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男という名の絶望

2016.08.02 公開 ツイート

和田秀樹×奥田祥子対談[前編]

「男の美学」に依存して成り立つ日本社会 奥田祥子

 ベストセラー『感情的にならない本』など多数の著作がある、精神科医の和田秀樹さん。『男という名の絶望~病としての夫・父・息子~』が好評発売中のジャーナリスト・奥田祥子さん。「現代の男性の生きづらさは、もはや病(やまい)だ」という奥田さんの指摘を、和田さんは精神科医としてどう見るのでしょうか? そして、和田さんが見抜いた、そのような「病」を生みだす日本社会の、決定的に「おかしなところ」とは?


■「かくあるべし思考」から逃れられない悲劇

和田 『男という名の絶望』を拝読しました。前著『男性漂流』(講談社+α新書)もそうでしたが、奥田さんのご著書から精神科医として強く感じるのは、やはり「かくあるべし思考」には大きな問題があるということです。最近の精神医学では、これがきわめて心に良くない思考パターンだと考えられているんですね。

奥田 まさにその思考パターンにはまり込んでいる人が多いように感じます。

和田 いまは昔よりも男女が平等な社会になったといわれますが、実際には男性も女性も「かくあるべし」という性的役割を押しつけられやすいのが現実です。それが子供時代に親から刷り込まれていたりすると、時代が変わってもそこから逃れられない人がいるんですよ。
 男性の場合は、「自分が金を稼がないといけない」「家族を守らなければいけない」といった業(ごう)を背負わされてしまうことが多い。そういう「かくあるべし思考」の人たちが、この本に出てくるケースのような逆境に置かれれば、うつ病やアルコール依存症になるのも無理はありません。そういう男性の「病(やまい)性」を、奥田さんは見事に指摘されています。

奥田 ありがとうございます。何をもって「病」とするかは精神医療の世界でも難しい議論があるので、サブタイトルを「病としての夫・父・息子」とするのは、かなり覚悟のいることでした。でも、300人を超える男性を15~6年にわたって継続的に取材し、その生きづらさを見てきた私には、追いかければ追いかけるほど「これは病だな」と思えてくるんです。

和田 いまの社会で精神的に病んで絶望しているのは男性だけではありませんが、「男はつらいよ」ということを語ってくれる人は少ないですよね。その意味でも、重要なお仕事をされていると思います。この本の中には母親の介護を抱え込んで苦しむ男性の話も出てきますが、僕は老年精神医学を専門にしているので、男の介護と女の介護が違うことが実感としてもよくわかるんですよ。女性と比べると、男性は介護に思い切りのめり込むか、そこから逃避するか、どちらか極端になる人が多いんです。
 しかも現在は、息子による介護がすごい勢いで増えている。全体では女性による介護のほうが多いのですが、奥田さんもお書きになっているとおり、すでに「嫁介護」よりは「息子介護」のほうが多いのが実情です。

奥田 本でも紹介しましたが、身体の弱った母親の過剰な要求に応えることで自らの家庭崩壊の危機を招いた男性から、「嫁となら離婚もできる。でも、おふくろは一生つきまとうんです」という言葉も聞きました。

*次ページに続く

 

■高血圧の人に「脳卒中になってから受診して」とは言わないのに

和田 ところが、たとえば介護保険は女性の介護を楽にする形の制度設計になっているし、会社も男性が介護休暇を取得することを前提としていない。そのあたりの奥田さんの問題提起は実に正鵠(せいこく)を射ています。もちろん、介護の問題だけではありません。育児にしても、シングルマザーが子供のために早く帰るのは認められやすいのに、男性はそれを言い出しにくい雰囲気がまだまだ残っているでしょう。男には、辛くても黙って泣き寝入りをする美学みたいなものもあるから、そこに周囲や社会がつけ込んで放置している面もあると思います。

奥田 ええ、泣き寝入りしていること自体も隠そうとする男性が多いですからね。ですから私は、そのような男性の「病」を癒すためには、3つの切り口があると思います。1つは、男性本人の認知や行動。2つめは、妻や職場の同僚など周囲の人間の関わり方。そして3つめは、社会全体の構造ですね。この3つが改善されないかぎり治らない病だと思います。そういう点で、投薬や手術などで対処できる身体的な疾患とは違う深刻さを抱えているのではないでしょうか。


和田 そこは本当に広く周知されるべきでしょうね。この国には不思議なところがあって、身体の病気に関してはちょっとした兆候があっただけで「医者に行け」といわれるんですよ。たとえば血圧や血糖値やコレステロール値の検査データに1つか2つでも異常があると、すぐに治療を受けますよね。
 ところがうつ病の場合は、自殺未遂などをするような重篤な段階になって初めて医者にかかる。しかし現在の精神医学では、診断基準として示された項目にいくつか当てはまれば、うつ病やアルコール依存症と診断するんです。高血圧を放置すれば脳卒中などによる死亡率が高まるのと同様、これらの精神障害も軽い状態で放置すれば重篤な症状になるおそれがありますからね。だから高血圧と同じように早めの診断が必要なのに、なぜか心の病は放置される。よほど重症にならないと、病気と見なさない風潮があるんです。

