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2016.08.10

高松宮親王の「大本営発表」批判

辻田 真佐憲

高松宮親王の「大本営発表」批判

最近、政府やNHKの発表を「大本営発表」だと揶揄する声が高まっています。「大本営発表」とは、本来、日本軍の最高司令部「大本営」による公式発表のこと。しかし、太平洋戦争下に現実離れした嘘と誇張で塗り固められたため、信用できない情報の代名詞となってしまいました。7月29日に発売された『大本営発表~改竄・隠蔽・捏造の太平洋戦争』より繙く「大本営発表」の歴史。最初は正確さにこだわった「大本営発表」が、次第に「ねつぞう」「でたらめ」へと転落していきます

ソロモン海戦の「でたらめ」発表はけしからん

昭和天皇の弟、高松宮宣仁親王。膨大な量の日記を残した

 昭和天皇の弟である高松宮宣仁親王(当時海軍中佐)は、一九四二年八月九日付の日記に次のように記している。

「『ソロモン』海戦の発表は大本営発表の説明は実に『でたらめ』で、報道部は大本営発表の外は無責任な記事指導をする癖あり、けしからぬ話なり。今度の様なのは実に甚だしく内外ともに日本の発表の信じられぬことを裏書することになる。敵の攻略企図も上陸も云はずに、まるで『ねつぞう』記事なり、あとの報導[ママ]にも差支へる」

 大本営発表(正確にはその説明だが)が、この時点で早くも、身内から「でたらめ」「ねつぞう」と痛烈に批判されていることがわかる。数カ月前には正確無比を自負していたはずの大本営発表が、短期間でどうしてこんなにもイメージを損ねてしまったのだろうか。

  この謎を解くため、本章では、日本軍の作戦が挫折する一九四二年五月から一九四三年一月までの大本営発表を取り上げる。特に、珊瑚海海戦、ミッドウェー海戦、そしてガダルカナル島周辺の制海権をめぐる諸海戦の三点を中心に言及し、大本営発表が「でたらめ」「ねつぞう」に転落していった過程を探っていくことにしたい。

 

水増しされた珊瑚海海戦の戦果

 まず、一九四二年五月七日から八日にかけて行われた珊瑚海海戦から見てみよう。

 東南アジアを制圧した日本軍は、次なる戦略目標を米豪間の交通路の遮断に定めた。米軍反攻の拠点となりうるオーストラリアを孤立させようという目論見である。そこで、手始めにニューギニア南東の要衝ポートモレスビーを攻略する作戦が立てられた。すでに日本軍はニューギニア島の一部を占領していたが、同島には東西に険しいオーエン・スタンレー山脈がそびえていたため、海上から陸軍部隊を上陸させることになった。

 四月三十日、陸軍部隊を乗せた輸送船団と、空母「祥鳳」を含む護衛部隊がラバウルより出動。ニューギニア島を時計回りに、珊瑚海を経て、ポートモレスビーをめざした。翌五月一日、トラック島から空母「翔鶴」「瑞鶴」を中心とする機動部隊も出動した。これに対し、日本軍の動きを察知した米海軍は、空母「レキシントン」「ヨークタウン」を中心とする米豪連合の部隊を同海域に出動させた。

 最初に攻撃をしかけたのは、米海軍側だった。七日、米海軍は艦載機の攻撃により、空母「祥鳳」を撃沈。日本海軍はこのときはじめて空母を喪失した。ここから空母同士の激しい航空戦となり、八日、日本軍は仇討ちとばかりに空母「レキシントン」を沈没に追いやった。また、米軍は空母「翔鶴」に、日本軍は空母「ヨークタウン」に、それぞれ損害を与えた。その後、両軍とも部隊を引き上げたため、戦闘はその日のうちに終息に向かった。以上が珊瑚海海戦の概要である。

