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2016.04.09

ドイツ人教授が、E・トッドらの
ドイツ脅威論に反論する

フランク・レーヴェカンプ

ドイツ人教授が、E・トッドらの<br />ドイツ脅威論に反論する

エネルギー政策にせよ歴史問題にせよ、「ドイツを見習おう」という論調がこれまでの定番だった日本。だが昨年、続けざまにドイツに警鐘を鳴らす本が出され、注目を浴びた。エマニュエル・トッド著『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 日本人への警告』(文春新書)と、三好範英著『ドイツリスク 「夢見る政治」が引き起こす混乱』(光文社新書)の2冊である。これで世論が極端なドイツ批判に傾いたわけではないが、メルケル首相率いる“強いドイツ”に対する潜在的な警戒心を触発された人は多かっただろう。

だが、こうしたドイツ批判の高まりを、ドイツ人はどう受け止めているのだろうか。日本への留学経験と勤務経験があり、現在ドイツのルートヴィヒハーフェン経済大学東アジアセンターの所長を務め、同学で教鞭を執るフランク・レーヴェカンプ氏に寄稿してもらった。

『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 日本人への警告』エマニュエル・トッド著、堀茂樹訳(文春新書)————冷戦終結とEU統合で生じた「ドイツ帝国」が、今や経済的なものから政治的な影響力を世界に及ぼしていることを指摘。

『ドイツリスク 「夢見る政治」が引き起こす混乱』三好範英著(光文社新書) ————3.11後の急速なエネルギー転換、ユーロ危機、ロシア・中国への接近という現象から、ドイツの危うさに警鐘を鳴らす。

 

ドイツ人は、ヒステリックな理想主義者か

ドイツを批判する2冊の本が、日本で話題になった。
三好範英『ドイツリスク 「夢見る政治」が引き起こす混乱』では、ドイツの時事的なテーマを取り扱っており、エマニュエル・トッド『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 日本人への警告』では俯瞰的にドイツの政治と歴史を論じている。

どちらも興味深く読んだ。日本でより売れたのはトッドの本のようだが、論じるに値するのは三好の『ドイツリスク』のほうだ。

三好は長年にわたって読売新聞の特派員としてドイツに滞在した経験があり、ドイツ事情に通じているという点は折り紙付きだ。ドイツに向ける鋭い視線と記事はドイツ人読者にとっても「なるほど」と思わせられるところがある。とはいえ、ドイツ人全体を「夢見るドイツ人」、言い換えれば「現実離れした傲慢なドイツ人」というイメージでひとくくりにして語るときに、危うさがあるのも事実である。ある事実を恣意的に選り分けて印象操作している点では特にそれが目立つ。以下ではそれぞれの論点について詳しく見てみよう。

まず、福島の原発事故に関する報道についての章で、英国BBCの報道も引き合いにしながら、ドイツのメディアの報道姿勢について、不確かな情報を元に拙速と言える結論(事故を過小評価する、事実をひた隠しにする等)を出してヒステリックに騒ぎ、過度な一般化を行う傾向があるという。

しかし、報道の評価をどのような基準で行っているかを詳しく見ると信憑性は揺らぐ。例えば三好は、様々な事故評価やリスク評価の中から「原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)」の評価を基準にしたという。その2013年の報告書は、福島ではチェルノブイリ原発事故に比べて10-20%しか放射性物質が大気に放出されていない、としている。福島の原発事故はチェルノブイリに比べてさほど深刻ではなく、結果として騒動の数々には特に意味が無かったというわけだ。しかし事故のもたらした結果について、ある程度の全貌が見えた時点から、このような誘導を行うのは読者の誤解を招くだろう。なぜなら政府事故調と国会事故調の報告書や、吉田昌郎(事故当時福島第一原子力発電所所長)、近藤駿介(事故当時原子力委員長)といった関係者の証言によれば、当時、原発事故が全く別の経過をたどる可能性があったのは事実だからだ。

それは東京全域からの避難が必要になるというケースであったが、事故が最悪のシナリオ通りにならなかったのはひとえに幸運が重なった結果である。日本と各国の報道については、紙一重で首都圏を含む東日本一帯が何年、いや何十年にもわたって人が住めなくなる恐れがあったという背景を念頭に入れて判断する必要がある。三好がこの事実に全く触れようとしないのはどういうわけだろうか?

