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男という名の絶望

2016.04.19 公開 ツイート

あなたにも訪れるかもしれない「男」としての危機。 奥田祥子

 会社ではリストラに脅え、家庭では「夫」として妻との関係に疲弊し、「父」としての居場所を失う。そして、「息子」として母親の呪縛にも苦しめられる……。「仕事」という大事なファクターにヒビが入った時、男の人生は瞬く間に崩壊の道へと向かってしまう──。男であるがゆえの苦しみ、『男であること』とはいったいなんなのだろうか?

 今回、幻冬舎新書『男という名の絶望 病としての夫・父・息子』(奥田祥子・著)では、そんな市井の男たちの実情を最新ルポとして明らかにしています。

 その衝撃の内容を本書から一部を抜粋して紹介いたします。

*  *  *

《事例1》
「リストラ代行ビジネス」を知ってますか? それは、あなたの会社でも……

■「研修」先で退職願を

「来月から人材教育会社に行ってもらうから。二ヵ月、研修を受けてきてくれ」──。

 不意に部長から談話室に呼び出され、そう告げられた遠山茂さん(仮名、四十六歳)は思わず、耳を疑った。関連会社で退職勧奨(かんしよう)を受けた社員を対象に、人材コンサルタントが会社に来てキャリア相談を行っている、という噂は聞いたことがあったが、「人材」と名の付く業種の会社へ出向いて行くなど寝耳に水だった。これはリストラなのか、それとも本当に「研修」なのか。電機メーカーの総務部門の課長職に就いてから三年間、揚げ足を取られるような失敗はない。人事考課でも五段階評価で「S」に次ぐ、上から二番目の「A」を維持してきた。もしリストラだとしたら、どうして自分が──。だが、業務命令には従うほかない。遠山さんは、口の先まで出かかった言葉を飲み込んだ。

 赴(おもむ)いたのは、会社の公式ウェブサイトによると、人材派遣から社員教育・研修、再就職支援までを展開する企業だった。最初の一週間は、様々な種類のキャリアに関する「適性診断テスト」を受けさせられる。その結果、総務部門が長く、営業や企画、販売の経験に乏しい遠山さんには、「他の会社で、これまで培ってきた実績やノウハウを生かしたほうが良い」という「診断」結果が言い渡された。そして、衝撃も覚めやらぬまま、今、退職願を提出すれば、すぐにこの会社が行う再就職支援サービスを受けられると、その場で勧められる。つまり、「研修」先の実態は“リストラ請負会社”だったのだ。再就職支援サービスの利用可能期間はわずか一ヵ月。料金は在籍する会社が支払うものの、そんな短期間で転職先が見つかるとは到底考えられなかった。

「会社の巧妙なリストラ方法に、ただ啞然(あぜん)としました。正当に解雇するには、経済的理由も、私との話し合いも、何もなく、要件を全く満たしていませんから……。でも、不思議と怒りという感情は起こりませんでした。ただ、残酷な現実を俯瞰して眺めているもう一人の自分がおりまして、冷ややかに笑っているのです……」

 白のワイシャツ、黒のスーツ姿に青色のネクタイ。ビジネスバッグを持って取材場所のJR横浜駅近くのホテルのロビーに現れた遠山さんは、どこから見ても普通のサラリーマンだった。自主退職に追い込まれてからのこの半年余り無職で、いまだ求職活動への意欲も湧(わ)かない男性とは、喫茶スペースで談笑する周りの誰しもが想像すらできなかっただろう。

 

■“リストラ代行ビジネス”の横行

 近年、解雇の専門ノウハウを持つ人材コンサルティング会社と契約し、リストラを代行させる企業は増えている。リストラ対象の社員に業務命令として、この時点で「退職」については一切触れずに、社内で人材コンサルタントのキャリア相談を受けさせる、さらには遠山さんのケースのように、「研修」名目で人材コンサル会社に赴かせる……。以前のような「追い出し部屋」に隔離して仕事を与えずに転職先を探させたり、密室に何度も呼び出して数人で取り囲んで執拗に退職を迫ったりする、直接的な方法ではなく、企業自らが手を汚さずに社員を辞職へと導く、その手法はますます巧妙化している。

 企業がそこまで謀(はかりごと)を巡らすのは、裁判沙汰になった際に違法な退職強要に問われないようにするためだ。労働契約法で認められている業績不振など経済的理由による解雇(整理解雇)の要件を満たさないケースで社員を解雇したい場合、労使関係にない外部の人材専門会社が現在の会社での職務の継続は不適性である、といった判断を下す。すなわち、専門家からリストラの“お墨付き”を得ることで、うまくいけば対象社員が自分から辞職を申し出るように仕向けることができる。少なくとも、法には抵触しない退職勧奨による本人同意のもとでの自主退職で、事が成し遂げられるという思惑がある。

*  *  *

 突然に研修を言い渡され、戸惑うばかりの遠山さんだったが、さらに巧妙に仕組まれた罠が待ちかまえていた。彼はその後、どのような顛末を迎えたのか……。

 次回、《事例2》「妻の不貞を知りながら見ぬふりを通す夫の苦しみ」は4/26(火)更新予定です。

奥田祥子『男という名の絶望 病としての夫・父・息子』

現代社会において男性を取り巻く環境は凄まじい勢いで変化し、男たちを追い込んでいる。理不尽なリストラ、妻の不貞、実母の介護、DV被害……彼らはこれらの問題に直面して葛藤し、「男であること」に呪縛され、孤独に苦しんでいる。そのつらさや脅えは〈病〉と呼んでも過言ではない。「男であること」とはいったいなんなのか? 市井の人々を追跡取材するジャーナリストが、絶望の淵に立たされた男たちの現状を考察し、〈病〉を克服するための処方箋を提案する最新ルポ。

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男という名の絶望

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奥田祥子

ジャーナリスト。京都市生まれ。米・ニューヨーク大学文理大学院修士課程修了後、新聞社入社。男女の生き方や医療・福祉、家族、労働問題などをテーマに、市井の人々への取材を続けている。所属部署のリストラを機に個人活動を始めた。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程所定単位取得退学。「Media Influence Over the Transformation of Stigma Toward Depression in Japan」「Pharmaceuticalization and Biomedicalization: An Examination of Problems Relating to Depression in Japan」(米学術誌『Sociology Study』に掲載)ほか、学術論文も発表している。著書に『男性漂流―男たちは何におびえているか』(講談社)、『男はつらいらしい』(新潮社)、共訳書に『ジャーナリズム用語事典』(国書刊行会)などがある。

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