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相方は、統合失調症

2016.06.28 公開 ツイート

<みっともないことでも笑ってもらえれば楽になる>
『相方は、統合失調症』刊行記念特別対談 後編 末井昭/松本ハウス〔松本キック・ハウス加賀谷〕

過去の栄光を捨てよ。そして新しい笑いを摑み取れ! 『相方は、統合失調症』刊行に向け、ガムシャラに突き進んだあの頃の日々を文章で再現するために、キックさんの苦悩は続いた。一方、加賀谷さんはというと、パソコンに向かうキックさんの横で能天気にゲームに熱中……。「もしかしたらキックさんが病気になってたかもね」。末井さんの鋭い指摘も飛び出しつつ、トークは「人はなぜ人を助けたいと思うのか?」という哲学的な問いにまで及ぶのです。(取材・構成 日野淳/撮影 有高唯之)


自分を掘り下げる作業で発見したこと

————キックさんにうかがいます。前作の『統合失調症がやってきた』ではキックさんが加賀谷さんの視点になって書いている部分が多かったのですが、今回はよりご自身の視点や考えが前に出る形になっています。お書きになられてどうでしたか?

加賀谷 そうですねえ。

松本 なんでお前がしゃべるんだよ。

末井 はははは。

松本 実は俺のゴーストだったりしてな。ずっといるかいないかって意味ではゴーストでしたけどね。

加賀谷 すいません(笑)。僕はキックさんが本を書いている横で、いかに邪魔にならないで「逆転裁判」をやるかを考えていましたね。

松本 「逆転裁判」っていうDSのゲームなんです。新幹線で移動中の時とか、僕はパソコンで書きながらウーっと唸ったりしてるわけです。そうすると隣りからハーっていうため息の後に、「裁判、長引いちゃうな」とか聞こえてくるんです。えっ!? どうしたんだ? と思ったら、ただゲームやっているだけ。ふざけんな、お前という。

加賀谷 はははは。それでどうでしたかキックさん、書いてみて。

松本 なんでお前がインタビュアーになってんねん(笑)。今回は自分の話を軸に書かしてもらってるんですけど、自分のことを書くって難しかったですね。否定したい部分もあったり、細かいところで忘れていることもあったりして。自分を掘り下げる作業ってこんなに難しかったんだなあと思いました。それと、たとえば「死」というものがずっと自分の頭の上にある時期があったんですけど、そういうことを書いて芸人としてどう思われるんだろうかとか、そういうふうにも考えてしまいました。

末井 キックさんは考え過ぎですよ。

松本 そうですかね。でも苦労はしましたけど、書くことによって発見もありました。ずっと死を意識していたことで言えば、あの頃はこういう考え方をしていたからああだったんだって、パズルがはまっていくような、自分の中で腑に落ちるようなところがあって。そうなってくると相方のこともやっぱり腑に落ちてくるんです。自分をもう一回組み立てることができたのかなあと思います。


人が人と接するときに自然に起こる笑いを書く

————末井さんが『自殺』をお書きになった時も同じように感じられましたか?

末井 僕は売り物が自分しかないっていう居直りがあるんですよね。他になにか知識があるわけではないし、本をたくさん読んでいるわけでもない。自分のことを書くしか他にやりようがないんです。そういう前提があるんですけど、確かにね、キックさんと同じで自分のことをグジグジ書くと暗くなったりするんですよ。だから理想は自分のことを読んでいる人に笑って欲しいと思うんです。そのように書けていればいいなあと。笑ってもらえるとすごく自分が楽になりますから。

松本 そうですね。アホやなあと言ってもらいたい。

末井 どんなみっともないことでもそれで笑ってもらえれば嬉しいんです。難しいことなんですけどね。

————今回の本にはキックさんの笑ってもらおうという意識がすごく込められていたと思います。一つのシーンの中に必ず漫才の掛け合いのように笑いを誘うところがありました。

