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2016.08.15

敗戦を知る前最後の8月15日大本営発表

辻田 真佐憲

敗戦を知る前最後の8月15日大本営発表<br />

最近、政府やNHKの発表を「大本営発表」だと揶揄する声が高まっています。「大本営発表」とは、本来、日本軍の最高司令部「大本営」による公式発表のこと。しかし、太平洋戦争下に現実離れした嘘と誇張で塗り固められたため、信用できない情報の代名詞となってしまいました。7月29日に発売された『大本営発表~改竄・隠蔽・捏造の太平洋戦争』より繙く「大本営発表」の歴史。最後は、8月15日の大本営発表を見ていきます。

 八月十五日の大本営報道部

日本放送協会の本部が置かれた内幸町の放送会館。太平洋戦争の開戦と敗戦はここから発表された。現在は小さな「放送記念碑」が残っている。

 八月十五日の午前七時二十一分。日本放送協会の館野守男は、再びスタジオのマイクの前に立っていた。館野は、太平洋戦争開戦の臨時ニュースを読み上げたアナウンサーである。

「謹んでお伝え致します。畏きあたりにおかせられましては、この度、詔書を渙発あらせられます。畏くも天皇陛下におかせられましては、本日正午おん自ら御放送遊ばされます。洵まことに畏れ多き極みでございます。国民は一人残らず謹んで玉音を拝しますように」

 いわゆる「玉音放送」の告知である。昭和天皇の録音は前日に済んでいた。当日はただそれを放送するだけだった。ただ、クーデター派の軍人がどこに潜んでいるかわからない。現に、放送局に押し入る軍人の姿もあった。正午まで放送局には緊張が続いた。

 一方、大本営報道部の会議室には、栗原悦蔵副長以下四人の海軍将校だけが席についていた。陸軍側の報道部員は、報道部の統一後も主に市ヶ谷の陸軍庁舎で勤務していたため、この日も姿を見せなかった。これに対し海軍側の報道部員は、霞が関の海軍庁舎が五月の空襲で半壊したため、ほかに行くところもなかった。

 しばらくの沈黙ののち、栗原が時計を見てつぶやいた。

「放送は正午だね」

 居合わせた高瀬五郎大佐は嗚咽を漏らし、松岡謙一郎(元外相・松岡洋右の長男。のち全国朝日放送副社長)と戸崎徹の両主計大尉は唇を嚙んで俯(うつむ)いた。栗原の目にも光るものがあった。開戦の日と異なり、この日報道部は完全に蚊か帳やの外だった。

 そして正午──。

 アナウンサーの和田信賢がマイクに向かって厳かに告げた。

「只今より重大なる放送があります。全国聴取者の皆様御起立願います」

 そして下村宏情報局総裁の言葉のあとに、「君が代」が放送され、「玉音放送」がはじまった。

「朕深く世界の大勢と帝国の現状とに鑑み、非常の措置を以て時局を収拾せむと欲し、茲に忠良なる爾なんじ臣民に告ぐ。朕は帝国政府をして米英支蘇四国に対し其の共同宣言(引用者註、ポツダム宣言のこと)を受諾する旨通告せしめたり──」

 こうして太平洋戦争の終わりは告げられた。開戦のときと異なり、そこに勇ましい大本営発表は存在しなかった。

 ちなみに、玉音放送前最後の大本営発表は、次のようなものだった。

 

【大本営発表】(八月十四日十時三十分)

我航空部隊は、八月十三日午後鹿島灘東方二十五浬に於て航空母艦四隻を基幹とする敵機動部隊の一群を捕捉攻撃し、航空母艦及巡洋艦各一隻を大破炎上せしめたり

 

 これよりのち、大本営発表は六回だけ行われた。いずれも敗戦処理に関する内容だった。そのうち四回は政府との合同発表で、「大本営及帝国政府発表」という形式を取った。

 したがって、最後の大本営発表は次のものとなる。

 

【大本営及帝国政府発表】(八月二十六日十一時)

本八月二十六日以降実施予定の連合国軍隊第一次進駐日程中、連合国艦隊相模湾入港以外は、夫々四十八時間延期せられたり

 

 太平洋戦争がはじまってより八百四十七回。大本営発表の最後は、連合軍の進駐についてだった。誰がこんな結末を想像しえただろうか。これ以降「帝国政府発表」はあっても、「大本営発表」は行われなかった。

 かくして一九三七年十一月にはじまった大本営発表の歴史は寂しく幕を閉じたのである。

(辻田真佐憲『大本営発表 改竄・隠蔽・捏造の太平洋戦争』「第六章 埋め尽くす「特攻」「敵機来襲」「大本営報道部たちの戦後」へ続く。どうぞ本書をお読みください。)