この疑問へのヒントはドイツの脱原発とエネルギー転換について述べた次章に見られる。このような政策上の大転換に困難さが伴うのはごく当然のことで、南北送電線の建設計画が一度は合意に達したにもかかわらずバイエルン州が抵抗している例のような対立は、政策の障害となっている。現在のドイツが置かれた状況については大まかに言って正確に記されているが、それは三好がほのめかしているような、脱原発とエネルギー転換が「理性的」な産業国にとって根本的に間違った道であるという結論を正当化するものではない。とりわけ日本はドイツのエネルギー転換で見られた過ちから学び、2030年か2040年をめどに脱原発を視野に入れることも可能である。三好が原発賛成派なのは歴然としており、原発依存度の低減の可能性について無視しているのは明白だ。


ユーロ危機? 各国の債務危機が顕在化してはいるが…

本書はさらにユーロ通貨の問題へと切り込む。欧州債務危機に際して、ユーロの構造上の欠陥を指摘し、ユーロが欧州の統一ではなく分裂を招いているという。三好はユーロ導入を失敗と位置づけており、ユーロ導入の経緯を示してドイツこそが失敗の主犯であるとしている。ドイツ主犯論は丁寧に展開されているが、その一方で自説に都合の良い事実だけが示されている。

例えば、本書ではユーロ導入が経済学者の反対を押し切ってドイツ政府主導で行われたかのように書いているが、これは事実に反する。とくにユーロ導入に関しては1999年のノーベル経済学賞受賞者であるカナダ人経済学者ロバート・マンデルの強い支持があり、マンデルは「最適通貨圏」という概念を提唱して、ユーロの理論的根拠を作り上げた。貨幣経済学者であり、後に欧州中央銀行初代チーフ・エコノミストに就任したオットマー・イッシングなどの高名な経済学者は、欧州での共通通貨を支持していた。

今日、ユーロ圏に多くの経済的問題が存在していることは明白な事実だ。ただしこれらの問題は通貨危機ではなく国家債務危機として理解する必要がある。ユーロそのものが問題を引き起こしているのではなく、負担不可能な国家債務が急速に深刻な状態にまで膨れ上がってしまうのを助長しているのである。経済政策の担当者はこの問題に適切に対処しなくてはならなかったが、その際に欧州で多くの間違いがあったとは言えるだろう。巨額の公的債務を抱える日本はユーロから多くの教訓を引き出すことができるだろうが、それは三好が論じたものではない。

また、ユーロは断じて、本書で取り上げられている右派知識人ティロ・ザラツィーンが分析するような、ドイツによるナチスの過去とホロコーストを清算するための努力の産物ではない。仮にドイツでもデンマークで行われたような国民投票が実施されていたら、ユーロ導入反対派の方が多数を占めていただろう。


ドイツメディアは、中国には好意的どころか批判的

最終章で三好は、ドイツ・ロシア間およびドイツ・中国間の国際関係をとりあげる。ドイツ・ロシア間の共通の歴史や地理的な近さに根差す特殊な関係については実に正確に述べている。ドイツにはウクライナ危機などのため、ロシアに対しては様々な意見や観点がある。状況が複雑であるだけにこれは驚くようなことではないだろう。ドイツ国民が全面的に「プーチン理解者」として振舞うような状況は現在のところ見られない。ちなみに日本政府は北方領土問題に関してロシアと良好な関係の保持に腐心している。

さらに三好はドイツと中国の関係について非常に表面的で誤解を招きかねない紹介をしている。

本書の主張とは裏腹に、ドイツメディアはほぼ一貫して中国には批判的な論調であり、環境汚染や人権問題から汚職に至るまで定期的に報じられている。また中国による2013年の東シナ海防空識別圏の設定は、同年11月13日付「ヴェルト」紙が「中国による挑発」と表現するなど、各紙が否定的なトーンで報じた。ドイツメディアの中国報道があまりにも批判的なので、舞台裏でジャーナリストと財界人との間に対立が生じることもあるほどだ。財界側は中国との経済的な利害関係のため、「穏健な」論調の報道を望んでいるのである。

