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2016.04.29

『アルパカ探偵、街をゆく』試し読み・第2回

あの日見たお父さんは幽霊だ。
だって、亡くなった後なんだから。

喜多 喜久

あの日見たお父さんは幽霊だ。<br />だって、亡くなった後なんだから。

女子高生の葵は、「クリスマスイブの日、私は幽霊を見たのかもしれません」と、親友の鴨島雛子に打ち明けた。
いったいそれはどういうこと?
葵の過去にいったい何が会ったのか――!?

 

(第一話「アルパカ探偵、聖夜の幽霊を弔う」つづき)

 葵の父、貞光健也は、プロ野球選手だった。高校卒業後に東京ファルコンズというチームに入団し、ファルコンズ一筋でプレーしていたと聞いている。葵は野球のことをよく知らなかったが、健也は外野のレギュラーとして、連続試合出場記録を作るくらい活躍していたようだった。
 健也は選手としては一流だったのかもしれないが、父親としては極めて淡白な人間であった。そもそも無口で、葵が話し掛けてもめったに返事をしなかったし、家でもストイックにトレーニングに励んでばかりいて、葵とどこかに遊びに行くということもなかった。毎年、年末には葵を含め、数人の親族を連れてハワイを訪れていたが、旅先でも健也は野球の練習を止めようとしなかった。休養ではなく、温暖な地での自主トレーニングこそが旅行の目的だったのだろう。
 健也は、誰かの誕生日祝いや、節分の豆まき、ひな祭りや七夕などの、普通の家庭でやるようなイベントをことごとく無視していた。クリスマスも例外ではなく、他の大人たちと違い、健也だけは葵にサンタクロースを信じさせようともしなかったし、寝ている間に枕元にプレゼントを置くこともなかった。
 ただ、その年の――九年前のクリスマスだけは違っていた。
 深夜、いつものように自室で一人で眠っていた葵は、ふと物音を聞いて目を覚ました。ベッドから体を起こした葵が見たのは、テディベアを持って枕元に佇む健也の姿だった。
 どうしたのかと尋ねると、健也は気まずそうに視線を逸らした。
「……今夜はクリスマスだろう。さっきサンタクロースが来て、これを葵に渡せって」
 ぼそぼそとそう言い、葵にテディベアを押し付けると、健也は逃げるように部屋を出て行ってしまったのだった。

