思考や感覚を支配しているボスとしての「私」なるものは、実在しないという話を続けてまいりました。つまり「私」は、フィクションとしてはあるように見えるだけで、本当はいないのだと。

 現在、世の中で受容が進んでいるマインドフルネスのトレーニングは、ストレス緩和を目的に簡易化されています。が、それらも、元を正せば仏道の自己観察に由来します。そうである以上、徹底的に突きつめてゆくなら、「私」はどこにもおらず、この心は、単なる原因と結果の連鎖が続いていく自動的な過程から成り立っている、という恐るべき事実を見るところまで辿りつく可能性を孕んでいるはずなのです。

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