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2016.05.03

『アルパカ探偵、街をゆく』 試し読み・第4回

「私の知ってることは、
すべて包み隠さずお話しましょう」

喜多 喜久

「私の知ってることは、<br />すべて包み隠さずお話しましょう」

父の幽霊の真相を知りたい葵と、友人の雛子は、当時の家政婦・文江さんに合いに行くことにした。
文江の自宅へ行くと、俊作と名乗る息子が現れる。そして「僕は昔、お父さんと同じチームにいたんだ」と打ち明けられる。
文江さんは、俊作は、いったい何を知っているのだろうか――。

 

(第一話「アルパカ探偵、聖夜の幽霊を弔う」つづき)

      4
 二日後の日曜日。休日を利用して、葵は雛子と共に、井の頭線の三鷹台駅に降り立った。
 豊永文江は今も、家政婦として貞光家に通っていた当時と同じ家に住んでいるという。健也が生きていた頃、何度か文江の家を訪れたことがあったはずだが、駅の周りの景色に見覚えはなかった。
 葵は事前に印刷してきた地図を見ながら、駅から続く長い坂道を登っていく。
「ねえ、葵ちゃん」坂を上がりきったところで、雛子が話し掛けてきた。「今年のクリスマスイブは、どんな風に過ごすつもり?」
「特に予定はありません。冬休みの宿題をしながら、家でのんびりします」
「そうなんだ。じゃあ、ウチに遊びに来ない? 二十四日の夜、近所に住んでる親戚が来て、ちょっとしたパーティをやるんだけど」
「お誘いいただきありがとうございます。少し、考えさせてもらえますか。父や母に聞いてみないと」
「真面目だなあ、葵ちゃんは。でも、そういうところ、とってもスキ!」
「ありがとうございます」
 そんな話をしながら、葵たちは商店街を抜けた。地図を確認し、橋を渡ったところで玉川上水沿いの歩道に入る。
 寒風に吹かれて揺れるサクラの枝を見上げながら進んでいく。変哲もない道端の植え込みや、まっすぐ続くブロック塀に、葵は懐かしさを感じていた。少し、昔のことを思い出し始めている。自分はいつか、この道を通ったのだ。今は亡き、父親と共に。
 歩を進めるうちに、徐々に足が重くなっていく。楽しげに喋っていた雛子が、遅れ始めた葵を見て、「どうしたの?」と声を掛けた。
「あ、ごめんなさい……」
 葵は我に返り、早足で雛子に追いついた。
「もしかして、家政婦さんに会いたくないの?」
 出し抜けに投げ掛けられた問いに、葵はとっさに返事ができなかった。
「すごく怖い人だった?」
「……理不尽な怒り方をされたことはありません。でも、文江さんは規律に厳しい人でした。食事や挨拶、公共の場での立ち居振る舞い……私が間違いを犯すと、すかさずそれを直してくれました。そういう風にしつけるように、父から頼まれていたのだと思います」
「あー、それは確かに苦手意識が根付いちゃうかも」雛子は苦笑し、葵の手を優しく握った。「大丈夫。もう葵ちゃんは立派なレディだよ」
「……ありがとうございます」
 その温もりに勇気づけられ、葵は再び歩き出した。
 しばらく進むと、生垣に囲まれた、二階建ての洋館が見えてきた。外観は、記憶の中のそれとほとんど変わっていない。違うのは、手を引いている相手が健也ではなく、雛子だということだ。
 そのことに不思議な感慨を覚えながら、葵は門柱のチャイムを鳴らした。すぐに玄関ドアが開き、四十代くらいの大柄な男性が姿を見せた。
「やあ、いらっしゃい。中で母が待ってるよ」
 男は朗らかに葵たちを出迎え、文江の息子の俊作と名乗った。近くに住んでおり、時々母親の様子を見に来るのだという。
 家の中に通され、靴を脱いで廊下に上がったところで、「ちらっと母に聞いたんだけど、君、貞光選手の娘さんなんだって?」と俊作が話し掛けてきた。
 はい、と葵が頷くと、俊作は「そうかあ」と感慨深げに呟いた。
「父のことをご存じなんですか?」
「ご存じも何も、僕は昔、お父さんと同じチームにいたんだ」と俊作が胸を張る。「まあ、貞光さんは不動のレフトで、僕は一軍と二軍を行ったり来たりしてた、地味な中継ぎピッチャーだったけど」
「そうだったんですか」
「かなりお世話になっていたんだ、貞光さんには。恩返しじゃないけど、うちの母を家政婦として紹介したのは僕なんだよ。男手ひとつじゃ、何かと大変だろうから」
「はい。文江さんがいてくれたおかげで、とても助かりました」
「ウチの母は腕利きの家政婦で鳴らしてたからね。でも、大変だったんじゃない? 堅物で有名だったから。しつけが厳しすぎるって、子供の親からクレームがついたこともたくさんあったし」
「確かに、いろいろな面で、他のご家庭より制限は多かったかもしれません。でも、そのおかげで今の私があると思っています。とても感謝しています」
「そうか。それならいいんだ、うん」
 嬉しそうに頷き、俊作は客間に葵たちを案内した。
「母さん。可愛いお客さんが来たよ」
 八帖ほどの洋間の中央、藤色のソファーに掛けていた女性が、ゆっくりと腰を上げた。
「……ずいぶん大きくなりましたね」
「ご無沙汰しています」と葵は会釈をした。
 もう七十歳近いはずだが、文江から受ける印象は、以前とまったく変わっていなかった。さすがに多少しわや白髪が増えたが、背筋はぴんと伸びており、どんな些細な粗相も見逃さない、あの鋭い眼光は依然として健在だった。
 葵は所作に充分な注意を払いながら、文江の向かいに雛子と並んで腰を下ろした。
「じゃあ、僕は席を外すよ。ごゆっくり」
