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2016.06.19

『学問のすゝめ』解説(2)

「政治に関して庶民は“不自由”だった。でもこれからは目を向けようよ、“自由”なんだし」と諭吉は言った

橋本 治

「政治に関して庶民は“不自由”だった。でもこれからは目を向けようよ、“自由”なんだし」と諭吉は言った

名著『学問のすゝめ』を、橋本治さん鮮やかに解き明かした『福沢諭吉の『学問のすゝめ』』。目からウロコの解説の中から、重要な「自由独立」というワードをピックアップして解説した、試し読み第2回。「自由」の語の後ろについた「独立」の意味とは一体?

 明治五年の段階で、日本という国は独立国です。よその国に支配されているわけではありません。《家》だってそうで、《身(=一個人)だってなにかに支配されているわけではもうありません──なにしろ《自由》があります。だから「埋没した状態から抜け出せ、立ち上がれ」が《独立》になるのですが、ここに《自由》がくっつくと、なにかが変わって来ます。

 この《自由》は当然、「わがまま勝手」の方じゃありません。でも freedom や liberty という政治的要素を含んだ《自由》を知らない人にとって、この《自由》がなにを意味するのかは分かりません。しかしこの《自由》は、「立ち上がれ、埋没するな」の《独立》がくっついている《自由》なのです。明治五年の日本人は「自由と独立を求めたアメリカの独立戦争」などというものをまだほとんど知りません。日本には『ワシントン』というとんでもない歌があって、それは初代アメリカ大統領ジョージ・ワシントンが兵を率いて進軍する歌ですが、出来たのは日露戦争間近の明治三十五年です。「ワシントンは立ち上がった。日本も理不尽なロシアに対して立ち上がれ」というところで出来上がった勇ましい歌ですが、そんな頃になってアメリカの独立戦争は、やっと日本人の間でポピュラーになります。だから明治五年の《自由独立》は、日本人にとってまだ馴染みのない言葉なのです。

 でも、《独立》とつながってしまうと、その《自由》には「なんでも出来る」とは違うニュアンスが宿ってしまいます。つまり《自由独立》になると、いつの間にか「不自由から立ち上がる」という感じが生まれてしまうのです。

 では、「自由」が許されていたはずの日本人は、なににおいて「不自由」だったのか? 話はもう簡単です。日本人は政治に参加出来ませんでした。政治は一部の支配者達のもので、それ以外の日本人は政治に参加出来ませんでした。その状態は、「日本人は一部の支配階級の人間に支配されていた」ですが、言い方を変えれば、「日本人は一部の支配階級に依存して、自分達に関わるはずの政治を任せっきりにしていた」にもなります。福沢諭吉の《自由独立》は、その政治の「他者依存を考え直せ」なのです。

「今の日本人は、昔の日本人のように〝自由気まま〟の権利を行使するだけでいいわけがない。〝政治に関わる自由〟という義務に目覚めるべきだ」と、私なりに解釈すれば、福沢諭吉は言っているのです。

 福沢諭吉の言うことは、「政治に参加しろ」ではありません。「政治を意識するようにしろ、それが出来るようになれ」で、「政治に目を向けろ」です。

「新しい日本」は出来たばかりです。みんなでこれを支えなければなりません。そうでなければならないはずです。「既にある」という段階から「まだない」という状態を想像するのは結構むずかしいことですが、「徳川幕府は消滅して明治維新政府は出来上がった」と言っても、明治の初めの日本人の誰がそれに対して「はい、了解」と言ったのかは分かりません。まず、そういう「変化」を理解すること自体がむずかしいのです。


一般人には一応、新時代の「自由」の説明をした諭吉。とはいえ、当時の日本政治の最高責任者は明治天皇で、国民が参加する議会ができるのはまだ先のこと(第一回衆議院議員選挙は明治23年)。庶民の「政治との関わり合い方」について、諭吉の頭の中はどう整理されていたのでしょうか? 次回はそのあたりを突っ込んだ解説をピックアップ!

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