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2016.07.10

すべての人に勧めよう。この書物は希望のカードになる。(『ヒッキーヒッキーシェイク』津原泰水)

米光 一成

すべての人に勧めよう。この書物は希望のカードになる。(『ヒッキーヒッキーシェイク』津原泰水)

『ヒッキーヒッキーシェイク』津原泰水
幻冬舎刊/1600円(税別)

 

 大学でゲームづくりを教えている。ときに「ああ、君は津原泰水作品を読むといいよ」と思える学生がいるので勧める。

『バレエ・メカニック』を読んだ学生はその後、読書中毒になりサイバーパンク→グレッグ・イーガン→ラテンアメリカ文学と経由して、ぼくが読んでないような本まで読み漁り「先生はこれを読むべきです」と何冊かの本を興奮気味に勧めてくれた。『ブラバン』を読んだ学生は「すごいものを読んだと思うのですが、まだ本当のおもしろさが分かっていない気がします。20年後にもう一度読みなおしてみます」と話してくれた。

 津原泰水の新作は『ヒッキーヒッキーシェイク』。装画は、ビートルズのアルバム『REVOLVER』のジャケットデザインを手がけたクラウス・フォアマン。

 登場するのは、年齢性別ばらばらの4人のヒキコモリたちと、彼/彼女たちを束ねる詐欺師だ。

 紹介しよう。

 “お母さん、僕はエレキベースが欲しい”すぐに吐いてしまう少年、苫戸井洋佑。

 “むしろ誰からも利用されなかったから、俺はこうなっちゃったわけで”オートバイ事故で生じた脳の不良箇所と共生している刺塚聖司。

 “その店のサーバーを経由するのはわたしも厭だな。足跡の消去が面倒だ”実際に会った者がいないヒキコモリ中のヒキコモリにして凄腕ハッカーのロックスミス。

 “いんちきですよ。写真を見ながら描いてるんだから”写真よりも生々しいリアルな絵を描く二階から降りてこない少女、乗雲寺芹香。

 “俺たちには嘘をつく権利がある。それはでかいほど罪がない。ちっぽけな嘘になんか俺は興味ないよ。どうせつくんだったら、でかい嘘だ”ヒキコモリ支援センター代表のカウンセラー竺原丈吉。

 “お前は優秀な詐欺師でいればいい。丈吉、人生は詐欺だ”片棒をかつぐのは幼なじみ榊才蔵。

 ヒキコモリたちに投げかけられる最初のミッションは“不気味の谷”を超えた人間創り。第二のミッションはUMA(未確認動物)の捏造、そして……。

 深い考えにもとづいているのか、場当たり的に喋っているのか見当のつかない竺原丈吉の狙いは、少なくとも物語中盤まではまったく分からない。カウンセリングなのか、詐欺なのか、それとも他に企みがあるのか?

 視点が自在に変わる。個性的な登場人物が次々と登場し(後半になっても魅力的なキャラクターが登場する!)、おしげもなく多彩なアイデアが投入される。読む快楽がここにある。

 “「あの人物は自分なりに現実に対処している。あの性格の悪さは痛快だよ、防御が完璧に出来ているわけだから。お姫さまもちゃんと防御する。さっきの電話が典型だ。世の中と自分との距離をよく分かってる。セージは微妙だが、それでも出口を探している。ところがタイムはまったく防御の術を知らず、現実認識が危うく……記憶の混乱と幻覚症状がある」”

 やることはデタラメに見える竺原丈吉だが、人を見る目はまっすぐだ。ヒキコモリというラベルを貼って類型化するのではなく、具体的な個として対峙する。

 だからこそ人を操ろうとする。ひきこもって人となかなか会わない彼/彼女たちの中継地点となり、詐欺師としてふるまえる。

 “「だからさ、連中は『家から出られない』んじゃない。同じ人々が集まる一定の場所に『通えない』んだ。少なくとも俺のクライアントには『旅行は好き』って人間がけっこう多い」”

 ぼくが思い出した学生たちは、授業に出ているぐらいだからヒキコモリではないだろう。だけど、まだどれぐらいの自信を持てばいいのか自分で測りかねていて、他者を過剰に畏れて萎縮したり、ときに無茶な言動で周囲を呆れさせる。自分で自分をどうコントロールしていいのか分からずに苛立っている。

 “同じ人々が集まる一定の場所に「通えない」”わけではないが、同じ人々が集まる一定の場所で自分をどう解放していくべきなのかまだつかめずにもがいている。いや、それがヒリヒリとした感覚として外側にあふれ出ているか出ていないかの差があるだけで多くの人はそうなんじゃないか。

 だとしたら、ぼくはすべての人にこの本を勧めることにしよう。この書物はぼくたちの希望のカードになる。

『ポンツーン』2016年7月号より

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