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2016.08.13

日本軍の敗退を疑いはじめた日本人

辻田 真佐憲

日本軍の敗退を疑いはじめた日本人

最近、政府やNHKの発表を「大本営発表」だと揶揄する声が高まっています。「大本営発表」とは、本来、日本軍の最高司令部「大本営」による公式発表のこと。しかし、太平洋戦争下に現実離れした嘘と誇張で塗り固められたため、信用できない情報の代名詞となってしまいました。7月29日に発売された『大本営発表~改竄・隠蔽・捏造の太平洋戦争』より繙く「大本営発表」の歴史。最初は正確さにこだわった「大本営発表」が、次第に「ねつぞう」「でたらめ」へと転落していきます。 

「転進」と「玉砕」が生まれた理由

 一九四三年は、太平洋戦争の攻守が完全に逆転した年である。

 この年、米軍は新型の空母や戦闘機を次々に実戦配備し、戦力を大幅に増強した。これに対し、日本軍は各地で後退を強いられるようになった。具体的には、占領した島からの撤退や、守備隊の全滅が相次いだ。高級指揮官の戦死も、もはや珍しいことではなくなった。

 ことここに至って、敗退の隠蔽は困難だった。

 島々が陥落し、前線が日本本土に近づいている。それなのに、島はまったく陥落していないと強弁する。さすがの大本営も、そんなすぐに露見する噓はつけなかった。この点、陸上戦は海戦のように誤魔化しが利かなかった。

 とはいえ、「撤退」や「全滅」をありのままに発表すれば、国民の戦意が萎えてしまうかもしれない。場合によっては、作戦を指導した大本営の責任も問われかねない。それはそれで看過できないことだった。そこで思い悩んだ大本営は、特殊な話法を編み出した。

 すなわち、日本軍は撤退したのではない。作戦目的を達成したので、方向を転じて別の方面に進んでいるのだ。あるいは、日本軍は無策によって全滅したのではない。積極的な攻撃によって玉のように美しく砕け散ったのだ──と。

 要するに、大本営は、隠し切れない敗退を美辞麗句で糊塗するという新しい技法を身につけたのである。その美辞麗句こそ、悪名高い「転進」と「玉砕」にほかならない。ここに従来の戦果の誇張と損害の隠蔽が加わり、大本営発表はますます現実から遊離していった。

 本章では、一九四三年二月から十二月までの十一ヶ月の大本営発表を取り上げ、「転進」や「玉砕」のような言葉が生み出された背景を探っていく。

 

ガダルカナル島からの「転進」

 一九四二年八月七日より、ソロモン諸島のガダルカナル島では、日米間の激しい攻防戦が繰り広げられてきた。制海権をめぐる数度の戦いは、前章で言及したとおりである。一方、陸上の戦いはさらに熾烈をきわめた。

 日本軍は、強靭な米海兵隊を駆逐するため、約三万一千名の兵力を次々にガダルカナル島に送り込んだ。ところが、制海権と制空権を米軍に奪われたため、弾薬や食糧の補給に失敗。最終的に、約二万名もの兵力をいたずらに失ってしまった。そのうち四分の三が餓死と戦病死というから、いかに杜撰(ずさん)な作戦だったかがわかる。これに対して、米軍の戦死者は約千六百名だった。

 強気の大本営も、増えゆく一方の損害を前にして、ついにガダルカナル島の放棄を決定。翌年二月七日までに三次にわたる撤収作戦を実施した。あとには累々たる日本軍将兵の屍が残された。こうして半年にわたって続けられたガダルカナル島──その悲惨さから「餓島」とも呼ばれた──の攻防戦は、米軍の完勝に終わった。

 さて、戦いが終われば、今度は国民に発表しなければならない。今回発表を担当するのは、陸軍報道部である。そのため、ここから陸軍内部で発表文をめぐる駆け引きがはじまった。

 連戦連勝を誇る陸軍として、「退く」という言葉は絶対に使いたくない。かといって隠し通すことも現実的ではない。どうしたものかと悩んだ陸軍首脳部は、ついに「転進」という言葉を作り出した。「日本軍は敗北したのではない。作戦目的を達成したので、方向を転じて別の方面に進んでいるのだ」。それが陸軍の言い分だった。