 そう言い残し、俊作が客間を出て行った。ドアが閉まるのを見届けて、「初めまして!」と雛子が元気よく言った。「鴨島雛子といいます。葵さんとは、親しくお付き合いさせてもらってます」
「ご丁寧にありがとうございます。豊永文江と申します。あなたのような、快活そうなお嬢さんがお友達でいてくれたら、きっと葵さんも学校生活が楽しくなると思います」
 文江は淡々と雛子に礼を述べた。感情の起伏を表に出さないのも、家族以外には常に丁寧語というポリシーも昔と同じだった。
「恐縮です」と雛子ははにかんで、「実は、今日はぜひお伺いしたいことがあるんです」とすぐに本題を切り出した。
「なんでしょうか」
「あの、実は――」
 葵は雛子に背中を押されるように、九年前のクリスマスイブに健也の幽霊を目撃した体験を、文江に説明した。
「あの年のこと……」
 文江は長いため息を漏らし、膝の上で組み合わせた手に目を落とした。
「辛い過去を掘り返すみたいになってすみません」と雛子が頭を下げた。
「いえ、それは構いません。……葵さんは、どうなのですか」文江が葵に目を向けた。「昔のことを、知りたいと思っているのですか」
「……気にならないと言えば、嘘になります」
 葵は文江に対する畏怖を振り払えないまま、そう答えた。
「そう。それなら、私の知っていることはすべて、包み隠さずにお話ししましょう。何を知りたいのですか」
「あたしから質問させてください」と雛子がすかさず言った。「葵ちゃんがお父さんから受け取ったテディベアは、本当に存在していたんですか」
「ええ、もちろんです」と文江は即答した。
「じゃあ、それを葵ちゃんが――」
 質問しようとした雛子を遮って、「葵さん。あのテディベアを、今でも大切にしていますか」と文江が尋ねた。
「……すみません。中学生になるまで部屋に飾っていたんですが、今はもう……。私の部屋でボヤ騒ぎがあったんです。ストーブを倒してしまって……幸い、大ごとにはならなかったのですが、テディベアが焼けてしまって。もう、どうしようもなくて」
「……そうですか」と文江は嘆息した。
「あの、質問の続き、いいですか」雛子が遠慮がちに切り出した。「そのテディベアを葵ちゃんが受け取ったのは、いつのことだったんですか?」
「十二月、二十三日の夜です」
「えっ?」と葵は驚きの声を上げた。「それは、事故の前の晩ということですか」
「そうです。私が葵さんに直接渡しました。健也さんの知人から、『娘さんにあげてほしい』といただいたものです」
 それは決定的な証言だった。
 ――やっぱり、あれは……自分の勘違いだったんだ。
 黙ってうつむく葵の肩に、雛子がそっと手を置いた。
「よかったね、謎が解けて。ちょっと締まらない感じだけど、まあ、仕方ないよ。事故のショックがそれだけ大きかったんだよ」
「……そう、ですね」
「そういえば」と雛子が手を打った。「葵ちゃんのお父さんは、どうして東京駅に向かっていたんですか?」
「その日、健也さんはファルコンズの催しに参加していました。それが終わってから、新幹線で大阪に向かう予定になっていたからです」
「大阪に?」と雛子が首を捻った。
「ええ。トレードと言って、選手同士の交換で、健也さんは大阪の球団への移籍が決まっていました。その入団手続きのためです。ただ、正式発表前だったため、公にはなっていませんが」
「知ってた、葵ちゃん?」と雛子に尋ねられ、葵は首を横に振った。完全に初耳だった。養父母たちもその話はしていなかったので、ごく一部の人間しか知らなかったことなのだろう。
「でも、なんでわざわざクリスマスにそんな場を設定したんですかね」と雛子は憤慨したように言った。「手続きなんていつでもできるのに」
「日程を先延ばしにしたのは、健也さんの方だったと聞いています。ファルコンズ一筋の人でしたから、公になる前に、ファルコンズの選手としてファンと向き合いたかったのでしょう。イベントの翌日――十二月二十五日に会う約束をしたのは、わがままを聞いてくれた移籍先の球団への誠意だったに違いありません」
 その誠実さが、結果的には最悪の事態に繋がってしまいました、と文江は眉根を寄せながら付け加えた。
 健也がファンをとても大切にしていたこと、そして、社会人として誠意を尽くそうとしていたこと。それらはどちらも、初めて知る事実だった。
 健也は一流の選手だったと聞いている。やろうと思えば、もっとわがままに振る舞うこともできたかもしれない。だが、健也はそうしなかった。まっすぐで、どこまでも野球を愛していたからこそ、最後まで真摯に生きようとしたのだろう。
 仕方なかったのだ、と葵は自分に言い聞かせた。それだけ野球が大切だったなら、家族を――娘をないがしろにしたのも当然だ。きっと健也は、二つのことを同時にこなせるほど器用な人間ではなかったのだ。
 そして、葵は気づく。
 自分が、健也の愛情を求め続けていたことに。
 野球漬けの生活を送っていたが、天国に行く前にプレゼントを渡しに来てくれたのだから、健也は心のどこかでは自分のことを一番大切に思っていてくれたはずだ――そう信じ込むことで、父親に顧みられなかった幼い自分を慰めようとしていたのだ。
 クリスマスの幽霊の謎を積極的に解こうとしなかったのは、父親との繋がりを否定するのが怖かったからだ。頭のどこかでは、ずっと前から気づいていた。あの夜に出会った健也が、ただの幻にすぎないことに――。
 喉の奥が熱を帯びる。込み上げてきた感情があふれ、葵の頬を一筋の涙が流れた。
「葵ちゃん……これ」
 葵は雛子が差し出したハンカチを受け取り、幼い自分が求めていた幻想と決別するように、濡れた頬を強く拭った。

