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2016.08.04

哲学者・岸見一郎(後編)

成功を目指すから挫折する。他の人が追随できないあなたの「幸福」とは?

岸見 一郎

成功を目指すから挫折する。他の人が追随できないあなたの「幸福」とは?<br />

アドラー心理学を早くから選択し、その研究に没頭していたわけではなかった岸見さん。アドラーと出会ってからも、普通の人からすると「挫折かもしれないこと」は続きます。その経験からも多くの気づきを得たようです。
(インタビュー・構成:漆原直行 写真:岡村大輔)

◆実は友人に教えられた「アドラー心理学」◆

──いよいよアドラーとの出会いについてです。きっかけは何だったのですか?

岸見 子育てです。30歳のとき、子どもが生まれたのです。

──ということは、まだ大学院の博士課程在学中ですね。

岸見 はい。当時、妻はちゃんとした常勤職に就いていて忙しいと。それで妻と議論をするまでもなく、私が保育園の送り迎えなどを担当することになりました。子どもと長い時間過ごすようになって、いろいろと悩みが出てきた。それこそ、ほめ方、しかり方ひとつひとつ、試行錯誤しているような状態でしたし。そんな折に、ある友人から「アドラー心理学が参考になるかもしれないよ」と助言されたんです。

──ご友人の紹介だったんですね。

岸見 そうなんです。いろいろ調べていくと、アドラーはアカデミズムの世界から離れたところで生きた人だとわかった。彼はウィーン大学の教授になるべく論文を送ったりするのですが、却下されたりしているのです。

──どこか、ご自身の姿にも重なって見えたところがある?

岸見 そういう面もあったかもしれません。何より共感したのは、彼は基本的にずっと、一人の医師として生涯を送ったことです。それも、治療費を払えないような貧しい人たちが住む地域で、臨床に専念していました。

──下町の名医、といったアドラーの佇まいに惹かれたと。

岸見 ええ。しかも彼の語っていることは、単に理論や思想だけに留まらず、非常に実践的なのです。すぐに生き方が変わってしまうほどの力強さも備えている。でも、当時の日本ではあまり注目されておらず、研究している人もほとんどいませんでした。それで、私がやるしかないと研究するようになったのです。

とはいえ私のなかでは、それまでの自分の研究と意識的な分断はなく、哲学の流れとしてアドラーを捉えていました。私にとってアドラーは、心理学者というより哲学者です。この認識はいまでも変わりません。『嫌われる勇気』のなかでも、私はアドラー“哲学”として紹介しています。

──フロイトやユングといった近代心理学の先達と比べて、アドラーがあまり知られていないのはなぜなのでしょう。日本では、岸見先生の本が発表されるまで、一般にはまったくといっていいほど知られていませんでした。

岸見 端的には、大学ではほとんど教えられていなかったからです。大学で心理学を専攻している学生すら、アドラーは名前しか知らないという人はたくさんいました。

──アドラー研究を手がけられるようになったのは1989年ごろとか。

岸見 そうですね。33歳のころです。はじめは、アドラーの著作を原典で読みながら、子育てに役立てていました。程なく、一般人の初学者向けに細々と開催されていた「アドラー心理学講座」のような市民講座に参加するようになるのですが、何回か通ってみて「これなら、自分にも教えられるな」と思ったんです。生意気ですが。

──それで、講師に。

岸見 自分の師匠にあたる人に「教えられるかも」と言ったら、すぐに講師にしてくれました。講座の案内をみたら「アドラー心理学カウンセラー」という肩書きが付いていて、驚いた私は日本アドラー心理学会の認定カウンセラー養成講座を受講して、資格を取りました。

◆40歳で精神科医院の常勤に。そこでショックな出来事が◆

──その後は、しばらくアドラー心理学の講師をなさっていたと。

岸見 それはときおりで普段は大学の非常勤講師をしつつ、もともとの専門であるギリシア哲学の研究と並行してアドラー心理学の研究をしていました。40歳のとき、常勤の仕事に就くことになりました。精神科医院にカウンセラーとして勤めることになったのです。

──不惑を過ぎてからの、本格的な就職。

岸見 ええ、遅いですよね。いま、息子は30歳ですが、私が40歳になってようやく常勤の仕事についた話をすると、「でも、3年で辞めた」と笑われます。

──3年で辞めてしまったんですか!?