「転進」は、陸軍省軍務局長の佐藤賢了少将(元陸軍報道部長でもある)と、参謀本部第二部(通称、情報部)長の有末精三少将の合作といわれる。つまり、陸軍省と参謀本部が合同でこの詭弁を生み出したわけだ。こうなっては、発言力がない報道部は唯々諾々と発表文を読み上げるほかなかった。

 では、二月九日に行われた「転進」の大本営発表を見てみよう。この大本営発表はとにかくわかりづらいが、まずは原文を引いておく。引用後に要約してあるので、無理に読んでもらわなくても構わない。

 

【大本営発表】(二月九日十九時)

一、南太平洋方面帝国陸海軍部隊は、昨年夏以来有力なる一部をして遠く挺進せしめ、敵の強靭なる反攻を牽制破砕しつゝ、其の掩護下にニユーギニア島及ソロモン群島の各要線に戦略的根拠を設定中の処、既に概ね之を完了し、茲(ここ)に新作戦遂行の基礎を確立せり

二、右掩護部隊としてニユーギニア島のブナ附近に挺進せる部隊は、寡兵克(よ)く敵の執拗なる反撃を撃攘しつゝありしが、其の任務を終了せしに依り、一月下旬陣地を撤し、他に転進せしめられたり。同じく掩護部隊としてソロモン群島のガダルカナル島に作戦中の部隊は、昨年八月以降引続き上陸せる優勢なる敵軍を同島の一角に圧迫し激戦敢闘、克く敵戦力を撃摧しつゝありしが、其の目的を達成せるに依り、二月上旬同島を撤し、他に転進せしめられたり。

我は終始敵に強圧を加へ、之を慴伏(しょうふく)せしめたる結果、両方面とも掩護部隊の転進は、極めて整斉確実に行はれたり(以下略)

 

 要するにこういうことである。①日本軍は、ニューギニア島とソロモン群島に新しい拠点を準備中だった。②その間、横腹を突かれないように、精鋭部隊をニューギニア島のブナ付近とガダルカナル島に派遣して米軍を牽制させておいた。③牽制用の部隊は、優勢な敵を相手に実によく戦った。④しかし、新しい拠点が完成したので、牽制用の部隊は別の方面へと移動(転進)させた。

 なお、ニューギニア島ブナ付近からの「転進」については次で触れるのでここではおく。

 それにしても、発表文は一文一文がきわめて入り組んでおり、たいへんな悪文である。おそらく「転進」の箇所以外にも様々な部署から口を出され、修正を積み重ねるうちに、こうした文章に成り果てたものと思われる。重大な発表には、様々な部署の承認が必要だからだ。あるいは、意図的に損害を隠蔽する行為にためらいもあったのかもしれない。いずれにせよ、前例がないほど難解な文体なのは間違いない。

 また、同じ大本営発表の末尾には、彼我の損害が次のように示された。ニューギニア戦線と合わせたものとはいえ、明らかに日本軍の損害が過少に、そして米軍の損害が過多に見積もられていることがわかる。

 

三、現在までに判明せる戦果及我が軍の損害は既に発表せるものを除き左の如し

(一)敵に与へたる損害 人員     二五、◯◯◯以上(中略)

(二)我方の損害 人員 戦死及戦病死 一六、七三四名(以下略)

 

 言葉の発明に数字の調整。こうした小細工を積み重ねて、大本営はなんとかガダルカナル島の完敗を誤魔化そうとしたのである。

 

大本営発表を疑いはじめた国民

 一方、さきの大本営発表では、ニューギニア島のブナ付近からの「転進」も同時に発表されていた。これについても簡単に触れておこう。

 日本軍はニューギニア島南東の要衝ポートモレスビーの攻略をめざし、一九四二年五月に海上からの上陸を図った。ところが、その途中で珊瑚海海戦が発生し空母に損傷を受けたため、作戦は中止された。これは前章で述べたとおりだ。

 そこで日本軍は同年七月、海上からではなく、同島北岸のブナ付近より陸路でポートモレスビーを攻めることにした。ところが、南岸のポートモレスビーとの間には、日本アルプスよりも険しいオーエン・スタンレー山脈が横たわっていた。熱帯特有の密林と豪雨も加わり、その踏破は困難をきわめた。結果的に、主力の南海支隊はポートモレスビーにたどりつく前に食糧を失い、九月になって後退を余儀なくされてしまう。なんともいい加減な作戦だったが、このころ大本営はガダルカナル島の攻防戦に忙殺されており、ニューギニア戦線を支援する余力を失っていたのである。