 文江に挨拶をし、客間を出て玄関に向かおうとした時、「ちょっといいかな」と俊作に呼び止められた。
「ファルコンズのファン感謝祭、今年もクリスマスイブにやるんだ。もしよかったら来ないかい?」
 興味を惹かれたのか、「それって、どんなことをするんですか」と雛子が葵より先に質問をした。
「イベントは二部構成なんだ。昼間は球場を開放して、野球教室やホームラン競争、それと紅白戦をやるよ。夕方からはホテルに場所を移して、食事をしながら選手やOBのトークショーを楽しんでもらって、そのあと、クイズ大会、チャリティーオークション、サイン会で締め、って感じかな。結構人気のイベントでね、毎年たくさんのファンが来てくれるよ」
「へえ、面白そうですね」
「それで、葵ちゃんには、第二部が始まる前に、ホテルの方に顔を出してもらいたいと思ってるんだ。貞光さんの娘さんがこんなに大きくなったんだって、ぜひチームのみんなに紹介したくてね。そのあと、時間があればイベントの方にも出席してもらってさ。どうかな?」
「いいじゃない!」葵が返事をする前に、雛子が笑顔で言った。「お父さんのこと、いろいろ分かったし、調査の締めくくりじゃないけど、せっかくだから参加してみたら? 学校は明日が終業式だし、特に問題ないでしょ?」
「でも、鴨島さんに誘ってもらったパーティが……」
「大丈夫。ウチのパーティは毎年やってるから。それに、葵ちゃんが望むなら、また別のパーティを開いちゃうし! 全然問題ないよ!」
「そうですか。それなら……」
 健也が毎年欠かさず参加していたイベント。それがどういうものなのか、自分の目で確かめたい気持ちはあった。知らない人ばかりの中に飛び込むのは不安だったが、それでも葵はファルコンズのファン感謝祭への参加を承諾した。
 

つづきは、次回に!

 

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