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2016.05.26

エッセイスト・酒井順子(前編)

「未婚・既婚」より重い「子のアリ・ナシ」

酒井 順子

「未婚・既婚」より重い「子のアリ・ナシ」

高校時代から『オリーブ』にエッセイを寄稿し、その後もエッセイストとして活躍し続ける酒井順子さん。『負け犬の遠吠え』では、「30代以上、未婚、未出産」を「負け犬」と称し、社会の話題をさらった。そんな酒井さんの最新刊は、『子の無い人生』という刺激的なタイトル。「未出産」は、女性の人生にとって挫折なのでしょうか――。
(構成:須永貴子 撮影:菊岡俊子)


◆就職先の会社で、仕事が全然できなかった◆

—―酒井さんは、プロフィールだけを拝見するととても順調で、挫折知らずに見えますが、実際のところはどうなのでしょうか。

酒井 たしかに、自慢できるような挫折はなくて、“プチ挫折”くらいしか経験していないかもしれません。人生で一番大きな挫折は、就職先で、会社の仕事が全然できなかったこと。学生時代までは、勉強なりスポーツなりというものは頑張ればなんとかなったといいますか、結果が悪くても「頑張った」という経過が評価されました。ところが会社は人を育てる場ではありませんから、「何も結果が出せませんでしたが私は頑張りました」では洒落にならないですよね。自分でも、自分に社会人としての能力がこんなにもないことを初めて知ってびっくりしました。

—―仕事ができないと思った根拠とは?

酒井 広告代理店だったんですけど、まず、声が出せない。

—―こ、声!?

酒井 大人数が参加する会議では、発言するために大きな声を出さなくてはなりません。私みたいな小さな声だと全然ダメですし、それ以前に、自分の意見が発言に値するかどうかもわからなかった。だから会議に出席しても何も発言できないまま2時間、3時間が経過して、いつの間にか居眠りしてしちゃうという……。なおかつ、広告代理店は得意先のことを考えなければいけない仕事です。「そんな商品、売れなさそう……」と思っても、得意先の身になることを面白がりながら、いろいろと考えなければいけないのに、私はそれがまったくできなかったんです。それは、広告代理店で働く人間としては致命的な欠陥で、自分のことしか考えられない自分のダメさがストレスになり、焼き肉のようなものばかりどんどん食べてぶくぶく太っていくという、ぱっとしない3年間でした。

—―それはすべて自己評価なので、周りから「ダメ」と判断されないのであれば、やり過ごす方法もありますよね?

酒井 同僚や上司のみなさんがものすごくいい人ばかりで、私がどんなにダメでも怒らず、笑顔で吸収してくれるので、迷惑をかけるたびに真綿で首を絞められるような感覚がありました。20代前半だったので、若い女として「テヘ」とか言っておけばなんとかなる時期だとは思っていたのですが、20代後半になったらそれでは乗りきれないだろうなと思い、25歳で辞めました。

—―退職を伝えたとき、会社から引き止められましたか?

酒井 誰も引き止めてくれませんでした。上司から少しくらいは「もうちょっと頑張ってみろよ」と言われるかと思ったら、まったく(笑)。

—―そのプチ挫折は、その後の自分にプラスになりましたか?

酒井 自分にできるのは文章を書くことだけだと、はっきりわかったことによって、書く仕事に対する腹が据わりました。もうひとつは、何かに所属して決められたことをするという“縛り”を、若いうちに経験できたことです。フリーの立場である今となっては、会社員と学生時代のクラブ活動は、人生においてプラスになった二大”しておいてよかったこと”だと思っています。会社員時代にできたお友達や、「第二の父」のような人たちには、今でも感謝しています。


◆たいていの失敗は書くネタになると思って乗り越える◆

―—他にプチ挫折はありますか?

酒井 本当にプチならいろいろあります。性格が暗いとか、知らない人と仲良くなれないとか、コミュニケーション不全気味とか……。

—―それは挫折ではなく性格のような……(笑)。同じ体験をしても、それを挫折と思うかどうかは人によって違いますよね。

酒井 そうですね。私の場合、たいていのつらいことに対して、あとから「経験できてよかった」と思えるほうではあります。特にエッセイは、すべての失敗が書く時のネタになるので、つらいことがあると「来た来た!」と捉えてしまうところはあります。

—―だから挫折の経験が少ないのかもしれないですね。ネタのためにつらそうな方向を選んで飛び込むことはありますか?

酒井 あ、それはないです。自分の好きな分野の苦労はできても、苦手な分野の苦労は、年齢もあって避けてしまいます。例えば、ご近所コミュニケーションとかは。

—―それすらもネタにできそうですが(笑)。ちなみに、若い頃から「来た来た!」と思う性分でしたか?

酒井 いえ、若い頃は「なんで私が……」と思ってしまいました。今でもやはりつらいことがあると、それが御飯のもとであることを忘れて一瞬落ち込んだりしますが、2日くらい経つと「あ! 書ける!」と(笑)。


◆『負け犬の遠吠え』以前以後で意識が変わった◆

—―「自慢できるような挫折はない」とおっしゃいましたが、例えばスポーツ選手が怪我をして……みたいな挫折のことをどう思いますか?

