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2016.06.14

第14回

アサヒ屋酒店の角打ち

福澤 徹三

アサヒ屋酒店の角打ち

 北九州では、酒屋の店内で酒を呑むのを「角打ち」という。

 角打ちとは関東でいう「立ち呑み」である。角打ちの語源はさだかでないが、一説には酒屋で量り売りの升酒を呑む際、升の角から口をつけたのが由来だという。アテは升の縁に盛った塩である。

  升はもともと酒を計るための道具だったが、いつの頃からか酒器になった。升に入れたグラスに酒をなみなみと注ぐのは「もっきり」と呼ばれ、居酒屋でよく見かける。

 最近は、東京でも立ち呑みの店が増えてきた。なかには角打ちをうたっている店もあるが、多くは単なる立ち呑み屋であって酒屋ではない。

 角打ちは酒屋で呑むから酒は売値のままで、一般の飲食店のような掛け率はない。そのぶん愛想やサービスもないものの、さまざまな酒を廉価で味わえるから、呑んべえにとってはうってつけである。

 北九州は呑んべえが多いせいか、かつては角打ちができる酒屋が多かった。わたしが幼い頃、夕暮れどきの酒屋では、たいていの店で勤め帰りの男たちが一杯やっていた。

 紫煙のたちこめる店内で、作業着姿の男たちが缶ビールやカップ焼酎をあおる光景は退廃的であると同時に頼もしく、これぞ男の酒という印象だった。
 


 現在は個人経営の酒屋そのものが減って、角打ちができる店はすくなくなった。とはいえ北九州は角打ちの本場とあって、長い歴史を持つ名店が根強く残っている。

 そのなかの一軒が「アサヒ屋酒店」である。

 

 

 アサヒ屋酒店の創業は昭和三十一年というから、その歴史は六十年におよぶ。

 角打ちとしては店内が広く、テーブル席が四つもある。カウンターはテーブルでふさがっているので立ち呑みではなく、椅子にかけて呑むという珍しいスタイルだ。

 雑然としてレトロな店内はどこか懐かしく、温かい雰囲気に満ちている。

 酒の種類はもちろん、つまみも豊富で、北九州小倉発祥の焼うどん、野菜炒め、ハムエッグ、山芋鉄板、焼鳥、サイコロステーキなど、メニューは居酒屋なみにある。もちろん角打ちの定番である缶詰や干物、豆類や駄菓子もそろっている。

 


 調理を担当するのは、昭和十一年生まれの女将さんである。壁に貼られたメニューには「体の具合いがいい時のみ造ります」とあるが、いつも具合がいいらしい。
 


 料理の味も酒屋とは思えないほど本格的で、どれも手作りならではの旨さがある。

 たとえば、写真のサイコロステーキをご覧いただきたい。独特の食感と味わいがやみつきになるサイコロステーキの下には、ふわとろのオムレツが敷かれ、付合せにサラダとパスタまである。酒のアテというよりは、ほとんど夕食のボリュームで六百円だ。

 


 駄菓子で特に印象的だったのは、三立製菓の「トランプ」である。あれは、わたしが小学校低学年の頃だったか。母がおやつにしょっちゅう買ってきた。
 

 
 ひと口食べると、青海苔と醤油の風味とともに当時の記憶が蘇った。長年その存在すら忘れていたが、この店で再会するとは思わなかった。

 店主の吉田くんは、実はわたしの高校の同級生で、母親の女将さん、細君の若女将と三人で店を切り盛りしている。高校時代、店の裏にある吉田くんの実家で、同級生たちと徹夜麻雀をしたのを懐かしく思いだす。

 吉田くんは百貨店で宝飾品の外商をしているが、早めに仕事を切りあげて店にでる。接客のかたわら自分も呑んでいるから、しだいに酔っぱらって、否が応でも店内の雰囲気は盛りあがる。

 吉田くんは発泡酒の缶を片手に、

「ここが楽しいでたまらんけ、はよ帰ってくるんよ」
 


 店主が楽しんでいるくらいだから、客も楽しい。

 あたりは街の中心から離れた住宅街とあって、常連客がおもである。しかし一見であっても、いったん店に入れば、たちまち顔見知りになって会話が弾む。

 ふつうの立ち呑み屋や居酒屋チェーンにはない、角打ちの醍醐味である。

 撮影にいったのは、わたしとカメラマンのpunchくん夫妻で、早い時間からさんざん呑み喰いしたのに、勘定は三千円ちょっとという驚きの低価格だった。

 まさに千円で酔える「せんべろ」の名店で、これからも末永く営業を続けて欲しい。

(写真:punch)

アサヒ屋酒店
住所:福岡県北九州市小倉北区原町1丁目13-13

 

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