松本 ありがとうございます。職業柄といえばそうなんですけど、ただつらかったこと、苦しんだことだけだと、書いている方も面白くないんですよ。それに表立っては笑えるけれども、根底に流れているものはまた別にあってという方が、ギャップが出るのかなあとも感じていて。お祭りに一緒に行った娘に「パパ、しっかりしてよ」と怒られたりするところとか。

————あそこはとてもいいシーンでしたね。

松本 「もー、パパなにやってんの?」とかよく言われるんですよ。でもちょっといい話があって、この間僕の誕生日に娘がカードをくれて、「頼りにしてるよ」って書いてあったんです。

加賀谷 そのカードすぐ失くしちゃったんですけどね。

松本 失くしてないわい(笑)。そんなふうに人と人が接すると普通に笑いが起こると思ってるんで、そういうのを素直に書いたんだとも思います。

末井 作家の文章ですよ。とても読みやすい。一文が短くて歯切れがいいじゃないですか。独り漫才しているような文体が読みやすかった。読みやすいっていうのは大事ですよね。

松本 いやいや、恥ずかしいです。

キックさんが好きに書ける環境があるのがありがたい

————加賀谷さんは書かれてみてどうですか。今回は時々でキックさんが何を考えていたのかが、詳しく書かれているわけですが。

加賀谷 そうですね。まだ全部読んでないんですけど。

松本 おい!

加賀谷 いや、読んでるんですけど(笑)。やっぱり気恥ずかしいですよ、そういう質問を受けてキックさんが横にいると。でも大体、分かってますから。

松本 なにがや。神か、お前は。

加賀谷 たとえば移動中とかに「どうですか? 本の方は」って軽く聞くと、キックさんはここらへんがこうなってるから、こうしたいんだよねとか言ってくるんです。僕の方は話し半分に聞いているんですけど。

松本 ちゃんと聞けよ。

加賀谷 難しいんで、「なるほど」「そうですね」と相槌だけバンバン打ってたんです。まあでも僕がどう思うかは特に気にしないでよくて、相方のキックさんが好きに書けるという環境があるってことがありがたいです。すいません、でき過ぎたコメントで。

松本 でき過ぎてはいないけどな。

加賀谷 やっぱり気恥ずかしいですけどね。松本ハウスという形を模索していく中で僕に対して言っていることだけじゃなくて、それ以外に思っていることもいろいろ書いてあるわけじゃないですか。

松本 コンビなんでお互いの腹の内を見せるのは気恥ずかしかったりするんですよね。なんでも分かってはいるんですが、語らないことを語ってしまうっていうのは気恥ずかしくはあります。

 

相手を幸せにできれば自分も楽しくなる

————キックさんの加賀谷さんとの距離の取り方がすごく素敵だと思いました。過干渉でもなく無関心でもないという。本の中でキックさんは「ナチュラルカウンセラー」と言われたという話が出てきますが。

松本 自分ではよく分かんないんですけど、そう言ってもらったんです。僕の中では関わった人間に幸せになってほしいという思いがあって、それで人に接しているというのがベーシックなところなんです。でもカウンセラーという意識はまったくなくて、加賀谷を直してあげよう、よくしてあげようという気持ちはまったくないです。ちょっとでもよくなればいいなあという思いはありますけど、僕の力でなんとかというのはないんです。だから普通に接しているだけで。病人の加賀谷、統合失調症の加賀谷ではなく、一人の人間の加賀谷、芸人のハウス加賀谷と接しているんです。病気は加賀谷の後ろにあるんですよね。

加賀谷 出会った時から変わっていないですからね、キックさんは。かれこれ25年くらいになりますけど、変わらないですよ。

松本 気を遣わないんです。ちょっとは気を遣えと思ってるかもしんないですけど。

————末井さんの本にも色んな人が相談に来て、お金を貸してあげたというエピソードがあります。末井さんにもナチュラルカウンセラー的なところがあるんじゃないでしょうか?

末井 いやあ、どうかなあ。キックさんの何十分の一くらい?