酒井 そういう華やかな挫折を経験している人は、選ばれし人だと思います。羨ましいというわけではありませんが、そういうドラマティックな挫折物語を読んだりするのは好きです。私の場合は「結婚していない」「子供がいない」など、じわじわくる地味な挫折は色々あるのですが。

—―物書きをやめようと思うような挫折、もしくはスランプはありましたか? 

酒井 やめようと思ったことは一度もないです。ただ、20代後半の頃、生ぬるさを感じていたことはありました。書きたいテーマや得意なテーマがないまま書いていて、「これでいいのか」と。私のなかでは『負け犬の遠吠え』の前と後で、物書きとしての意識はかなり違います。

—―『負け犬の遠吠え』は、物書きとして意識的に選んだテーマでしたか?

酒井 かというとそうでもなくて。同い年の「負け犬」編集者さんと話していたとき、我々がいくら幸せだと言い張っても、世間からは負け犬だと見なされますよね、ということを話していて。ではそれについて、身の回りの友だちや自分のことを書きますか、と。

—―すると、ものすごい反響が巻き起こった。

酒井 はい。「負け犬」とグルーピングすることによって、「未婚、子ナシ、三十代」が自虐しやすくなったのだと思います。個人的には、エッセイストとしても転機になりました。ただあのときは、「既婚、子ナシ」のつらさには、気づいていませんでした。「結婚しているが子供がいない」という方から、すがるような目で「私は(負け犬と勝ち犬の)どっちなんでしょう?」と問われたんです。当時は私もまだ若かったので「結婚しているだけで十分勝ち犬じゃないですか!」と返していましたが、今になると、既婚で子供がいない人の苦労や悩みのほうが深かったんだろうなと思います。40代後半くらいになると、「既婚/未婚」よりも、「子アリ/子ナシ」のほうが、女性の人生の方向性を大きく左右するのではないかと思い、書いた本が『子の無い人生』です。


◆男性は、「子の有無」が人生を左右しない

—―日本は、女性が「子がなくても幸せだ」と言えば言うほど「そんなわけないだろ」と叩かれる国です。小泉今日子さんは、人生でやり残したことが出産だと発言したから叩かれませんが、子供を産みたくなかったと発言した山口智子さんは叩かれる。

酒井 アラフィフ女性の出産にまつわる発言が、多少白熱していますよね。

—―国の権力者は男性中心なので、少子化が男性に原因にあるとは意地でも認めず、女のせいにして、挫折から逃げている気がします。

酒井 少子化対策においてここまで遅れをとっているということは、彼らは危機感を感じていないからですよね。不景気であるとか、戦争で負けたとか、男子マターの話は挫折として捉えやすいけれど、子供が減っていくことでいずれ日本が滅びるという可能性は、彼らにとって実感できないから後手後手になっている。じゃあ、なぜ子供が減るのかというと、彼らは「女性が産まないからだ」としか捉えない。女性はそもそも、産みたいのはやまやまなのに産めない人がほとんどなのだから、これ以上女に「産め」と言われても、なすすべがない。国はむしろ男性に「子づくりをしましょう」と言わなきゃいけないのに、そこに気づいていないのでは? 

—―男の人生は、子の有無が成功を左右しないからだということも、『子の無い人生』では綴られています。

酒井 産みたくなくて産んでいないのではなく、なんとなく子ナシになった女性が多いという状態は、「付き合っている人がいるのにプロポーズしてくれない」「妊娠したら堕ろせと言われた」「男性に子供が欲しいと言ったら急に腰が引けた」ということの積み重ねであるわけですよね。産みたいと思っている女性が産めないのは男性のせいですよ、と言いたい。

—―周りにもいます。産みたい女と、子がほしくない男が、ずるずると付き合って、最終的に妊娠できない年齢になってしまうカップルが。そうなる前に、男が早めに身を引けばいいのに……とも思うのですが、そこには愛情や感情があるからそうはいかないみたいで。

酒井 少子化対策の一環として、女性が「子供が欲しい」と言うと、日本人の男性のほとんどは引いていくという事実を女性に教えることも必要なのでは。男性に対してどんな手練手管を使えば出産まで持ち込めるのかを教えなければいけない時期にきていると思います。『JJ』などの赤文字系ファッション誌を読んできた人は、先天的にそのテクニックがわかっているのかもしれないけれど、それ以外の素直で馬鹿正直な人たちは、「子供がほしい」とドーンと男性にぶつかって引かれてしまう。男の人たちが「男はそういう生き物だから仕方がない」と変わるつもりがないのであれば、パートナーがいなくても出産ができるように、精子バンクなどを認めるほうが対策としては効果的だと思います。

—―シングルマザーへの公的補助も必要ですよね。

酒井 シングルマザーも、離婚や死別が理由だと周囲の目も優しいですが、未婚の母は「え?」みたいな目で見られますよね。「女のわがまま」で産んだかのような。でもこれからは、未婚でも誰もが産める社会にしたほうがいいと思います。

「子ナシ」と「子アリ」では、人生の価値観は違ってくるものなのでしょうか? さらに核心に突っこむ後編は、6月2日公開予定です。
 

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