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2016.04.12

『神様のコドモ』試し読み 第8回

死んでしまった最愛の人――。
ずっと待っていれば、いつか会える?

山田 悠介

死んでしまった最愛の人――。<br />ずっと待っていれば、いつか会える?
山田悠介『神様のコドモ

当初、山田悠介ファンは「怖くて大好き!」という人が多勢でした。が、ここ数年、「泣けるから好き!」「感動できるから好き!」という人も増えています。
感動のショートショートも、ぜひ紹介しましょう。
――夫を亡くした妻は、一万円札に小さなタンポポを描いた。
この一万円札がもし自分の元に戻ってきたら、夫が会いにきてくれる、と願いを込めて。
そして二十五年後……。妻の体は、もう自分で起き上がるのもやっとなくらい、年老いてしまっているのだが――。
切なさで涙が止まらなくなる1編です。

*  *  *

タンポポ

 壊れかけのチャイムが鳴った。ポーンの音が出なくて、ピーンポッ、と何だか歯がゆい。煮え切らないクシャミをする人みたいだ。

 九十三歳のフサ子はここのところ具合が悪くて起き上がるのが辛い。

「はーい」

 掠れた声。布団に横になったまま応対した。

「現金書留です」

「どうぞ入ってください」

「失礼します」

 ヘルメットを被った配達員がモグラみたいに襖からひょっこり顔を出した。ごくごく小さな平屋だから居間も寝床も玄関から様子が分かる。

「おいおい婆ちゃん大丈夫かい?」

「ええ、ええ、大丈夫です」

「現金書留ですが……」

「すみませんがこっちまで持ってきてくれますかねえ」

「分かりました」

 配達員が靴を脱いでやってきた。

「はい婆ちゃん」

 フサ子は配達員に手伝ってもらって上半身を起こし、サインをする。

「ありがとうございます」

「婆ちゃん、お医者さん呼ぼうか?」

「いえいえ、ちょっと具合が悪いだけですからねえ。ありがとうございました」

「なら娘さん呼んだらどうだい?」

 フサ子の一人娘だ。十キロほど離れた隣町で家族と暮らしている。

「娘は仕事がありますからねえ。私は大丈夫ですから」

「そうかい。じゃあ、あまり無理しないでね。何かあったら娘さん呼ぶんだよ?」

「ええ、ええ」

 フサ子は深々と頭を下げ配達員を見送った。

 ガラガラガラと音を立てながら建て付けの悪い玄関戸が閉まる。

 フサ子は『速達』の赤い判子が押された茶色い封筒を見た。

『高畠純子』

 孫からである。

 フサ子は俄然ときめいて、シワシワの小さな手で封筒を開ける。心とは裏腹に、開けるのに少し時間を要した。

 中には手紙と写真と一万円札が入っていた。

『おばあちゃん、なかなか会いに行けなくてごめんね。この前家族で撮った写真を送ります。それと、少ないけど使ってください。体に気をつけて。また電話するね』

 フサ子は孫からの手紙と写真が本当に嬉しい。一人で暮らしているから尚更だ。

 純子は五年前に結婚して現在東京で暮らしている。なかなか子宝に恵まれず心配していたのだが、昨年待望の第一子を妊娠し今年の初めに無事出産したのであった。

 元気な男の子だ。

 写真には元気いっぱいのひ孫が写っている。金太郎の格好をさせられているのが可笑しかった。

 二枚目は純子も一緒だ。

 三枚目は家族三人が並んでピースしている姿が写っている。

 フサ子は写真を見ているだけで賑やかな気分になった。幸せそうで何よりだ。

 手紙と写真だけで十分なのに。本人にも直接そう言っているのに。

 フサ子は二つに折られた一万円札を手に取り、大事に大事に胸にあてた。

「いつもいつもありがとうねえ」

 フサ子と同様、シワだらけの一万円札。長年日本中を旅してきたと思われる。

 フサ子は立ち上がり仏壇の前に座る。

 二十五年前に先立った夫、元治の遺影を見つめ、

「お父さん、純ちゃんは本当に優しい子だねえ。娘よりも孫だねえフフフ」

 冗談半分、本気半分である。

 フサ子は喉が痞(つか)えて咳せき込んだ。咳をするだけでひどく疲れる。実はかなり心臓が苦しい。

 フサ子は立ち上がり、タンスの一番上の引き出しを開けた。

 衣類と衣類の間に手を入れて、隠すようにしてしまってある白い封筒を手に取った。

 中には、これまで純子が送ってくれた一万円札が十枚。フサ子は一度も手を付けずに大事に保管しているのだった。

 フサ子は孫にもう一度感謝してシワシワの一万円札を丁寧に広げる。

 ゴホゴホと咳き込むフサ子の動作が止まった。

 裏側の右上。

『10000』のちょうど真上の何も印字されていない部分に小さくタンポポが描かれている。

 鉛筆で。可愛らしく。

 かなり薄くなっているが、フサ子には花の絵が『タンポポ』だと分かる。

 なぜならフサ子が描いたからだ。

 もう二十五年も前になる。

 その年、夫である元治が七十を前にして胃ガンでこの世を去った。

 長年連れ添った夫を亡くしたフサ子は悲しみに暮れ、ようやく立ち直った頃、一万円札に小さなタンポポを描いた。

 この一万円札がもし自分の元に戻ってきたら、お父さんが会いに来てくれる、と願いを込めて。

 タンポポを描いたその一万円札は、妹の娘が第一子を出産した際にお祝いで贈ったのだった。

 まさかあのときの一万円札が自分の元に戻ってくるとは思わなかった。

 もっとも、フサ子はタンポポを描いた一万円札の存在すら忘れていたのだった。

 タンポポが描かれたシワシワの一万円札。

 たくさんの人たちと出会い、たくさんの物語を見てきたんだろうねえ、とフサ子は思った。

「おかえり」

 日本中を旅してきたと思われるシワだらけの福沢諭吉を労うように言った。

 巡り巡って、二十五年後に戻ってきてくれるなんて。

「お父さん、こんなこともあるんだねえ」

 二十五年経ってあのときの一万円札が戻ってきた今、フサ子は悟った。

 お父さんが会いに来てくれるというのは非現実的なことではなく、そういう意味なんだな、と。

 そのときが、もうじき訪れるらしい。

 フサ子には何の恐れもない。

 笑顔の元治に向かってフサ子は言った。

「待ってますよ、お父さん」

 

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