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2016.06.14

『日本全国津々うりゃうりゃ』文庫発売記念!試し読み「日光」パート1

由緒正しき日光東照宮へ、クラゲを探しに!?
《オールカラーで読める!特別記念版》

宮田 珠己

由緒正しき日光東照宮へ、クラゲを探しに!?<br />《オールカラーで読める!特別記念版》

「電車で読むの禁止!」の本といえば、宮田珠己さんのエッセイ。なぜなら、声を出して笑ってしまうから!
一度読んだら、必ず好きになってしまう♪ エッセイスト・宮田珠己さんの文章は、なんともアホアホで、気が抜けてて、でも優しくて、知的で、ぐいぐい読まされていくうちに、気づくと癒されています。宮田珠己さんは、エッセイストであり、癒しストではないでしょうか。
そんな宮田さんの、日本全国をうりゃうりゃ歩く人気シリーズが、このたび幻冬舎文庫になりました。発売記念で、ちょこっと試し読み。
さっそく、日光東照宮に幻のクラゲを探しに行く、アホアホ旅より――。

*   *   *

 日光東照宮に行くことにした。
 なんでも東照宮のあの夥【おびただ】しい彫刻群の中に、クラゲがいるらしい。
 わたしはその情報を、明治時代に日本を訪れたフランス人作家ピエール・ロチの著作『秋の日本』(角川文庫)で知った。
 東照宮で有名な彫刻といえば《眠り猫》や《三猿》などであり、20年以上前に見に行ったときには、他にも龍とか獅子とか鳥とかさまざまな動物がいたと記憶しているが、クラゲなんていただろうか。
 正直そのときはさほど興味もなく、丁寧に見なかったからわからない。ただ、なんとなくクラゲは場違いな気がするじゃないか。
『日光東照宮の謎』高藤晴俊【たかふじはるとし】著(講談社現代新書)という本には、彫刻のモチーフになっている全動植物のリストが載っているが、そこにはクラゲはおろか海の生き物なんてものはまず出てこない。強いてあげれば亀。陸のものか海のものか知らないが、それだけである。
 一方、『秋の日本』には、クラゲが3度も出てくる。
 日光霊山と題された紀行文のなかに、日光東照宮の“第三番目の囲み”に関する表記があり、そこにまずこう書かれている。
〈この玉垣には彫りの深い彫刻で、空中と水中に棲むあらゆる動物、著名なあらゆる花々、あらゆる種類の木の葉などが表現されている。たとえば金のくらげがその触手を金の藻の中に伸ばしていたり、金の藤の枝の上やあるいは薔薇の上で、金の鶴がその翼をひろげていたり、金の鳳凰が尾をひろげて輪をつくっていたりする。〉
 金のクラゲである。誤訳だろうか。しかしその前に水中と書いているし、藻も出てくる。文脈に矛盾はないように思われる。
 さらにこういう表記もある。
〈到るところ黄金である。ぎらぎら光る黄金づくめである。筆紙につくしがたい装飾がこの入口のために選択されている。巨大な支柱の上にはさまざまな種類の波形の雲や海の波濤がある。そしてそれらの真ん中にはあちらこちらにくらげの触手や、鋭い爪をした獣の足先や、蟹のはさみや、平べったくて鱗の生えている長い青虫の先などが現れている。〉
 おお、クラゲだけでなく、蟹まで!
 これは“東照宮の入口”に関して書かれた部分だ。
 そしてもう一ヶ所は、“廟の中”についての表記で、
〈ここに金の蛇腹に沿って、翼をひそめて遁【に】げてゆく一群の鶴の飛んでいる姿があるかと思えば、他方には亀と一しょにいる蝶々がある。そのほか花々のあいだにいる気味の悪い大きな昆虫どもや、あるいはまた海中の架空の動物たちの、つまり大きな眼をしたくらげと夢幻的な魚類とのあいだの、飽くなき闘争の姿などがある。〉
 と、確信を持って書かれている。意味不明なのは大きな眼をしたクラゲという表現で、クラゲに眼なんかないぞ、と思ったのであるが、架空の動物と書いているから、まあ細かいことは言わないことにする。
 ともあれ、これだけクラゲが連発されているのだ。『日光東照宮の謎』には出てこないが、いないはずがない。クラゲはいるのである。
 そんなわけで、さっそく見に行くことにした。
 同行してくれるのは、今回ももちろんテレメンテイコ女史である。