 日米両軍とも空母を一隻ずつ失ったわけだが、日本の「祥鳳」は潜水母艦を改造した小型空母だった。これに対し、米国の「レキシントン」は正規の空母だった。そのため、これだけ見ると日本海軍の辛勝といえる。ただ、少なからぬ損害を被った日本海軍も、ポートモレスビーの攻略を諦めたため、戦略的には米国の守り勝ちともいえる。その意味で、どちらの勝ちともいえない、互角の戦いだった。

 にもかかわらず、同日午後五時二十分に行われた大本営発表では、あたかも日本側の勝利であるかのように戦果が積み上げられた。なんと、米海軍は、戦艦一隻と空母二隻を失ったというのである。

 

【大本営発表】(五月八日午後五時二十分)

ニユーギニア島方面に作戦中の帝国海軍部隊は、五月六日同島南東方珊瑚海に米英連合の敵有力部隊を発見捕捉し、同七日これに攻撃を加へ米戦艦カリフオルニヤ型一隻を轟沈、英甲巡キヤンベラ型一隻を大破し、英戦艦ウオスパイト型一隻に大損害を与へ、更に本八日米空母サラトガ型一隻およびヨークタウン型一隻を撃沈し目下尚攻撃続行中なり
(註)本海戦を珊瑚海海戦と呼称す

 なお、翌九日には追加戦果と、空母「祥鳳」の沈没が発表された。

 それにしてもこれでは、まるで日本海軍が圧勝したかのようだ。平出英夫報道課長は、同月二十一日にラジオでこうまくし立てた。米英の海軍指揮官は凡庸かつ固陋(ころう)であり、米英が三流海軍国に下落する日も近いと。新聞もこれに呼応して、珊瑚海海戦を真珠湾攻撃以来の戦果と書き立て、国民は久しぶりの海戦の勝利に酔いしれた。

 ところが、その肝心の戦果が水増しだったのだからたまらない。日本海軍の戦果は、主力艦に限っていえば、空母「レキシントン」一隻の撃沈にすぎなかった。しかも、その空母の名前も「サラトガ」や「ヨークタウン」に取り違えている(厳密には「サラトガ型」「ヨークタウン型」だが、煩雑になるため以下では区別しない)。

 どうしてこんな滅茶苦茶な発表が生まれてしまったのだろうか。

(辻田真佐憲『大本営発表 改竄・隠蔽・捏造の太平洋戦争』「第三章 『でたらめ』『ねつぞう』への転落」「戦果誇張の原因は情報の軽視」へ続く)

**

大本営発表/目次

◆はじめに

第一章 日中戦争と大本営発表の誕生(一九三七年十一月~一九四一年十二月)
◆忘れられた太平洋戦争以前の大本営発表
◆大本営報道部は陸海軍でバラバラ
◆世論対策に熱心な陸軍と冷淡な海軍
◆地味だった最初の大本営発表
◆大本営発表は作戦報道の最高権威
◆国民に届くまでの三つの関門
◆悩ましい南京攻略戦の報道合戦
◆新聞暴走の背景に熾烈な競争
◆広東・武漢作戦で試行錯誤
◆三年間鳴りを潜めた大本営発表
◆情報局の発足と忖度する報道機関
◆記者を軍属として徴用する報道班員制度
◆平出英夫の着任と海軍報道部の躍進
◆宣伝報道の専門家が集まる陸軍報道部
◆馬淵逸雄の更迭と陸軍報道部の凋落
◆準備万全で迎えた十二月八日の開戦

第二章 緒戦の快勝と海軍報道部の全盛(一九四一年十二月~一九四二年四月)
◆大本営発表は「読む」から「聴く」へ
◆大本営報道部と癒着する記者クラブ
◆驚異的な戦果をあげた真珠湾攻撃
◆正確な報道をめざして戦果を修正
◆マレー沖海戦と物語調の発表文
◆焦る陸軍報道部は修飾語を乱用
◆「大本営発表」ブランドの確立
◆落下傘作戦で露見した陸海軍の対抗意識
◆シンガポール攻略と相変わらず冴えない陸軍報道部
◆谷萩那華雄の着任と陸軍報道部の盛り返し
◆特殊潜航艇の戦果をめぐる駆け引き
◆「特別攻撃隊」は虚偽と隠蔽により生み出された
◆本土空襲の衝撃と架空の撃墜
◆「信頼性の高い大本営発表」と「信頼性のない敵国の発表」