岸見 そうなのです。体調を壊してしまって。病院での仕事はとにかく激務でした。1日12時間働いても、まだまだ仕事があるような。それでも充実はしていました。医院のなかのことは何でも知っているという自負もありました。

──どんな病気だったのですか?

岸見 それが原因不明だったのです。大きな病院で精密検査を受けたのですが、原因は不明だといわれました。

──過労とか、ストレスとかが重なったのでしょうか。

岸見 かもしれません。ただ、それでも体調が回復してきたら、すぐに職場に戻ったんです。そんな折、今度は階段を踏み外して足を捻挫してしまい、3週間ほど休むことを余儀なくされました。ここで、挫折というか、大きなショックを受けることになるんです。

──どういうことでしょう?

岸見 私がいなくても、医院はちゃんと回っていたのです。患者さんのことにしろ、病院運営のことにしろ、何でも精通している自分がいなければ医院は成り立たないという自負があったのに、実際はそんなことなかった。これはショックでした。

──ものすごい喪失感ですよね。自分がいなくても世界は回る、という事実を突き付けられるのは恐怖でもあります。

岸見 はい。冷静に考えれば、当たり前のことなのですけどね。ただ、自分の拠り所になっていた仕事ではあるので、喪失感はありました。とはいえ、一方では運命的なものを感じて、後付けで納得できるところもありました。
  

◆何度も足止めされて気づいたこと◆

──納得とは?

岸見タイミングということでは、ここで医院を辞めたことで『アドラー心理学入門』を執筆することができたんです。

──1999年9月に刊行された本ですね。

岸見 そうです。'99年2月に医院に辞意を伝え、3月で退職するのですが、その2月に版元のKKベストセラーズの編集者から「アドラー心理学に関する本を書いてくれないか」と打診されたんです。当時、日本ではアドラー心理学が一般的に知られていないので、入門書をぜひウチから刊行したいと、熱心に説得されました。先見の明のある人だったわけです。

──たしかに、運命を感じますね。

岸見 もしも医院でカウンセリングを続けていたら、とても執筆の時間なんてとれなかったでしょう。『アドラー心理学入門』はありがたいことに版を重ねて、いまでもロングセラーとして売れ続けています。なので病気もケガも退職も、結果的にはよかったんです。

──その『アドラー心理学入門』をライターの古賀史健さんが読んで、のちに『嫌われる勇気』へと繋がっていくわけですしね。

岸見 そのとおりです。ですが、そこに至までにはまだまだいろいろありました。『アドラー心理学入門』を契機に、翻訳だけでなく著書を執筆するようになり、研究や講師の仕事をしながら執筆活動を続けていたのですが、50歳のとき心筋梗塞で倒れてしまいました。

──好事魔多しというか、なんというか……。

岸見 心筋梗塞は、医院で働いていたときの激務がたたってのことだったのではないかと思います。その3年間で蝕まれた身体が時間差で悲鳴を上げたように感じました。たぶん、医院勤務で無理をしていなければ、心筋梗塞もなかったでしょう。

──年をとって、衰えが見え始めたところで堰を切ったように負荷の代償が表れた印象です。

岸見 でも、心筋梗塞は、70代、80代でかかる病気だと思い込んでいましたから。50歳で発症したのは予想外でした。実は、母が脳梗塞で亡くなったとき、49歳でした。さらにいうと、私と母は誕生日も同じ。そんな自分が、母が迎えられなかった50代に入って早々に心筋梗塞を起こす。「ああ、僕も母と同じように長生きできないのか」としみじみ考えてしまった。誰でも同じでしょうが、自分はもっと長生きするつもりでしたから。いちばん残念に思ったのは、子どもの成長を見届けられないかもしれないこと。当時、息子は大学生になったばかりだったので。

──切ないですね。

岸見 何とか一命を取り留めましたが、冠動脈バイパス手術を受けなければなりませんでした。ありがたいことに手術は成功して、いま、こうして生き長らえています。

──いま、体調はどうなのですか?

