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2016.05.05

『アルパカ探偵、街をゆく』試し読み・第5回

父が幽霊になった、
あの年のクリスマスイブの真実が少しずつ明らかに――

喜多 喜久

父が幽霊になった、<br />あの年のクリスマスイブの真実が少しずつ明らかに――

父の昔のチームメイトだという俊作の誘いで、葵は、父が生前、欠かさず出席していたという“ファン感謝祭”に行くことにした。
お父さんが亡くなったあの日、そこで何をしていたのか?!

 

(第一話「アルパカ探偵、聖夜の幽霊を弔う」つづき)

      5 
十二月二十四日、午後五時前。葵は俊作に指定されたホテル、日本青道館に一人でやってきた。
 日本青道館は、大きさの違う赤茶けた二つの箱を横に並べたような形をしており、背が低い方の壁には、ホテルらしくないその名前が、金属製の箱文字で堂々と掲げられている。
 ロビーに入ると、野球のユニフォームに身を包んだ人々が行き交う姿が目についた。ファン感謝祭の第一部は、ここから徒歩数分のところにある球場で開かれていた。それが終わり、こちらに移動してきたのだろう。
 フロントで用件を告げると、すぐに俊作が葵を迎えにやってきた。
「やあ、わざわざありがとう。じゃあ、さっそく控室に案内するよ」
 俊作と共にエレベーターに乗り込み、五階に上がる。
「豊永さんは、今もファルコンズでプレーされているんですか?」
 エレベーターを降りたところで、葵は俊作に尋ねた。
「いや、僕は今は二軍の投手コーチをやってる。肩を故障してしまってね。ずいぶん前に引退したんだ。葵ちゃんは、野球は見ないのかな」
「……すみません」と葵は頭を下げた。
「いや、いいんだ。若い女の子で熱心なファンは少ないしね。親御さんの影響でファンになったりする子はいるけど……あ、いや、ごめん」
 咳払いをして、俊作は気まずそうに目を逸らした。
「父が存命だったとしても……」口から、自然に言葉がこぼれていた。「私はたぶん、野球を好きになっていなかったと思います」
「……それは、どうして?」
「父は、すべてを野球に懸けていました。家にいる時もトレーニングばかりでしたし、食事も特別なものを食べていたことを覚えています。あれほどまでに何もかもを犠牲にしなければならないと知ってしまうと、無邪気に試合を見ることは、とても……。だから、私は結局父の応援に行かなかったんです。それに、父もそれを望んでいなかったようです。一度だけ、文江さんが観戦を申し出てくれたことがあったんですが、気が散るから来なくていいと」
「照れ隠しだったのかもね」廊下を歩きながら、俊作は鼻の頭を{掻∥か}いた。「……家族を顧みなかったお父さんを、恨んでるかい?」
「……そんなことはないです。家族のために頑張っていたんだと、そう信じていますから」
「信じている、か。……貞光さんは口下手だったし、愛情表現も苦手だったんだろうね。でも、きっと葵ちゃんのことを、一番大切に考えていたと思うよ。きっとね」俊作は笑顔を浮かべて、会議室と書かれたドアを開けた。「さ、どうぞ」
 部屋に入ると、中で談笑していた数人の男性が、一斉に葵に目を向けた。
 顎ひげを生やした、二メートルはあろうかという中年の男が立ち上がり、葵の目の前に立った。見下ろされると、自然と体がすくんだ。
「あの……」
「目元とか、面影あるなあ」
 男はのんびりした口調で言い、山川と名乗った。元外野手で、今は野球解説者としてテレビやラジオに出ているのだという。
「健也さんは俺の一つ上でね。入団した時からずっとお世話になってきたし、見習うことが本当に多かったよ。俺が四十歳近くまでプレーできたのは、健也さんという、最高のお手本が近くにいたおかげだと思ってる」
 山川はそう語り、目尻に浮かんだ涙を太い指で拭った。
 山川に続き、部屋にいた男たちが次々に葵に話し掛けてきた。みな、健也から大いに影響を受けたのだと語り、まるで神仏に感謝をするように、口々に葵に「ありがとう」を投げ掛けた。
 大の大人に繰り返し頭を下げられ、葵は困惑からうまく返事ができずにいたが、彼らの表情から、それがおべんちゃらではない、心からの言葉であることが窺い知れた。
 周囲から頼られ、手本として注目されたために、ますます健也は野球にのめり込んだのか、それとも、他人からどう思われようが、ただひたすら我が道を行こうとしていたのか、それは分からない。だが、父親の生き方が、多くの人間に愛されていたのは間違いないようだ。そう思うと、心がじんわりと温かくなった。
 葵への挨拶が一段落すると、「昔の写真を持ってきたよ」と山川が古ぼけたアルバムを葵に差し出した。アルバムを開いてぱらぱらとめくってみる。どうやらそれらは、ファルコンズのファン感謝祭を撮影した写真らしかった。
 その中の一枚に、サンタクロースの格好をした健也の姿を見つけ、葵は「これは?」と山川に尋ねた。
「ああ、これ。懐かしいなあ。健也さん、ファン感謝祭ではいつも、サンタクロース役を務めてたんだよなあ」
「サンタクロース?」
「そう。イベントに来てくれた客席の子供たちにプレゼントを投げるんだ。健也さんは強肩だったから、間違いなく遠くの席まで届くってことで、自ら立候補したんだよ」
「そうだったんですか……」
「家ではこういう格好はしなかったの? クリスマスに」
 一度もありませんでした、と葵は首を振った。
「ああ、そうか」と山川が手を打った。「健也さんは毎年、二十四日のイベントのあとはスポンサーのお偉いさんと飲みに行って、そのまま朝帰りってパターンだったからなあ。健也さんはほら、球団の顔だったから、断るわけにはいかなくてね。仕方なかったんだよ。あんまり健也さんを恨まないであげてくれよ。健也さんも気にしてたみたいだから」
「そうなんですか?」
「うん。……最後のファン感謝祭で会った時に、健也さん言ってたよ。『自分の子供にプレゼントを渡すのは難しいな』ってさ。たぶん、あの人なりに、君に何かを贈ろうとしていたんじゃないかなあ」
 山川が語った健也の意外な一面に、葵はやるせなさを感じた。
 健也が関西の球団に移籍していたら、イベントへの参加義務が消え、翌年からはクリスマスを共に過ごすことができたかもしれない。だが、移籍が決まったからこそ、結果的に健也は事故に遭ってしまった。皮肉な話だった。
 きっと自分は、「サンタクロースがプレゼントを届けてくれる」という幻想を父親と共有できない運命にあったのだろう。葵はそう結論づけることで、自分を強引に納得させた。

 

つづきは、次回! いよいよアルパカ探偵が登場――!?

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