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2016.06.22

現代の“悪”を暴く新解釈の鼠小僧(『しゃらくせえ 鼠小僧伝』谷津矢車)

末國 善己

現代の“悪”を暴く新解釈の鼠小僧(『しゃらくせえ 鼠小僧伝』谷津矢車)

『しゃらくせえ 鼠小僧伝』谷津矢車
幻冬舎刊/1600円(税別)

 

 江戸の版元・蔦屋重三郎を、出版規制に抗う男とした『蔦屋』、豊臣秀吉のお伽衆・曽呂利新左衛門に新たな人物像を与えた『曽呂利!』、鉄砲の名手・雑賀孫市が三兄弟だったとする『三人孫市』などの傑作を矢継ぎ早に発表。いま最も注目を集めている谷津矢車の新作は、芥川龍之介、大佛次郎、吉行淳之介、赤川次郎など錚々たる作家も手掛けた鼠小僧次郎吉を、独自の解釈で描いている。

 江戸で鳶をしていた次郎吉は、将来を誓い合うお里に、病弱な母親が作った借金を返済しなければ所帯は持てないといわれ、盗みを働く。しかし、すぐに捕まり、入墨され、江戸所払いになる。

 それから三年。江戸に戻った次郎吉は、お里が、呉服屋ながら借用書を買い取って取り立てる金融業も行っている呉兵衛と婚約していることを知る。仕方なく江戸の町を歩いていた次郎吉は、突然、倒れた職人風の男の治療を始めた医師・七兵衛の手伝いをする。

 七兵衛は金に頓着せず治療する仁医ながら、賭場に出入りする謎の人物。次郎吉は、男を助けた縁で建設現場で働き始めるが、棟梁が事故死。施主の呉兵衛は棟梁を罵り、怒って刃向かった大工は秘かに殺された。復讐を誓う次郎吉に、七兵衛は呉兵衛の家から二千両を奪う計画を持ちかける。実は七兵衛は泥棒だったのである。

 呉兵衛の家に忍び込んだ二人は、千両箱を二つ運び出し、七兵衛は借用書を燃やすため火を放つ。ところが逃走の途中、次郎吉は、貧しい人たちが暮らす河岸に千両箱を落としてしまうのである。

 泥棒でコツコツ金を貯め、お里と居酒屋を始めた次郎吉は、盗みを続けながらも平穏な毎日を送っていた。だが目明しの鈴ヶ森親分にみかじめ料を要求されたため、再び窮地に追い込まれる。

 次郎吉は江戸では花形職業の鳶だったが、お里の家の借金を返すため犯罪に手を染める。しかも江戸へ戻ってみると、仕事を求めて地方から人が押し寄せていて、手に職があっても就職先を見つけるのが難しい状況になっていた。現代でも、生活苦で借金を重ね、仕事も住む場所も失うことは珍しくない。しかも一度転落すると、正社員での再就職は難しく、低賃金で将来が見通せない非正規社員になるしかないケースも多いのだ。危険で不安定な泥棒を続けている次郎吉は、今も増え続けている非正規社員の象徴なのである。

 お里と暮らすささやかな幸福を望んでいただけの次郎吉が、奉行所の手先であることを笠に着て傍若無人に振る舞う鈴ヶ森一家、「金で何でも買える」と嘯く呉兵衛ら、権力と金を持った人間に足蹴にされる展開は本当にせつない。だからこそ、得意の盗みを使って巨大な敵に立ち向かう次郎吉が、痛快に感じられるのである。

 物語の世界の次郎吉は、大名から盗んだ金を貧しい人たちに分け与えた義賊とされる。だが、次郎吉を義賊とした史料はなく、盗んだ金は酒や博打などで浪費したというのが定説になっている。

 著者は、最初の盗みで捕まり所払いになったなど、次郎吉を史実を踏まえて描いているが、最初の大仕事で千両箱を誤って落としたことが、義賊とされる切っ掛けになったとするなど、時に大胆なフィクションを織り込みながらダイナミックな物語を紡いでいる。

 さらに著者は、次郎吉の近くに凄腕の瓦版屋・雀蜂の亀蔵を配すことで、飢饉に苦しみ、働き口もない貧しい人たちが、救いの手を差し伸べてくれない武家の屋敷ばかりを狙う次郎吉を、鼠小僧の二つ名で呼び、悪を懲らしめるヒーローと見なしたことが、義賊伝説を生み出したのではないかとしている。現代でも、政治が格差の解消や非正規雇用の問題に取り組んでいるとは思えないので、次郎吉へ喝采を送る江戸庶民の気持ちがよく分かるように思える。

 作中には、隠居した平戸藩主で、随筆集『甲子夜話』を書いた松浦静山が重要な役で登場する。平戸藩邸は鼠小僧に二度も侵入されたが、静山は『甲子夜話』の中で、鼠小僧を「人を疵つくること無く、一切器物の類を取らず、唯金銀のみを取去る」とした。これは“悪はすれども非道は為さず”という鼠小僧のイメージに影響を与えたともいわれている。著者が、次郎吉の好敵手に静山を選んだのは、鼠小僧を最も早く評価したのが静山だからではないだろうか。

 盗人の次郎吉が、より奸知に長けた悪党と戦う物語は、悪とは何かというテーマを浮かび上がらせていく。作中には、暴力を使って人を従わせる鈴ヶ森親分、金ですべてを解決する呉兵衛、困窮している人を救わない政治の無策など、様々な悪が出てくるので、否応なく悪について考えることになる。だが、本書に描かれるのは、誰もがすぐに分かる悪だけではない。著者は前半から周到に伏線を張り巡らせるミステリーの手法を使って、驚愕の真相と驚くべき悪の形を示している。衝撃のどんでん返しを読むと、悪は見えないところに潜み、身近なところにも存在している現実に恐怖するだろう。

『ポンツーン』2016年6月号より

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