「――ということがあったんです」
「ふーむ?」と雛子は首をかしげた。「お父さんが野球バカだったってことは分かったよ。でも、今の話のどこに幽霊の要素があったの?」
「……父が私の部屋にやってきたのは、日付が十二月二十五日に変わってすぐ――クリスマスイブの深夜のことでした。ただ、それはありえないことなんです。……なぜなら、父はその年の十二月二十四日に、事故で命を落としているんです」
「ちょ、急転開!」背もたれに体を預けていた雛子が、がばっと机に身を乗り出した。「葵ちゃんのお父さん、亡くなってたの?」
「ええ。そうなんです。タクシーに乗っていて、交差点で信号無視のトラックと衝突して、命を落としたと聞いています」
 ごくり、と雛子が唾を飲み込む音が聞こえた。
「じゃ、じゃあ、テディベアを届けに来たのは……」
「はい。父の幽霊だったのかもしれません」
「確かに不思議な出来事だけどさあ……」雛子は眉をひそめた。「お父さんが亡くなってるって聞いちゃうと、さすがに盛り上がりにくいよ……」
「気を遣ってくれてありがとうございます。でも、九年も前のことですし、今は現実として受け入れていますから」
「噓とか強がりじゃない? 涙をこらえてない?」
「大丈夫です。……あの、今の話、どう思われましたか?」
「不謹慎な言い方かもしれないけど、面白かったよ、すごく。怪談っていうより、おとぎ話みたいな感じがした。怖くはなかった、全然」
「いえ、そういう意味ではなくて」と葵はため息をついた。「どうして記憶と事実が矛盾しているのか、自分でも不思議で……」
「ほう。その口調からすると、葵ちゃんは幽霊をガチで信じてるわけじゃなさそうだね。むしろ、疑ってかかってる。でも、それを否定できずにいる」
「ええ……」と葵は頷いた。
「よし! じゃあ、葵ちゃんを悩ませてるその矛盾、このあたしが解消してあげようじゃないの! 今の話で気になったところ、ガンガン訊いちゃうよ?」
「はい。お願いします」
「じゃ、まずは時間帯のことなんだけど。お父さんが亡くなったのは、葵ちゃんの部屋に来たあとだった、ってことはない?」
「……あくまで私の記憶ですが、テディベアを受け取ったあと、しばらく眠れなくて、部屋の時計を何度か見ました。正確には分かりませんが、父が来たのは午前一時とか、それくらいの時間帯だったと思います。一方、父が事故に遭ったのは午後九時過ぎでした。私は家にいて、家政婦さんと病院に行ったことを覚えていますから、順番が入れ替わっているということはありえないと思います」
「うーん、そっか。ていうか、家政婦さんなんていたんだ、葵ちゃん家」
「はい。豊永文江さん、という方です。母は私が三歳の時に病気で亡くなっており、父は試合や遠征で家を空けることが多かったので、住み込みで家事全般を手伝ってもらっていたんです」
 葵の答えを聞いて、雛子は絶句した。
「……波瀾万丈すぎるよ、葵ちゃんの人生。お父さんと名字が違うのは、もしかして」
「ええ。父が亡くなったあと、母の姉夫婦が私を養子として引き取ってくれたんです。中萩という名字は、そちらのものです」
「やっぱ、そういうことか。……はーあ、あたし、また湿っぽいモードに突入しそう」
「あまりに幼かったので、ほとんど母のことは覚えていないんです。だから、気にせず話を進めてもらって大丈夫です」
「分かった。もうつべこべ言わない! 検証再開だよ!」と言って、雛子は腕を組んだ。「時間の勘違いじゃないとしたら、日付はどうかな」
「それも間違いはないかと。『最高のクリスマス』というテレビ番組をご存じですか? 父からプレゼントをもらう前に、その番組を見た記憶があるんです」
「知ってる知ってる。いろんな俳優さんが視聴者にプレゼントを届けるアレね。毎年クリスマスイブにやってるよね」
「はい。その年に初めて見て、それからなんとなく、ずっとチェックしています」
「なんか見ちゃうよねー。ヤラセっぽいシーンが多くて、胡散臭い感じはあるんだけど、見るとなんだかんだで感動するんだよね。ウチの家族もみんな好きでさ、毎年欠かさず録画してて……って、それはどうでもよくって。とにかく、あの番組は、二十四日の夜七時スタートで、それはずっと変わってないよね。つまり、プレゼントをもらったのは二十四日の深夜、厳密に言うなら二十五日になった直後くらいで間違いない、と」
「私の記憶によれば、そうなります」と葵は頷いた。
「お父さんは、その番組を一緒に見てた?」
「いえ、リビングにはいませんでした。ずっと自宅のガレージにいたんじゃないかと思います。父は毎日、何時間もトレーニングをしていましたから」
「そっか。じゃあ、次の可能性。時間、日にちと来たら、次は年度だよね。前後の年とごっちゃになってるってことはない?」
「その年、私はインフルエンザで何日も寝込んでいて、二学期の終業式に出られなかったんです。他の年はそんなことはなかったので、記憶違いでなければ年度も合っていると思います。体調が回復した翌日に、プレゼントをもらったことを覚えていますし」
「へー、記憶力いいんだね、葵ちゃん」
「自分でも不思議なのですが、あの出来事が起こるまでの記憶は鮮明に残っているんです。逆に、事故後のことはほとんど覚えてないんですが……」
「記憶のメカニズムは複雑なんだろうねえ」しみじみとそう呟き、雛子は机に体を乗り出した。「ねえ、葵ちゃん。葵ちゃんって、お父さんのこと、好きだった?」
 唐突な質問に、葵は少し考えてから、「……よく覚えていませんが、苦手だった気がします」と正直に答えた。
「あんまりいい思い出はない感じ?」
「そう、ですね。父は野球のことしか考えていなかったようですし」
「でも、プレゼントを届けてくれたかもしれないんでしょ?」と雛子は笑顔で言った。「ねえ、葵ちゃん。その年のクリスマスイブのこと、一緒に調べてみない?」
「え? でも、これは私の個人的な問題ですから……」
「あー、残念でした。あたしに喋っちゃった以上、もうこれはあたしたちの問題になっちゃったの。反論はナシだよ!」雛子は体を左右に揺らしながらそう言い、「ね、だから頑張ろ?」と小首をかしげてみせた。
「鴨島さんが興味があるというなら、ぜひお願いしたいと思いますが……」
「交渉成立だね! やった、これであたしたちの絆がぐーんと深まるよ!」
 自分一人で悩んでいても、おそらく永遠に矛盾は解消されないだろう。彼女の介入が真相究明のきっかけになるのでは――楽しげに食事を再開した雛子を見つめながら、葵はそう思うのだった。

 

次回に続きます!

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