第三章 「でたらめ」「ねつぞう」への転落(一九四二年五月~一九四三年一月)
◆高松宮の大本営発表批判
◆水増しされた珊瑚海海戦の戦果
◆戦果誇張の原因は情報の軽視
◆ミッドウェー海戦でまさかの敗北
◆「自然の成り行き」で損害隠蔽に
◆大敗に意気消沈する平出英夫
◆減少する大本営発表と軍神加藤建夫の創出
◆ガダルカナル島をめぐる攻防戦
◆第一次ソロモン海戦と高松宮の批判
◆存在を抹消されたサボ島沖海戦
◆辻褄が合わなくなった南太平洋海戦
◆戦艦の喪失を誤魔化した第三次ソロモン海戦
◆白々しい陸海軍報道部対談会
◆国民は三重に目隠しされた

 第四章 「転進」「玉砕」で敗退を糊塗(一九四三年二月~一九四三年十二月)
◆「転進」と「玉砕」が生まれた理由
◆ガダルカナル島からの「転進」
◆大本営発表を疑いはじめた国民
◆「宴会疲れ」の海軍報道部に山本五十六長官戦死の衝撃
◆全滅を誤魔化したアッツ島の「玉砕」
◆戦艦「陸奥」の爆沈とその隠蔽
◆平出英夫、体調不良で海軍報道部を去る
◆中南部太平洋の航空戦で架空の戦果を積み上げる
◆陸海軍の対抗意識で発表されたタラワ・マキンの「玉砕」
◆開戦二周年の総合戦果
◆戦局の悪化で性格を変えた大本営発表

第五章 片言隻句で言い争う陸海軍(一九四四年一月~一九四四年十月)
◆トラック空襲の損害は「甚大」から「若干」に
◆竹槍事件と陸海軍の駒と化した新聞
◆クェゼリン、ルオット島守備隊の全員戦死
◆古賀峯一殉職と国民の疑念
◆尻すぼみに終わったインパール作戦
◆一号作戦で再び脚光を浴びた中国戦線
◆すぐに発表された本土空襲のはじまり
◆サイパン島「二回撃退」をめぐって陸海軍が対立
◆マリアナ沖海戦の発表でまた陸海軍が衝突
◆サイパン陥落と「官僚の作文」
◆世紀の大誤報、台湾沖航空戦
◆台湾沖航空戦のデタラメ発表の背景
◆台湾沖航空戦の勅語発表をめぐってまた陸海軍衝突
◆神風特別攻撃隊の出撃
◆無視された「決戦輿論指導方策要綱」

 第六章 埋め尽くす「特攻」「敵機来襲」(一九四四年十一月~一九四五年八月)
◆最後に急増した大本営発表
◆特攻に隠されたフィリピンの地上戦
◆海軍に対抗した陸軍報道部の特攻発表
◆あらゆる表現を駆使した本土空襲の報道
◆曖昧模糊とした沖縄戦の最後
◆遅すぎた大本営報道部の統合
◆対応が分かれた原爆投下の発表
◆戦争継続に利用されそうになった大本営発表
◆八月十五日の大本営報道部
◆大本営報道部員たちの戦後

第七章 政治と報道の一体化がもたらした悲劇
◆大本営発表は戦争中盤に破綻していた
◆数字で振り返る大本営発表のデタラメぶり
◆大本営発表の破綻の内的原因
①組織間の不和対立 ②情報の軽視
◆大本営発表の破綻の外的原因 ③戦局の悪化 ④軍部と報道機関の一体化
◆大本営発表とは一体なんだったのか
◆福島第一原発事故と報道機関の独立性
◆安倍政権と報道に介入する政治権力
◆いまこそ大本営発表の歴史を学ぶ好機

◆おわりに
◆参考文献

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