 日光に到着すると、われわれはまず金谷ホテルで百年カレーを食べてから東照宮へ向かった。
 空は曇っていたが、それでも5月の新緑が目にまぶしいぐらいだ。
 東照宮は、堂々たる杉木立の中にあった。
 大きな鳥居をくぐると、その先に仁王門があって、そこからすでに独特のワシャワシャした彫刻が始まっている。
 こういうワシャワシャしたものを見ると、ワクワクする。ブルーノ・タウトは、東照宮を見て仰天し、建築の堕落だとかなんだとかクソミソに貶【けな】したそうである。なんという凡庸な発想であろう。全然わかってない。あるいは突然こんなものを見せられて、どうしていいかわからなかったのか。
 たしかに、われわれ日本人から見ても、日光東照宮は他に類を見ない異様な建造物であり、なぜ歴代為政者の墓のなかで家康(と家光【いえみつ】)の墓だけが、こんなにワシャワシャなのかという点は、理解に苦しむところだ。
 神社として見ても、ワシャワシャである。ふつうは神社といえば偶像も少なめで、見ていてシンプル過ぎるぐらいのものだが、東照宮だけはまるでヒンズー教の寺院みたいなのだ。一部には、家康はヒンズー教徒だったという説もあるぐらいだ(家康ヒンズー教徒説:註1参照)。

 果たしてクラゲはどこにいるのだろう。
 さっそくひとつひとつ見ていこうと思ったら、おおお、目の前に、なんじゃこりゃ、これがクラゲじゃないのか!
 って、いきなり発見。隊長、発見しました!

  うむ、クラゲだろ、どう見ても。
 ただ、よく見ると、紋のような痕があり、亀の甲羅かもしれなかった。しかし亀なら顔や手足らしきものが出っ張っていて然【しか】るべきであろう。あるいは手足を引っ込めた亀か。ひっくり返して触手があれば勝負あったということになりそうだが、勝手にひっくり返していいものかどうか迷う。
 何しろ日光東照宮といえば、そこらじゅう国宝である。国宝をひっくり返しちゃだめだろう。というか、これも国宝であろうか。見たところ国宝らしからぬ風合いである。まあ、仮に国宝でなくたって神聖な神社の境内の石をひっくり返すのは問題がある。
 仕方なく触手の確認はあきらめ、売店で、あれは何かと尋ねてみると、幟【のぼり】をたてる穴を塞【ふさ】ぐフタです、と教えてくれた。
 フタ?
 国宝はフタだった。
 しかもクラゲでも亀の甲羅でもなく、蓮の花を模しているとのこと。どこが蓮やねん。これを見て、そうとわかるやつはいないだろう。聞けば、蓮を伏せた形だそうである。なぜ蓮を伏せるか。紛らわしいぞ。
 どうでもよくなり、フタを後にしてさらに進む。
 境内には、遠足に来た小学生の団体がいて賑やかだった。その小学生が群がっている建物があり、よく見ると、そこに有名な三猿の彫刻があった。
 さらに道を挟んで反対側には大きくて派手な建物があり、2頭の象の彫刻が目立っていた。そこらじゅうにいろいろな彫刻があって楽しい。わたしは不思議に思うのだが、どうして神社仏閣の象の彫刻は鼻がフニョフニョなのであろう。たいてい目つきもやに下がって、おかげで象はいつも、下心いっぱいのデレデレしたおっさんのようである。

  本来もっとパオーンと力強く伸びているのが象の鼻ってもんじゃないか。それがこんなにフニョフニョで、言っちゃなんだが、本来の象が使用前、彫刻は使用後という感じがする。パオーンを使用したらフニョフニョになったのだ。何に使用したかは読者の判断に任せよう。
 驚いたのは、手水【ちょうず】の屋根に彫られた波の彫刻(↓)だ。ぐりぐりに渦を巻いて、物凄い。鳥獣よりも、インパクトがある。

  このなかにこっそりクラゲが紛れ込んでないか確認したが、発見できなかった。
 その先にまたあらたな階段があり、上に陽明門(↓)が建っていた。

  20年以上前に一度来たときは、一緒に来た女の子のことで頭がいっぱいで、うすぼんやりと通過したのだったが、今見ると実に見応えのある建造物である。ブルーノ・タウトは「華麗だが退屈」などとエラそうなことを言ったらしいが、ちっとも退屈じゃない。きっと一緒にいた女の子のことで頭がいっぱいだったのだろう。
 一方、われらがピエール・ロチは、これを「野獣のピラミッド」と呼んだ。実際それは、いろんな霊獣や鳥類、そして人物彫刻などでぎっしりと埋め尽くされたピラミッドのようである。
 わたしはなかでも、多くの鳥獣たちに混じって、下段にぐるりと彫り込まれた人物彫刻にそそられた。すべて中国の故事逸話をモチーフにしているそうだが、どれもこれもすっとぼけた味わいがあり、逸話なんかどうでもいい感が漂っている。鯉に乗っている仙人(↓)や、顔が剥【は】げて不気味になった男(さらに↓)などが、とくに味わい深い。