 こうして這々(ほうほう)の体(てい)でブナ付近(ブナ、ギルワ、バサブア)に撤退してきた日本軍に対し、十二月、米豪の連合軍が襲いかかった。連合軍の物量に圧倒されて、まずブナ北西のバサブアの守備隊が全滅。次にブナの守備隊が全滅した。ギルワの守備隊も全滅の危機に瀕し、ついに翌年一月同島の西方へと撤退することになった。つまり、ガダルカナル島の攻防戦とほぼときを同じくして、日本軍は連合軍に対して完敗していたわけだ。

 大本営は、ここでもやはり敗退の隠蔽を図った。ガダルカナル島の撤退とあわせて、ブナ付近からの撤退も「転進」と発表したのである。さきの大本営発表において、ガダルカナル島とニューギニア島の戦況が同時に述べられていたのは、こうした事情による。

 それにしても、こうした「転進」の発表はこれまでの威勢のいい発表に比べ、明らかに歯切れが悪かった。味方の損害も、一万六千人余と決して少なくない。よく読めば、日本軍の苦戦を見抜けなくはない。

 現に「転進」発表の前後から、日本軍の敗退を疑う国民の声が聞こえはじめた。

 思想犯を取り締まる特別高等警察の内部資料「特高月報」には、大本営発表や新聞報道に不信感を抱く国民の生々しい声が記録されている。

「今日本は負戦さばかりだそうですね。発表ばかり勝つた様にしてゐるが、本統[ママ]は負けて居るとの事だ」(一九四二年十二月二十八日、熊本県内の投書)

「本間[ママ]の事は新聞に書かれへん(中略)十二月三十日に航空母艦が英国でやられ、本月四日にまた六隻がやられ海軍全滅のこと(中略)国民はもう知つてるぞ」(一九四三年一月二十四日付消印、大阪府内の投書)

 さらに進んで九月中旬には、兵庫県の高等女学校教諭嘱託が四年生を前にこう話したという。

「新聞には勝つた勝つたと言ふことを書いてゐるが、事実はどうか分らん。勝つたと言ふのに日本には戦死者が非常に沢山あるではないか。之を見ただけでも、我軍が相当苦戦をして不利な方になつて来て居る事は分かるだらう」

 また憲兵司令部も、十一、十二月中の「流言蜚語(ひご)」として次のように記録している。

「ガダルカナルでも本当は日本が不利だ。転進と云ふ言葉を使つてゐるが、事実は後退なり」「大本営の発表も当にならぬものが多い」「新聞紙上には、『ソロモン』海戦に於て日本が圧倒的大戦果を収めたと報道して居るが、実際は米英が資材豊富で技術も進んで居るから、絶対日本に負けることはない」(「十二月中ニ於ケル流言蜚語」)

 国民は、決して大本営報道部のいいなりではなかった。これ以降、様々な弥び縫ほう策さくにもかかわらず、大本営発表に対する国民の信頼はがらがらと崩れ落ちていった。
(辻田真佐憲『大本営発表 改竄・隠蔽・捏造の太平洋戦争』「第四章 「転進」「玉砕」で敗退を糊塗」「『宴会疲れ』の海軍報道部に山本五十六長官戦死の衝撃」へ続く)

**

大本営発表/目次

◆はじめに

第一章 日中戦争と大本営発表の誕生(一九三七年十一月~一九四一年十二月)
◆忘れられた太平洋戦争以前の大本営発表
◆大本営報道部は陸海軍でバラバラ
◆世論対策に熱心な陸軍と冷淡な海軍
◆地味だった最初の大本営発表
◆大本営発表は作戦報道の最高権威
◆国民に届くまでの三つの関門
◆悩ましい南京攻略戦の報道合戦
◆新聞暴走の背景に熾烈な競争
◆広東・武漢作戦で試行錯誤
◆三年間鳴りを潜めた大本営発表
◆情報局の発足と忖度する報道機関
◆記者を軍属として徴用する報道班員制度
◆平出英夫の着任と海軍報道部の躍進
◆宣伝報道の専門家が集まる陸軍報道部
◆馬淵逸雄の更迭と陸軍報道部の凋落
◆準備万全で迎えた十二月八日の開戦