岸見 おかげさまで、すごくいいです。手術前、主治医には「どれだけ病気が重くて、一歩も外を出歩けないようになっても本を書けるくらいには回復させてほしい」とお願いしました。そして主治医は「本は書きなさい。本は残るから」と言った。ひどいでしょ(笑)。

──なかなか辛辣ですね。
 

◆捉え方はさておき、挫折は幸福になるために必要不可欠◆

岸見 でも、ここまで回復させてもらいました。主治医は私にとって、いちばん大事なこと、いちばん価値があることを理解していたのです。

──岸見先生の場合は、ご自身の著作だと。

岸見 はい。だから私は退院してから、本当にたくさんの本を書きました。毎年、4〜5冊は書いています。今年は現時点ですでに5冊。電子書籍『生きる勇気とは何か』『人生に悩んだらアドラーを読もう。』も加えたら7冊です。ベストセラーになった『嫌われる勇気』も、そうした執筆を懲りずに続ける過程で辿り着いたタイトルに他なりません。

──それもまた、運命だったのでしょうね。

岸見 運命というより、私にとっては自分の使命に忠実に従った結果だと感じています。アドラーという偉大な先達を、世に広く伝えることが私の使命であり、これは他の人にはできないことだという自負が私を支えてくれた。私は「成功すること」を目的に、アドラーを手がけてきたわけではありません。自分がやらなければならないことだから、粛々と研究、執筆を続けてきました。『嫌われる勇気』がブレイクしたのも、単なる結果でしかない。仮にブレイクしていなかったとしても、私はそれまでと変わらず自分の仕事を続けていたでしょう。

──「成功」に価値をおいていないから、「挫折」に苛まれることもない?

岸見 そうかもしれません。私にとって、成功はあまり意味がないのです。成功というは一般的なものであり、その気になれば誰にでも模倣できるんです。だからこそ、私の本の類書が後追いで刊行され続けている。成功は妬まれます。

──うまいこと便乗してやろう、という皮算用もあるでしょうね。

岸見 それで少しでも成功に近づけたら、と思っているのでしょう。ただ、そんな志向は私にとって、どうでもいいことなのです。私が目指しているのは成功ではなく、幸福です。幸福は誰にも真似されないものです。プラトンの対話篇を翻訳したことが私の幸福ですが、誰もうらやましいとは思わないでしょう。幸福は一般的なものではなく、あくまで個人的で、誰のものでもない独自の感情です。

 今回、「挫折」というテーマをいただいて、こうしてお話しする機会を設けてくださったのに、どうも私の話は歯切れが悪いでしょう? それは私が、自分だけの、他の人が追随できない幸福を目指してきたから。私の体験を一般化しても大して意味を成しませんし、成功という軸で自分の人生を見ていないから、それと対になる「挫折」とか「失敗」という概念にも頓着していないのです。世間的には挫折と見なされるような体験がたくさんあったのかもしれませんが、すべてチャンスだったとすら思っています。

──見習いたい姿勢です。

岸見 実は健康を取り戻して、さあ、これからもっと頑張って仕事をしようと勢い込んだ矢先に、今度は父が認知症になり、介護をしました。これも一般的には挫折なのかもしれません。

──そうですね。

岸見 でも、そのおかげで介護に関する本(『老いた親を愛せますか? それでも介護はやってくる』幻冬舎)を執筆することができました。私の人生はいつもこんなふうでした。子育てに悩んでアドラー心理学に出会い、病に倒れたことで執筆を続けるモチベーションを得て、父の介護を糧に新しい本を書くことができた。

介護の本も本当に反響が大きくて、たくさんの読者から反応を頂戴しました。そう考えると、介護の日々は決して無駄ではなかった。きっと父も喜んでくれていると思います。すべてはチャンスであり、チャンスを生かし切ったからこそいまの自分があると考えているので、私はいま、すごく幸せです。

──最高の笑顔ですね。

岸見 だって、幸せですから。ただ、ひとつ確実にいえることは、幸せになるために、いわゆる挫折体験は絶対に必要です。生きていくうえで感じる苦しみや挫折感は、鳥が空を飛ぶために必要な空気抵抗に喩えることができます。鳥は真空のなかでは、飛ぶことはできません。空気抵抗があるから、鳥はその羽根で空気を掴んで空に飛び立つことが可能になるのです。

そう考えると、あらゆる挫折は幸せになるためのチャンスと言うことができます。

 

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