奥田 心の問題を「病」と呼ぶことに対する抵抗感が強いんですね。

和田 たとえば生活保護受給者がパチンコに行くと批判されますが、食費などの生活費を残さずにパチンコをしてしまうのは明らかに依存症でしょう。それを「病」と見なさずに放置するのは、血圧が異常に高い人に「脳卒中になってから受診してください」というのと同じことなんですよ。

奥田 私が取材した中では、「病」になることで苦しい現実から逃げている人たちが一定数いました。「家族を十分に養わなければいけない」「会社でのパワーゲームに勝って出世しなければならない」など、社会から押しつけられた役割や使命が、病気になることで免除される。これは、診断基準に当てはまる疾患としての病気とは少し違うものでしょう。つらい役割から病に逃げ込んでいるわけで、これも別の意味で重篤な「病」といえるような気がします。

和田 逆にいうと、病気にでもならないとそこから逃げられない。

奥田 そうなんです。自己否定ですよね。よく子供や未成年の教育で「自己肯定感を持たせる」ことの大切さが語られますが、いまは大人の男性が自己肯定感を得られない。インタビューしていると、「この現実から逃げたい」「もう死んでしまいたい」という言葉がしばしば聞かれました。そこに狂気のようなものを感じたことも少なくありません。
ところが、このような男性の生きにくさや社会的な不適合の問題は、女性の問題ほど政治的なテーマとして浮上しませんよね。和田先生がおっしゃるとおり、社会的な制度設計の前提に組み込まれていないんです。

*次ページに続く

 


■「女性活躍社会」と言いながら多様な選択肢を認めない

奥田 その一方で、私は男性の取材を通じて女性の問題にも気づきました。安倍政権は「女性活躍社会」を標榜して、それを成長戦略の一環にしていますが、実際には「本当は仕事をせずに家事と育児に専念したい」という女性がたくさんいます。夫の収入が少ないからやむを得ず仕事をしているというんですね。ところが社会には、「女性も仕事と家庭を両立するのが当たり前」という風潮がある。これが多くの女性を苦しめることになるのではないかと危惧しています。

和田 男性だけでなく、いろいろな形で「かくあるべし思考」が強まっている印象はありますね。働きたい女性がいる一方で、家庭に入りたい女性もいるのが当たり前なのに、必ずどちらかに偏ってしまう。多様な選択肢を認めないんですよ。「女性も自己実現のために仕事をすべし」という風潮がある一方で、たとえば自民党の改憲草案は「家族を大切にする」などということを明文化しているわけです。一方で「女性活躍社会」といいながら、一方で「家族を大事にしろ」というのですから矛盾していますが、安倍さんには矛盾を矛盾と思わない天才的な能力がありますね(笑)。まあ、矛盾を矛盾と思わない人は、わりと心の病になりにくいんですが。

奥田 たしかに、「ダイバーシティ(多様性)」という言葉が流行語のように広まっているわりに、現実には多様性を認めない社会になっていると思います。

和田 日本では、その時々のトレンドが「かくあるべし」になるんですよね。たとえばイクメンが流行れば、それ以外の生き方は認められない。

奥田 それぞれの生き方をトレンドにされたくないですよね(笑)。多様性を受け入れずに「かくあるべし」を押しつけるのは、社会的な排除の仕組みだと私は思います。かつては男性優位社会の中で女性の多様性が排除されてきましたが、いまはそのツケを払わされるかのように、社会が押しつける「男性性」の規範を実現できない男の人たちが落伍者の烙印を押され、多数派になっている。そこに目を向けた社会システムを考えるべき時期になっているのではないでしょうか。

 

奥田祥子『男という名の絶望 病としての夫・父・息子』

現代社会において男性を取り巻く環境は凄まじい勢いで変化し、男たちを追い込んでいる。理不尽なリストラ、妻の不貞、実母の介護、DV被害……彼らはこれらの問題に直面して葛藤し、「男であること」に呪縛され、孤独に苦しんでいる。そのつらさや脅えは〈病〉と呼んでも過言ではない。「男であること」とはいったいなんなのか? 市井の人々を追跡取材するジャーナリストが、絶望の淵に立たされた男たちの現状を考察し、〈病〉を克服するための処方箋を提案する最新ルポ。

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奥田祥子

ジャーナリスト。京都市生まれ。米・ニューヨーク大学文理大学院修士課程修了後、新聞社入社。男女の生き方や医療・福祉、家族、労働問題などをテーマに、市井の人々への取材を続けている。所属部署のリストラを機に個人活動を始めた。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程所定単位取得退学。「Media Influence Over the Transformation of Stigma Toward Depression in Japan」「Pharmaceuticalization and Biomedicalization: An Examination of Problems Relating to Depression in Japan」(米学術誌『Sociology Study』に掲載)ほか、学術論文も発表している。著書に『男性漂流―男たちは何におびえているか』(講談社)、『男はつらいらしい』(新潮社)、共訳書に『ジャーナリズム用語事典』(国書刊行会)などがある。

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