**

大本営発表/目次

◆はじめに

第一章 日中戦争と大本営発表の誕生(一九三七年十一月~一九四一年十二月)
◆忘れられた太平洋戦争以前の大本営発表
◆大本営報道部は陸海軍でバラバラ
◆世論対策に熱心な陸軍と冷淡な海軍
◆地味だった最初の大本営発表
◆大本営発表は作戦報道の最高権威
◆国民に届くまでの三つの関門
◆悩ましい南京攻略戦の報道合戦
◆新聞暴走の背景に熾烈な競争
◆広東・武漢作戦で試行錯誤
◆三年間鳴りを潜めた大本営発表
◆情報局の発足と忖度する報道機関
◆記者を軍属として徴用する報道班員制度
◆平出英夫の着任と海軍報道部の躍進
◆宣伝報道の専門家が集まる陸軍報道部
◆馬淵逸雄の更迭と陸軍報道部の凋落
◆準備万全で迎えた十二月八日の開戦

第二章 緒戦の快勝と海軍報道部の全盛(一九四一年十二月~一九四二年四月)
◆大本営発表は「読む」から「聴く」へ
◆大本営報道部と癒着する記者クラブ
◆驚異的な戦果をあげた真珠湾攻撃
◆正確な報道をめざして戦果を修正
◆マレー沖海戦と物語調の発表文
◆焦る陸軍報道部は修飾語を乱用
◆「大本営発表」ブランドの確立
◆落下傘作戦で露見した陸海軍の対抗意識
◆シンガポール攻略と相変わらず冴えない陸軍報道部
◆谷萩那華雄の着任と陸軍報道部の盛り返し
◆特殊潜航艇の戦果をめぐる駆け引き
◆「特別攻撃隊」は虚偽と隠蔽により生み出された
◆本土空襲の衝撃と架空の撃墜
◆「信頼性の高い大本営発表」と「信頼性のない敵国の発表」

第三章 「でたらめ」「ねつぞう」への転落(一九四二年五月~一九四三年一月)
◆高松宮の大本営発表批判
◆水増しされた珊瑚海海戦の戦果
◆戦果誇張の原因は情報の軽視
◆ミッドウェー海戦でまさかの敗北
◆「自然の成り行き」で損害隠蔽に
◆大敗に意気消沈する平出英夫
◆減少する大本営発表と軍神加藤建夫の創出
◆ガダルカナル島をめぐる攻防戦
◆第一次ソロモン海戦と高松宮の批判
◆存在を抹消されたサボ島沖海戦
◆辻褄が合わなくなった南太平洋海戦
◆戦艦の喪失を誤魔化した第三次ソロモン海戦
◆白々しい陸海軍報道部対談会
◆国民は三重に目隠しされた

第四章 「転進」「玉砕」で敗退を糊塗(一九四三年二月~一九四三年十二月)
◆「転進」と「玉砕」が生まれた理由
◆ガダルカナル島からの「転進」
◆大本営発表を疑いはじめた国民
◆「宴会疲れ」の海軍報道部に山本五十六長官戦死の衝撃
◆全滅を誤魔化したアッツ島の「玉砕」
◆戦艦「陸奥」の爆沈とその隠蔽
◆平出英夫、体調不良で海軍報道部を去る
◆中南部太平洋の航空戦で架空の戦果を積み上げる
◆陸海軍の対抗意識で発表されたタラワ・マキンの「玉砕」
◆開戦二周年の総合戦果
◆戦局の悪化で性格を変えた大本営発表

第五章 片言隻句で言い争う陸海軍(一九四四年一月~一九四四年十月)
◆トラック空襲の損害は「甚大」から「若干」に
◆竹槍事件と陸海軍の駒と化した新聞
◆クェゼリン、ルオット島守備隊の全員戦死
◆古賀峯一殉職と国民の疑念
◆尻すぼみに終わったインパール作戦
◆一号作戦で再び脚光を浴びた中国戦線
◆すぐに発表された本土空襲のはじまり
◆サイパン島「二回撃退」をめぐって陸海軍が対立
◆マリアナ沖海戦の発表でまた陸海軍が衝突
◆サイパン陥落と「官僚の作文」
◆世紀の大誤報、台湾沖航空戦
◆台湾沖航空戦のデタラメ発表の背景
◆台湾沖航空戦の勅語発表をめぐってまた陸海軍衝突
◆神風特別攻撃隊の出撃
◆無視された「決戦輿論指導方策要綱」

第六章 埋め尽くす「特攻」「敵機来襲」(一九四四年十一月~一九四五年八月)
◆最後に急増した大本営発表
◆特攻に隠されたフィリピンの地上戦
◆海軍に対抗した陸軍報道部の特攻発表
◆あらゆる表現を駆使した本土空襲の報道
◆曖昧模糊とした沖縄戦の最後
◆遅すぎた大本営報道部の統合
◆対応が分かれた原爆投下の発表
◆戦争継続に利用されそうになった大本営発表
◆八月十五日の大本営報道部
◆大本営報道部員たちの戦後

第七章 政治と報道の一体化がもたらした悲劇
◆大本営発表は戦争中盤に破綻していた
◆数字で振り返る大本営発表のデタラメぶり
◆大本営発表の破綻の内的原因
①組織間の不和対立 ②情報の軽視
◆大本営発表の破綻の外的原因 ③戦局の悪化 ④軍部と報道機関の一体化
◆大本営発表とは一体なんだったのか
◆福島第一原発事故と報道機関の独立性
◆安倍政権と報道に介入する政治権力
◆いまこそ大本営発表の歴史を学ぶ好機

◆おわりに
◆参考文献

 

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