上だ。加工の仕方次第ではこんな風に理想的な凶器に仕上がる。資料として保存したいと言ったのはそういう理由だ」
「理想的、ですか」
「軽量でかつ丈夫、その上加工も容易。着衣に乱れはなかったから、争った形跡もない。背後からいきなり刺し貫かれ、相手の顔を見る間もなく絶命、といったところかな」
「女性でも可能な犯行ですか」
「この凶器であれば、否定する材料は何もない」
「死亡推定時刻、検視官の見立ては?」
「六日の午後十一時から零時までの間。発見が早かったから、あまり誤差はあるまい」
「鑑識は何かいい話をしてませんでしたか」 
御厨は不機嫌そうな目を犬養に向ける。
「現場周辺の土を採取していたが、下足痕を含め、容疑者のものと推測できるものはまだ見つかっていない」
 テントを抜け出ると、少しだけ人心地がついた。小言の一つでも洩らすかと思ったが、犬養は明日香の方を見もせずに概略を話し始める。
「死体を発見したのは、毎日この道を通っていたサラリーマンだ。表通りから二つ奥の脇道、店舗のネオンも届かず普段から人通りは少ないらしい」
「素性は割れているんですか」
「札入れに本人の免許証があった。百目鬼二郎三十八歳。元出版社勤務で、今はフリーライターみたいな仕事をしているようだ」
「みたいな仕事って具体的に何なんですか」
「さあな。名刺には出版プロデューサーとあるが、要は出版に関するなんでも屋じゃないのか」
 犬養は杉並署の捜査員たちに近づいていく。そのうちの何人かとは顔馴染みらしい。
「訊き込み、どうですか」
「思わしくないですね。元々、周辺はオフィスビルで固まっていて午後十時を過ぎると一斉に人気がなくなるんです。明朝にも地取りを続けますが、場所と時間を考えると過大な期待は持てません」
「防犯カメラはどうですか」
 所轄の捜査員はこれにも首を振る。
「コンビニも金融機関も離れた場所にありますからね。直近のカメラは現場から五十メートルです。ここは死角になっているんですよ」
 目撃者なし。防犯カメラにも現場は撮られていない。犯人のものと思しき遺留品もなし。つまりはないない尽くしという訳か。
 犬養は唇をへの字に曲げていた。

 事件発生から二日後になると状況に動きがあった。百目鬼二郎に殺害の動機を持つ者が三人浮上したのだ。
「百目鬼は昭英社主催の新人賞で下読みをやってたんだが、その昭英社経由で百目鬼宛てに三人の応募者から脅迫めいた抗議文が届いていた」
 班長の麻生が説明したが、早速明日香には不明な単語がある。
「すみません。下読みって何ですか」
「俺も聞きかじった程度だが、小説の新人賞というのは選考が何段階かに分かれている。下読みってのは最初の段階で、二次に上げるかどうかを判断する読み手のことだとよ。大体、この段階で応募者の九割が落とされるらしい。三人は当然落とされた九割の中に入っている」
「百目鬼はフリーランスだったんですよね。出版社が下読みにフリーランスを雇うんですか」
「その出版社の社員だけでは捌ききれないから、外部の人間に依頼するらしいな」
「脅迫めいた抗議文って何ですか」
「下読みの人間は作品の感想を記したシートを作成する。そのシートが応募者の許に届けられるんだが、その内容が彼らを怒らせた。百目鬼に会わせろ、全人格を否定するようなことを書きやがって、講評というより誹謗中傷だ、謝罪しろ、さもなければ後悔する羽目になるぞ……と、まあそういう反応だ」
「一番下の選考で落とされたくらいで抗議しているんですか、その三人は」
 素朴な疑問をぶつけると、何故か麻生は苦虫を嚙み潰したような顔をする。奇妙なことに、同席していた犬養も似たような顔をしている。
「抗議文がまず出版社に届いたということは、三人とも百目鬼の住所や連絡先を知らなかった訳ですよね。なのに、どうして百目鬼を現場で捕まえることができたんですか。昭英社だって千代田区にあるんですよね」
「おそらくブログからの情報だろう。百目鬼はブログを開設していて、よく行きつけの吞み屋から自宅までの写真をアップしていた。店の名前と位置が分かっていれば、ブログの写真から自宅までのコースが分かる。ご丁寧なことに百目鬼は吞み屋へ行く曜日も時間帯も決めていたから、待ち伏せするには好都合の情報が全て本人自身から発信されていたことになる」
 馬鹿みたい、と明日香は胸の裡で呟く。
 出版社に勤務していたのなら、個人情報の秘匿に関しては一般人より注意喚起の必要があったはずだ。
 それなのにブログやSNSでは小学生並みの迂闊さで情報を晒してしまう。公私の別はともかくとして、危機管理能力のなさが本人の首を絞めたと言われても仕方がない。
 麻生は説明を続ける。
「因(ちな)みにその三人には共通して事件当夜のアリバイがない。とにかく参考人として呼んでおいた。お前たちが担当だ。話、聞いてこい」
 明日香に異存はなかったが、しかし尚も犬養は気乗りしない様子だった。

 そろそろやってみろと命じられたので、明日香は聴取役として参考人の前に座ることにした。
 

※第3回は8月26日(金)公開予定です。この連載は、『作家刑事毒島』の〈1〉ワナビの心理試験(p.5〜)の試し読みです。続きはぜひ書籍をお手にとってお楽しみください。
 

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