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2016.08.22

第1回

指導者は謙虚な心をもて

平井 伯昌

指導者は謙虚な心をもて

リオ五輪で萩野公介選手に金メダルを、星奈津美選手に銅メダルをもたらした競泳日本代表ヘッドコーチ平井伯昌の著書『見抜く力 夢を叶えるコーチング』。子育てや部下への指導に悩むすべての人に読んでほしい。人は誰でも伸びる。すべては指導者次第なのだ。

まえがき

「どんな指導をしたんですか?」

「どうすればオリンピック選手が育つんですか?」

 最近になって、そんな質問を受ける機会が多くなった。

 私がコーチを担当している北島康介、中村礼子、上田春佳という三人の選手が、そろって北京オリンピックの代表選手として出場したからである。

 ご存じのとおり、康介は一〇〇メートルと二〇〇メートルの平泳ぎで、アテネにつづき二大会連続の金メダルを獲得した。また、礼子も二〇〇メートル背泳ぎで、同じように二大会連続の銅メダルを手にした。

 春佳に関しては残念ながら決勝進出はならなかったが、二〇〇メートル自由形の予選では日本新記録のタイムで泳ぎきった。

 それぞれの選手が、それぞれにベストをつくした結果だと思う。

 コーチとして、私が指導をするときに気をつけているのは、何よりも選手自身の人間性を把握し、本質を見抜くということ。それがいちばんの原点だと考えている。

 それができていないと、それぞれの選手に対応することもできないし、お互いの信頼関係も築くことができない。それができて初めて、きつい練習にも耐えることができるし、困難なハードルを乗り越えることもできる。オリンピック、という共通の夢に向かって闘えるのである。

 だが、オリンピックで世界の頂点に立つことだけが、最終目標では決してない。速い選手や、記録に挑戦できる選手を育てることだけが、コーチの役割ではないのだ。

 水泳を通じてみんなのお手本になる、社会の中でみなさんの役に立っていける人間になってもらいたい。水泳を通じて人間を磨いてもらいたいと思っているのだ。

 そんな私自身の「指導」に対する姿勢やスタンスを、本書から読み取ってもらえれば幸いである。
 

指導者は謙虚な心をもて

 コーチとして私がオリンピック選手を輩出することができたのは、もしかしたら自分が選手としてはほとんど実績がなかったからかもしれない。大学三年生のときに、奥野が入ってきたときも、不思議と嫉妬は感じなかった。

 自分でもある程度の成績を残したことがあれば、指導する際にどうしても自分の体験が含まれてしまう。その体験の「負」の部分、こだわりやコンプレックスが、眼鏡を曇らせてしまうことはあり得る。自分の目の前の選手をあるがままに受け入れる「謙虚」さが大切なのだと思う。

 東スイの大先輩である青木先生からは、こんな教えも受けた。

「コーチとして選手を指導するときには、まず大胆な仮説を立てろ」

 というものである。

 選手をこんなふうに育てたいとか、こんな泳ぎをめざしたいとか、まずは仮説を立て、それにはどんな解決すべき課題があるのかを見つける。その上で指導しなければいけないと教えられたのだ。

 ともすると、元選手だったという人がコーチになった場合、固定観念ができてしまっていることが多い。たとえばスタートはこうでなければいけない、泳ぎはこうあるべきだ、という先入観で見てしまうのだ。それを判断基準にして選手を見るから、

「なんでこんな泳ぎしかできないのか」

 といった不満をもってしまいがちになる。

 その固定観念をみずから崩して、新しい仮説を立て、選手を目標に向かって導いていける人は、指導者として大成できるのではないか。だが、そこがなかなか難しいところで、どうしても自分の経験が邪魔をしてしまうケースが多いのだ。

 私の場合は、選手時代にも水泳を専門的に教わったことはあまりなかった。スタートはどうやって構えたらいいのか、膝は曲げたほうがいいのか伸ばしたほうがいいのか。自分なりに工夫し、いろいろと考えながら試行錯誤を繰り返していた。幸いにも、私には固定観念がほとんどなかったのだ。

 東スイで最初に初心者の指導を担当したことも、私にとってはラッキーなことだった。相手は当然、水泳の初心者だから泳げない。泳げない子に水泳の「イロハの、イ」から教えるのが仕事だ。

 パートタイマーのコーチの中には、

「君は、なんでこんなことができないんだ!」

 と怒ったりするコーチがいた。

 そんなシーンを何度か目の当たりにして、初心者を叱りつけるのは、まさに愚の骨頂だと思った。そもそも泳げないから、教わりに来ているのだ。まずはそのことを前提として教えることこそが大切なのではないか、とつくづく考えさせられた。

 そのためには何が大事かといえば、やはり初心者と同じ目線で向き合うことである。

 変なプライドや実績などを忘れて、とにかく謙虚になること。誰でも最初は泳げなかったのだから、自分が初心者だった頃のことを思い出せば、自然に謙虚な気持ちになれるはずだ。

 生徒たちに向かって上からものを言うような態度は、反発を買ったりするだけだ。上から目線や、腹を立てて怒鳴るだけでは思うような指導はできない。初心者に限らず、どんな人を相手にする場合でも、指導者はまず謙虚な心をもつ必要がある。

 それが、指導者としての「イロハの、イ」であることを忘れてはならないと思う。
 

攻めのコーチングから待ちのコーチングへ

 コーチとして初めて選手を指導するようになったのは、二五、六歳の頃だった。

 選手たちから見れば兄貴分みたいな感じだったからだろうか、私が教えることはみんな素直に聞いてくれた。その結果として、記録が驚くほど急激に伸びたのだ。

 そうなると、コーチである私を選手の親たちはチヤホヤしてくれる。私より一〇歳は年上である保護者たちが、自分の力量を認めてくれたと思うと悪い気はしなかった。

 ところが、逆にちょっとでもうまくいかなかったときは、その反動がくる。まるで手のひらを返したように責め立てられるのだ。試合で記録が伸びなかったりすると、それこそケチョンケチョンに貶されてしまう。

 そんなことで悩んだ時期もあった。

 それとは反対に、才能のある選手が出てくると、どうしても自分でコーチをしたいから、みんながその選手にチヤホヤする傾向になることがある。これまでの経験から、私はそれだけは避けようと思っていた。

「速い選手も遅い選手も、みんな一緒なんだ」

 という気持ちでトレーニングしていかなければならない。ある選手だけを特別扱いすれば、結局はその選手が周囲から妬まれるし、コーチも他のコーチから妬まれることになる。何もいい結果につながらないのだ。

 選手にしてみれば、コーチから、

「お前は才能があるから頑張れ」

 と言われて認められたら、悪い気はしないはずだ。それがわかっているから、コーチとしてはついつい口に出したくなる。だが、本気になって育てようと思ったら、しばらくは黙って見守ってやるべきではないかと思う。

 選手がある一定のレベルに達するまで、じっと我慢して待っていたほうがいい。

 伸びる選手は必ず頭角を現すし、やがてはそれを選手や親などのグループも認めるようになる。そのときになって初めて、認めてやり褒めてやればいいのだ。

「こいつはきっと強くなる」

 そう思いこむことも、ときには必要かもしれない。だがそれと同時に、もうちょっと客観的に眺めながら、待つという姿勢が大切なのではないか。そう思うようになった。

 それまでの「攻めて、攻めて」というコーチングから、「待ちのコーチング」へ。

 私のコーチング・スタイルが変化してきた。
 

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関連書籍

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