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2016.06.26

見せ球と魔球で翻弄する“本格”恋愛ミステリー(『恋愛採集士』日野草)

吉田 大助

見せ球と魔球で翻弄する“本格”恋愛ミステリー(『恋愛採集士』日野草)

『恋愛採集士』 日野草
幻冬舎刊/1400円(税別)

 

 依頼人から報酬をもらい対象者に最適な悲劇をオーダーメイドする「復讐代行業者」が主人公のビターな連作ミステリー『GIVER ギバー』で、日野草は一躍名を上げた。続編『BABEL バベル』では「敵」の存在が明示され、物語のサイズはひと回りアップ。同書収録「グラスタンク」が第六九回日本推理作家協会賞・短編部門の候補作となるなど注目が高まるなかで、書き下ろしによる待望の新作『恋愛採集士』が届けられた。タイトルからも想像されるとおり、こちらもまた異形の職種をなりわいとする主人公のミステリーだ。だが、味わいはだいぶ違う。苦みの中に、甘みがある。

 第一話「百年桜」は、一行目から謎の気配が立ち籠めている。〈この街の桜は、夏の気配の傍に咲く〉。ここはどこなのか? その答えは、一ページ半進んだ先で明かされる。〈北海道・函館市。/海に囲まれた街は、純也が最後に訪れてから二十回目の春を迎えていた〉。純也はなぜここにいるのか。「最後」の二〇年前に何が起きたのか? そして、彼はなぜ今、親子ほども年の離れた「一九歳の小娘」に手を引かれ、函館の思い出の地巡りをしているのか。不倫旅行にしては、彼はあまりにも嫌そうな態度だ。二〇年前。一九歳。ということは……。裏返されたカードが細かく次々に繰り出され、思いもよらぬかたちで表に引っくり返されていく。すべての手札がオープンになった、と思われたところで、女が現れて言う。

「私は、諦めきれない恋や忘れられない愛の後始末をする仕事をしています。つまりは恋愛専門の便利屋ね」

 恋愛専門の便利屋─恋愛採集士は、対象者の本当の気持ちを探るために、正体を隠して相手に近付く。そこにサプライズが生まれ、ドラマが生まれる。ネタが良くても、腕がなければ良いミステリーにはならない。この作家は、読者の心理状況を熟知し、コントロールする技術を知っている。だが、第一話を書くだけならば、もしかしたら技術だけでできるかもしれない。この人の才能を実感させられるのは、第二話「フォーゲットミーナット・ブルー」だ。

 東京・新宿三丁目にある、レコードプレイヤーとアップライトピアノが置かれた小さな喫茶店で働くアヤの前に、さまざまな客が訪れる。読者は第一話で恋愛採集士の風貌を知らされているから、アヤではないな、と思う。だとしたら誰か、と想像力を発動させる。でも……必ず裏切られる。第一話がなければ、第二話のサプライズがここまで効果的に演出されることはなかったのは間違いない。第一話の印象が伏線となり、読者の推理を傾かせることに成功しているのだ。そうした演出が、その後も連鎖していく。

「見せ球」という言葉をご存じだろうか? 野球用語だ。野球のピッチャーは、バッターからストライクをみっつ取ればアウトにできる。「決め球」で確実にストライクを取るために、その直前にあえてストライクゾーンからは外れたボールを放る。例えば、速球の前に、変化球を。外角いっぱいのストレートの前に、内角攻めを。バッターは「見せ球」の軌道が脳裏に残り、無意識のうちに同じような球が来ることを待ってしまう。その結果、ニュートラルな状態であれば冷静にさばけたかもしれない球を空振り、見逃してしまう。『恋愛採集士』の読者に起きていることは、そういうことだ。前話の印象が「見せ球」となり、ずばっと「決め球」を差し込まれる。日野草という小説家は、一篇=一球だけ取り出してみても戦えるピッチャーだが、「決め球」と「見せ球」の組み立てによって確実に、決定的に、読者に白旗を揚げさせる。

 では、この作家にとって一番の決め球となる球種は? 最終第五話「六花」を読み終えたならば、必ず確信できる。ど真ん中のストレートにあり得ない変化も加わった「魔球」だ。本作は全五本の独立した読み切り短編集でもありながら、実はたったひとつの物語である。急いで付け加えなければならない。本書が何よりも素晴らしいのは、本格ミステリーの快感と同時に、恋愛ドラマの快感も爆発していることだ。対象者の本当の気持ちに触れたところで、恋愛採集士が正体を現し、依頼人の思いを伝える。その過程ではもちろんすべてが明らかになった……そう思われた先にも、ドラマが待ち構えている。この特殊な設定でなければ生まれ得なかった、ある登場人物の言葉を借りれば「未知の感情」が、次々に出現していく。その瞬間、読者は己の内にある感情を点検していくことになる。「恋愛」の一語の意味を、味わい直すこととなる。

 第二回野性時代フロンティア文学賞受賞作『ワナビー』、そして『GIVER』と『BABEL』の印象から、まさか次にこんな球を放ってくるとは思わなかった。『恋愛採集士』は「恋愛とは何か?」という大いなる謎を本気で問う、“本格”恋愛ミステリーだ。

『ポンツーン』2016年6月号より

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