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2016.07.14

壊されても壊されても復活し続ける、十字架の丘

ネイチャー&サイエンス

壊されても壊されても復活し続ける、十字架の丘

 お墓といえば静謐で、殺風景で、ちょっと怖い場所、そんなイメージがあるかもしれません。しかし世界に目を向けてみると、民族ごとに弔いの仕方が大きく異なり、お墓の風景は驚くほどさまざまです。『世界のお墓』(構成・文/ネイチャー&サイエンス)では世界中から厳選した52か所のお墓を美しい写真で紹介し、その文化的・宗教的背景をたっぷりと解説しています。

 今回はその中から「リトアニアにある十字架の丘」を試し読みとして公開します。おびただしい量の十字架が立ち並ぶこの丘には、リトアニアの悲しい歴史が隠されているのです。


祈りと希望の十字架
  

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Dolfin Vik/PIXTA

  
 起伏の少ない平原に、古墳のように盛り上がった小さい丘。推定5万本といわれるおびただしい数の十字架が丘をびっしりと埋め尽くし、独特の景観を生みだしている。これまで何度も破壊され、撤去されても瞬く間に再生した。

 リトアニアはヨーロッパ北東部に位置し、夏が短く冬の寒さが厳しい国。西側がスカンジナビア半島とヨーロッパ大陸に囲まれたバルト海に面している。住民の大半はカトリック教徒だ。リトアニアの近代史は、大国から迫害され翻弄され続けた無念の歴史である。1800年代にロシア帝国の支配下から独立を求めて二度立ち上がったが、いずれも失敗。その後ソビエト連邦の侵攻を経て、1990年にようやく独立を果たした国である。その間に多くの人々が虐殺された。

 十字架の丘は、リトアニアの北部シャウレイ郡にある。その発祥ははっきりとわかっていないが、1831年のロシア帝国に対する蜂起後に、本格的に十字架が立てられるようになったと考えられている。処刑された人々や流刑された人々の遺体が戻らなかったために、遺族たちが墓の代わりに自然と十字架を立てるようになったという。ロシア帝国の支配に始まり、二度の世界大戦においても常に虐げられてきた苦難の歴史を背負ったリトアニア人。この丘は彼らの心の拠り所となり、いつしかおびただしい数の十字架で埋め尽くされるほどになった。ソビエト連邦統治時代に、宗教的な理由から再三ブルドーザーでなぎ倒されたが、すぐにまた新たな十字架が立てられた。それは、戦争をしないリトアニア人の平和への叫びであり、非暴力の抵抗だった。

 1993年、ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世がこの丘で祈りを捧げたことがきっかけで、全世界のカトリック教徒にとってもここは巡礼地となった。独立を勝ち得、経済的に成長し始めている現在も、この丘はリトアニア人の平和と愛のシンボルであり続け、2001年にはユネスコの無形文化遺産に登録された。旅行者でもこの丘に十字架を立てることができ、その数は今も増え続けている。

◎十字架の丘の駐車場にある土産物店では木製の十字架や、数珠に木彫りの十字架がついたロザリオなどを買うことができる。
◎ユネスコが規定する無形文化遺産は、古くから伝わる慣習や伝承、知識や技術、文化的空間など、形のないものを保護することを目指している。 

 

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