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2016.08.22

華麗で優雅で味わい深い現代版「女の一生」(『ウエディングドレス』玉岡かおる)

郷原 宏

華麗で優雅で味わい深い現代版「女の一生」(『ウエディングドレス』玉岡かおる)

『ウエディングドレス』玉岡かおる 
幻冬舎刊/定価1600円(税別)

 

 戦時中に東京の女学校で机を並べていた二人の女性が久しぶりに会って大阪のレストランで食事をしながらおしゃべりをした。いってみればそれだけの話なのだが、他人には退屈なはずのその昔話がいつしか華麗で優雅で波乱に満ちた現代版「女の一生」になり、二人の人生がそのまま戦後日本の服飾文化史になっていることに気づかされる。これはさながら極上のワインのように味わい深い作品である。

 佐倉玖美、愛称玖美ちゃん。東京郊外の洋裁教室経営者の娘。女子大を卒業後フランスに留学し、デザインとクチュールの技術を学ぶ。帰国後は日本初のブライダル・ファッション・デザイナーとして活躍、世界各地でコレクション・ショーを開き、ローマ法王ヨハネ・パウロ二世に博多織の祭服を献上して話題になり、「ブライダルの伝道師」と呼ばれた─といえば、もうおわかりだろう。モデルはあの桂由美さんである。

 田代窓子、愛称マーちゃん。京都西陣の染め屋の娘。東京の桜蘭高女で同級の玖美と「夢子と夢代」と呼ばれる仲だったが、卒業を待たずに京都へ帰り、終戦の直前に姫路の織物工場に嫁いだ。ところが、お人好しの夫がカメラに凝って出戻りの姉に工場を乗っ取られたため、美容院を回って婚礼貸衣装業を始めたところ、これが関西人の合理主義にマッチして大当たり。業界の草分けとして注目され、やがて服飾研究家として名を成した。

 物語は、この二人の視点から交互に、一人称で語られる。玖美は東京弁、窓子は関西弁。玖美はトレードマークのシルクのターバンと黒を基調にしたロングスカートのスーツ姿、窓子は葵唐草を後染めにした大島に博多帯という粋な装い。何から何まで対照的な二人だが、なぜか不思議に気が合う。好きな言葉は女学校時代に覚えたラヴィソン(あざやかな)、ブリヨン(輝かしい)、クリスタラン(キラキラする)といったフランス語。共通する思いは「幸せを誓う結婚式はしなきやだめだし、花嫁衣装も着なきゃだめ。セレモニーって、そういうものよ」という結婚式絶対主義である。

 窓子には忘れられない思い出がある。西陣の狭い通りをしずしずと進む花嫁行列。白い角隠しに黒い裾模様の可憐な花嫁。「蝶よ花よと育てた娘、今日は晴れてのお嫁入り」と長持唄が流れるなか、突然降り出した雨。「狐の嫁入りだ」と誰かが叫ぶ。それでも行列は立ち止まることなく進んで行った。このブリヨンな行列の記憶が、その後の窓子の生き方を決定する。

 もう一つは下校途中に玖美と一緒に覗き見した質素な結婚式。花婿は戦闘帽、花嫁は絣のもんぺ姿、膝の前には防空頭巾。仲人らしき男が「産めよ、増やせよ」という祝辞を述べた。一生に一度の結婚式に、花嫁さんがもんぺやなんて。窓子にはそれが許せなかった。だから、父が縁談を決めてきたとき、ちゃんと花嫁衣装を着せてくれなければお嫁になんか行かないと泣いた。

 長い戦争が終わった。玖美は女子大に通いながら文学座の演劇研究所に入っていたが、ある日、芥川比呂志に呼ばれて「大学をちゃんと卒業してまた来たまえ。きみの席を空けて待っているから」と告げられた。「わかりました。戻ってきたら『オセロ』のデズデモーナをやらせてください」と答えた。母が「うちの娘を返してください。あの娘は洋裁学校を継ぐべき跡取り娘です」と手紙を書いていたことを、そのときの玖美は知る由もなかった。

 三十代の初めにフランスに留学した。当時はまだ黄色人種に対する差別がきびしく、ホテルやレストランで露骨な差別を受けた。パリで再会した女学校時代の美術史の先生からクチュールの働き口を紹介しようかといわれたが、「あたしがなりたいのは、花のパリのお針子じゃなく、日出づる国日本のアーティストです」と断った。

 留学を終えて帰国する前にヨーロッパ各地の民族衣装を買い集めた。女の願いの込められた衣装はみんな美しかったが、なかでも純白の花嫁衣装の美しさに魅せられた。そのとき初めて人生の目標が定まった。

 帰国当時、日本のウエディングドレスは、和服を横綱とすれば幕下程度の実力しかなかったが、高度経済成長にともなう国民意識の変化によってホテルや教会での挙式が増えるにつれてドレスの需要が高まり、英国のチャールズ皇太子とダイアナ妃の結婚がそのブームに拍車を掛けた。

「お見事でした。どう考えても、やっぱり負けは負けやわ」と窓子が認めたように、いまやその地位は逆転した。ただし、その後にやってきた非婚化と少子化の流れにどう立ち向かうかという難問は、読者に対しても向けられている。

『ポンツーン』2016年8月号より

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