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2016.04.27

鎌倉の文具店から届く読者への素敵なギフト(『ツバキ文具店』小川糸)

吉田 伸子

鎌倉の文具店から届く読者への素敵なギフト(『ツバキ文具店』小川糸)

『ツバキ文具店』小川糸
幻冬舎刊/1400円(税別)


 本を読んだあとで、その本に描かれていることを実際にやってみたくなることを、私は“本からのギフト”と名付けている。物語を読むことは楽しいし、それだけでも十分に素敵なことなのだけれど、そこからさらに、読み手にアクションを起こさせる何か。それ(実際に行動を起こすこと)が目的ではないのに、それでも読み手が止むに止まれずそういう気持ちになってしまうこと。それが“ギフト”で、それを与えてくれる本は、間違いなくいい物語である、というのが私の持論である。

 本書はまさにそのギフトを与えてくれる一冊だ。読み終えると、無性に手紙が書きたくなる。手紙じゃなくてもハガキでもいい。とにかく、PCや携帯のメールではなく、自分の肉筆で、自分の言葉を誰かに伝えたくなるのだ。それは、「お元気ですか」とか、「桜が咲きました」とか、一言でもいい。相手のことに想いを馳せ、そっと自分の心を寄り添わせてみる、それだけでいい。そういう気持ちになるのだ。

 本書の主人公は鎌倉の一軒家に住む、雨宮鳩子。鶴岡八幡宮の鳩に由来したその名前から、物心がつく頃にはみんなから「ポッポちゃん」と呼ばれるようになっていて、今もそう呼ばれている。鳩子と名付けたのは、先代の祖母だ。雨宮家の家業は「代書屋」─古くは右筆と呼ばれていた職業である─で、先代が十代目で、鳩子は十一代目である。「ツバキ文具店」という看板を掲げ、表向きは町の文具屋なのだが、本筋はあくまでも「代書屋」だ。もちろん、このご時世、仕事のメインは「祝儀袋に名前を書いたり、記念日に彫る文章を書いたり、命名書や看板、社訓や為書きの類の文字を書く」のが主な業務内容である。「とにかく、書く仕事であれば何でもこなした。早い話、文字に関するヨロズ屋というわけである。」

 物語は、鎌倉の四季を背景に、夏から春へと季節をひとめぐりする間、鳩子に持ちかけられる代書の仕事を真ん中にしたドラマが綴られていく。鳩子が「ツバキ文具店」を継いだのは、半年ほど前のことだ。三年前に先代が亡くなったあと、大まかな残務処理をしてくれたのはスシ子おばさんだったのだが、そのスシ子おばさんも亡くなり、鳩子は鎌倉に帰ってきたのだ。

 代書屋としての鳩子の初仕事は、幼い頃からの知り合いである「魚福の奥さん」から頼まれた暑中見舞いだ。魚福の暑中見舞いは、もう何十年と「ツバキ文具店」が請け負ってきたもので、裏は魚の形のハンコを使って意匠を完成させるので、単純な作業だが、表はそうはいかない。「表書きは手紙の顔だと、先代は事あるごとに言っていた」ため、鳩子にもそれが身についている。相手の名前がハガキの中央に来るように「一枚ずつ微妙に書く位置を調整しながら」住所を書いていくのである。

 この、魚福の奥さんからの依頼を皮切りに、鳩子に持ち込まれる代書の仕事の詳細が描かれているのだが、それが抜群にいい。ともに暮らしていた権之助という猿(!)が亡くなった夫婦への、お悔やみ状。お世話になった方々に、離婚を報告する手紙。幼馴染であり、かつては結婚の約束までしていた相手に、一言だけ元気でいると伝える手紙。その粋な出で立ちから、界隈では「男爵」という呼び名で通っている男性から頼まれたのは、金を無心した相手への拒否状だ(これが抜群!)。長年付き合ってきた女友達への絶縁状、というのもまた秀逸。

 鳩子が書いた代書は、そのまま本書に載っているので(書体も体裁も一つ一つ違うのが、また味がある)、そちらを実際に読まれたい。手紙の内容だけではなく、用いる筆記具から便箋、封筒、切手、インクに至るまで、細部にこだわってオーダーメイドで仕上げられるその代書の数々の素晴らしい事。加えて、本書に出てくる、鳩子を取り巻く人々のキャラ─お隣に住むバーバラ夫人を始め、件の男爵、小学校の教諭で、あることをきっかけに鳩子と親しくなる帆子、鳩子の文通相手である五歳のQPちゃん、等々─が、それぞれにみんないい味を出しているのも、たまらない。柔らかな物語の中で、彼らが生き生きと動いていることが、絶妙な塩梅のスパイスとなって、物語を引き締めているのだ。

 鳩子は何故、祖母に育てられたのか。鳩子の母はどうしたのか、は物語の終盤で明かされるのだが、こと文字を書く事に関しては厳しすぎるほど厳しかった先代の、母としての、そして祖母としての苦悩が明らかになるくだりでは、胸が熱くなる。

 忘れてならないのは、鎌倉という町そのものの魅力だ。本書を読むと、猛烈に鎌倉に住みたくなってしまうのだ。それが叶わぬ身としては、ぜひ続編を、と願うばかりである。

『ポンツーン』2016年5月号より

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