第二章 緒戦の快勝と海軍報道部の全盛(一九四一年十二月~一九四二年四月)
◆大本営発表は「読む」から「聴く」へ
◆大本営報道部と癒着する記者クラブ
◆驚異的な戦果をあげた真珠湾攻撃
◆正確な報道をめざして戦果を修正
◆マレー沖海戦と物語調の発表文
◆焦る陸軍報道部は修飾語を乱用
◆「大本営発表」ブランドの確立
◆落下傘作戦で露見した陸海軍の対抗意識
◆シンガポール攻略と相変わらず冴えない陸軍報道部
◆谷萩那華雄の着任と陸軍報道部の盛り返し
◆特殊潜航艇の戦果をめぐる駆け引き
◆「特別攻撃隊」は虚偽と隠蔽により生み出された
◆本土空襲の衝撃と架空の撃墜
◆「信頼性の高い大本営発表」と「信頼性のない敵国の発表」

第三章 「でたらめ」「ねつぞう」への転落(一九四二年五月~一九四三年一月)
◆高松宮の大本営発表批判
◆水増しされた珊瑚海海戦の戦果
◆戦果誇張の原因は情報の軽視
◆ミッドウェー海戦でまさかの敗北
◆「自然の成り行き」で損害隠蔽に
◆大敗に意気消沈する平出英夫
◆減少する大本営発表と軍神加藤建夫の創出
◆ガダルカナル島をめぐる攻防戦
◆第一次ソロモン海戦と高松宮の批判
◆存在を抹消されたサボ島沖海戦
◆辻褄が合わなくなった南太平洋海戦
◆戦艦の喪失を誤魔化した第三次ソロモン海戦
◆白々しい陸海軍報道部対談会
◆国民は三重に目隠しされた

第四章 「転進」「玉砕」で敗退を糊塗(一九四三年二月~一九四三年十二月)
◆「転進」と「玉砕」が生まれた理由
◆ガダルカナル島からの「転進」
◆大本営発表を疑いはじめた国民
◆「宴会疲れ」の海軍報道部に山本五十六長官戦死の衝撃
◆全滅を誤魔化したアッツ島の「玉砕」
◆戦艦「陸奥」の爆沈とその隠蔽
◆平出英夫、体調不良で海軍報道部を去る
◆中南部太平洋の航空戦で架空の戦果を積み上げる
◆陸海軍の対抗意識で発表されたタラワ・マキンの「玉砕」
◆開戦二周年の総合戦果
◆戦局の悪化で性格を変えた大本営発表

第五章 片言隻句で言い争う陸海軍(一九四四年一月~一九四四年十月)
◆トラック空襲の損害は「甚大」から「若干」に
◆竹槍事件と陸海軍の駒と化した新聞
◆クェゼリン、ルオット島守備隊の全員戦死
◆古賀峯一殉職と国民の疑念
◆尻すぼみに終わったインパール作戦
◆一号作戦で再び脚光を浴びた中国戦線
◆すぐに発表された本土空襲のはじまり
◆サイパン島「二回撃退」をめぐって陸海軍が対立
◆マリアナ沖海戦の発表でまた陸海軍が衝突
◆サイパン陥落と「官僚の作文」
◆世紀の大誤報、台湾沖航空戦
◆台湾沖航空戦のデタラメ発表の背景
◆台湾沖航空戦の勅語発表をめぐってまた陸海軍衝突
◆神風特別攻撃隊の出撃
◆無視された「決戦輿論指導方策要綱」

第六章 埋め尽くす「特攻」「敵機来襲」(一九四四年十一月~一九四五年八月)
◆最後に急増した大本営発表
◆特攻に隠されたフィリピンの地上戦
◆海軍に対抗した陸軍報道部の特攻発表
◆あらゆる表現を駆使した本土空襲の報道
◆曖昧模糊とした沖縄戦の最後
◆遅すぎた大本営報道部の統合
◆対応が分かれた原爆投下の発表
◆戦争継続に利用されそうになった大本営発表
◆八月十五日の大本営報道部
◆大本営報道部員たちの戦後

第七章 政治と報道の一体化がもたらした悲劇
◆大本営発表は戦争中盤に破綻していた
◆数字で振り返る大本営発表のデタラメぶり
◆大本営発表の破綻の内的原因
①組織間の不和対立 ②情報の軽視
◆大本営発表の破綻の外的原因 ③戦局の悪化 ④軍部と報道機関の一体化
◆大本営発表とは一体なんだったのか
◆福島第一原発事故と報道機関の独立性
◆安倍政権と報道に介入する政治権力
◆いまこそ大本営発表の歴史を学ぶ好機

◆おわりに
◆参考文献

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