  そもそもこの顔が剥げた男の彫刻を見ると、机の角度がおかしい。本来人間とほぼ直角であるはずの机が、手前に倒れている。これじゃあ、筆やすずりは、机の上をズルズル滑ってしまうだろう。
 このように、社寺彫刻の多くは歪【ゆが】んでおり、実は、この歪んでいるところが重要である。これは、厚みのとれない場所でいかに立体的に見せるかという苦肉の策なわけだが、その歪みのせいで、ふと、ありえない奥行きが垣間見える瞬間があるのだ。じっと見ていると、世界がその奥にずっと続いているような錯覚に陥るのである。
 それは、たそがれ時にどこまでも伸びる影のように、世界の縮尺を変え、立体感を狂わせる。そうして社寺彫刻を眺める者は、空間と時間を超えた異世界に誘われるのだ。
 そんなわけでわたしはこれらのパースの狂った社寺彫刻がとても気に入っているのだが、今日のところはひとまず置いて、クラゲだ。
 クラゲは陽明門のどこにも見当たらなかった。陽明門の左右には、長い壁があって、そこにも多くの彫刻が見られたが、ここにもクラゲは発見できない。
 陽明門をくぐった先には、さらに唐門があるのだが、目下改修工事中でそこに彫られた彫刻を見ることはできず、仕方なく廻廊を見物。
 拝殿にもあがって、内部も調べたが、クラゲはない。最終的に観光客が見ることができる部分はおおむね見たが、結局クラゲと断定できるものには出会えなかった。改装中の唐門付近が残っているが、どうもなさそうな気がする。
 ただし、ひとつだけ怪しいものがあった。
 それは3匹のクラゲらしきものが、背中合わせになっている様子を描いた彫刻で、よく見ると、門の部分や、庇【ひさし】の瓦にも彫られており、そこらじゅうで見ることができた。それがこれ(↓)である。

  もしくはこれ(↓)。

  え、何? これはクラゲじゃないだって?
 控えい! 控えおろう! こちらにおわす生き物をどなたと心得る! 恐れ多くもミズクラゲ三つかな公にあらせられるぞ!
 ……ええい、クラゲがこんなところにおるわけないわ、こやつクラゲを騙【かた】る不届きモノ、みなのもの出会えい、出会えい!
 というわけで、クラゲは見つかりませんでした。合掌。

 さて、クラゲは見つからないが、せっかく東照宮に来たことであるし、有名な彫刻をひと通り見てみようと、《眠り猫》を見に行く。
 以前来たときも見ているはずだが、女の子のことで頭がいっぱいだったのでまったく記憶にない。そしてこのたび見てみたら驚いたのである。
 バリ島のお土産屋で見たぞ、これ。
 いや、正確には違うのかもしれないが、こんなのそのへんの雑貨屋に売ってるだろ。
 ところがこれが国宝なのだった。意味わからん。

  こんな猫よりも陽明門の両側に連なる廻廊の墻壁【しょうへき】のほうがよっぽど見応えがある気がするが、どういうわけかこの猫のほうがはるかに有名である。
 ガイドブックを見ると、東照宮では、陽明門、《三猿》、《眠り猫》、《鳴龍》などが「見逃せません」ということになっている。しかし、「見逃せません」には気をつけないといけない。なぜなら、「見逃せません」以外のものを見逃すからだ。「見逃せません」さえ押さえておけば、後はざっと見ればいいと思ってしまうのである。
 しかも「見逃せません」は多くの場合退屈だったりする。それはもうガイドブックやテレビ、雑誌などで、すでに見て知っているからで、現物ではその知ったものを確認するという感じなのだ。現物が想像を上回っていればいいが、そうでもない場合も少なくない。
 たとえば《鳴龍》。
 ああ鳴龍、これまでにいくつ見たことか。わたしぐらいの年齢の一般的な大人が、人生において見てきた鳴龍の数たるや、最初に知っていれば、ポイント貯めてデジカメもらえたぐらいの量である。寺や神社だけではない。瀬戸内のしまなみ海道では、連絡橋の上で音が反射する鳴龍現象を体験できるようになっていた。それは到るところでわれわれを待ち構えている。
 東照宮の鳴龍も、手を叩けば当然鳴くんだろうな普通だな、と思ったら、えらくもったいぶっていて、各自で勝手に手を叩かせてももらえず、しかもおみやげの宣伝とセットで見せられた。ちっともありがたくない。
《三猿》だってそこらじゅうにある。ポイント貯めていれば高級黒毛和牛セットがもらえたぐらい見た気がする。東照宮の《三猿》は、他にもいくつも猿の彫刻があって全体でストーリーになっているから、他よりちょっと面白かったが、それにしたって、もっと他に重視していい彫刻はいっぱいあると思う。
 このように「見逃せません」は要注意であり、この恐るべき「見逃せません」に洗脳される前に、自分にとっての真の「見逃せません」を見逃さないようにしなければならない。
 それで今回はわたしだけの「見逃せない」クラゲを探したのだったが、見逃してしまった。慙愧【ざんき】に耐えない。

*   *   *

さて、宮田さんはクラゲを見つけられなかったわけでありますが、日光の旅、こんなことで終わりません。さあ、これから怒涛の大展開が待ってますよ!――後半へ続く。
後半の更新が待てない方は、ぜひ、幻冬舎文庫『日本全国津々うりゃうりゃ』をお買い求めください。

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