松本 いやいや。

末井 お金のことは、断るより貸した方が楽だなと思って貸すんですよ。返ってこないことは分かってるんですが、断る方がエネルギーいるんだもの。当時は給料もいっぱいもらってたんで、そういうことも見越して来るから、しょうがないですね。

松本 そんなこと言ったら、じゃあ僕もって借りにくる人がいるかもしれないですよ。

末井 だからね、うちは方式を変えたんですよ。夫婦で面談をすると。

松本 面談ですか。

末井 この間も300万くらい貸した人がいてね。僕に貸してくれというから、いやうちではもう面談方式で、うちの奥さんと一緒に話を聞くことになってますと言ったら、来たんですよ。2、3時間いて、なぜそのお金が必要かを説明していった。

加賀谷 はあ。

末井 そうすると、僕も楽になるんですよね。お金が返ってこなくても奥さんと二人で、しょうがないねって言えるじゃないですか。それまでは一人でイライラしてたんです。まあでも、お金は貸さないのが一番。

松本 末井さんが貸してるんじゃないですか。

—————末井さんは『自殺』の中で「自分のことしか考えないことと、人のことを考えることは相反することじゃなくて表裏一体」とお書きになられていますね。

末井 そうですね。極端なことを言うと人間一人では生きられない動物なわけですよ。お前、食いもんも全部やるから無人島で独りで暮らせって言われても、できませんよ、それは。だとすると相手のことを幸せにして自分が楽しくなるというのが一番いい状態なんです。そういうのがキックさんにもあるんじゃないかなと思います。

松本 自分が発したものは全部自分に帰ってくるっていう感覚はありますね。

末井 誰もいないのに自分だけハハハって笑っている人っていないと思うんですよ。独りなのに心の底から笑いが込み上げてくるなんて気持ち悪いですよ。

 

考えすぎの人となにも考えない人のいいコンビ

末井 キックさんはいろいろ考えすぎる人なんですよね。

加賀谷 考えすぎだと思いますよ。

末井 若い頃のところで、「俺という人間は、どうしても生きる意味を正面から考えすぎるようだ」と書いてらっしゃいますよ。生きる意味を考えているんですからねえ。

松本 馬鹿ですよね。そんなの昔から哲学者みたいな人が考えても、なんの答えも出てないことだと分かり切っているのに、考えてしまうというのは馬鹿だと思います。

末井 でも考えるのが好きなんですよね。

松本 考えちゃうんです。

末井 ものすごくいいコンビですよね。加賀谷さんはあんまり考えない。

加賀谷 はい。考えないです(笑)。生きる意味ですか……それは適当な采配で……。

松本 唯一考えてるのは、どうやったら人に好かれるかですからね。

加賀谷 どうやったらおこぼれをもらえるか(笑)。

末井 でもある意味、神様みたいな人ですよね。一途で雑音がないというか。ぐじゃぐじゃ考える人となにも考えない人、いいコンビだと思います。

松本 お前の元で修行させられてる気がしてきたわ。

加賀谷 はははは。

末井 もしかしたら加賀谷さんじゃなくて、キックさんの方が病気になっていたかもというのは想像ができますよ。

松本 そうですかねえ。もしかしたら加賀谷に感謝しないといけないのかもしれませんね。
 

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末井昭

1948年岡山県生まれ。編集者、エッセイスト。2014年『自殺』で第30回講談社エッセイ賞を受賞。

松本ハウス〔松本キック・ハウス加賀谷〕

1991年に結成。「タモリのボキャブラ天国」「電波少年」を始め、テレビ、ライブで活躍するが、1999年加賀谷の病気療養のため活動休止。2009年活動を再開し、お笑い活動の傍ら、統合失調症への理解を呼びかける講演を全国各地で積極的に行っている。著書に『統合失調症がやってきた』がある。

松本キック
1969年三重県生まれ。ツッコミ担当。

ハウス加賀谷
1974年東京都生まれ。ボケ担当。

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