ドイツ・中国関係を扱った章は、本書の中でも最も論拠に乏しい章であるが、重要な章でもある。中国を軸にドイツと日本の歴史認識が対立的に論じられている。

三好はドイツ人が中国の歴史認識、特に第二次世界大戦前夜から戦中期にかけての歴史認識について特別な共感を持っていると見て、ドイツ、ロシア、中国などが属する「大陸国家」と、日本、英国、米国などが属する「海洋国家」の歴史認識が存在しているという。果たしてアジア・太平洋戦争中の出来事について、多くの米英の歴史家が三好の論に同意するものだろうか。歴史記述をめぐるドイツと中国の特別な親近感なるものはこじつけに過ぎないように思われる。中国の「公的」歴史記述はトップダウンであり、中国共産党の主導の下、国家レベルで行われる。ドイツにはこのような要素は無いため、歴史記述は幅広い。今日、ドイツと日本で言論の自由が保障されているのは明らかであり、三好が主張するような大きな差異は両国間の言論には見られない。

個別の具体的な記述はさておき、抽象的なレベルを見ると実は第二次世界大戦開戦から戦時中にかけての、ドイツと日本両国の歴史記述は類似している。つまり両国の歴史記述には感情的な要素が重大な位置を占めているのである。しかし感情的な要素をはらんだ歴史に対して、ドイツでは時に極端すぎると言って良いほどの歴史との直面が見られるのに対して、日本ではこのテーマについて話すことを避ける傾向が見られる。

かつて元駐日大使であるギュンター・ディールは日本滞在時を振り返って『遠方の友』(Ferne Gefährten)という本を出版した。この題は実際、日独間の関係を表すのに最もふさわしい表現だ。一方では両国が地理的に遠く離れていること、他方ではお互いについての知識が足らず、時にお互いに理解し合おうという姿勢も見られないことを表現しているからである。しかし両国が共有している多くの特徴は、様々な危機に見舞われている現在という時代に、お互いを「友」として結び付けている。その根本には民主主義、思想の自由、平和と安定を目指す外交政策が挙げられる。少子高齢化、社会福祉と国家財政の健全性の確保、そして経済構造の変化といった重要な課題も共通している。友として歩む以上、地理的な位置と歴史的な経験に基づく両国の根本的な差異にも注意を払うべきだ。そうすることによって様々な分野でさらに効果的に協力し、お互いに利益を得ることができるだろう。そしてほんの少しでもより良い世界について夢見ることは決して悪いことではない。


トッドの言う「ドイツ帝国」の「帝国」の定義がわからない

2冊目のドイツ批判の書は、フランス人人類学者・知識人であるエマニュエル・トッドの『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 日本人への警告』である。三好とは異なり、トッドの著作は体系的、論理的なものではなく、様々なインタビューを集めている。本書には一貫した理論的根拠や明確な結論は見られない。また具体的な政策テーマではなく、トッドが政治的・歴史的に関連すると考えるテーマが大局的に論じられる。

本書の基調となるのは、「ドイツ帝国」が欧州の大部分を「支配」し、ドイツの利益のみを追求した、徹底した利己主義的政策が欧州大陸を壊滅させるという議論である。残念ながらトッドは読者に対して何をもって「帝国」としているのか、そしてなぜ西欧や中欧のいくつかの国が「ドイツ帝国」の一部であるのかを説明していない。一般的な定義によると、帝国とは中央権力が支配し、領域の全土において政策を決定し実行する意志と能力を持つ体制である。ドイツ政府は決してフランス、スペイン、ポーランド、ギリシャなどの主権国家の主権を奪う意志は無いし、それが可能な状況下にもない。


ユーロ導入による“ドイツ一人勝ち論”は幻想

またユーロ制度は本書の多くの部分を占め、最も強く批判されているが、「ドイツ帝国」の定義の糸口にはならない。トッド自身が認めているように、フランスはユーロ導入に関して主導的な役割を果たしたし、ユーロ加盟国は一連のマーストリヒト基準を適用して、共通通貨導入を決定したのである。ドイツも含めて各国は金融政策の立案能力を欧州中央銀行に明け渡した。欧州中央銀行は確かにドイツのフランクフルト市に所在しているが、総裁はイタリア人のマリオ・ドラギである。そして金融政策は25人のメンバーのうち、持ち回り制の投票権を持つ理事からなる政策理事会の単純多数決によって決定される。ドイツ人の理事はそのうち2人に過ぎない。2人のドイツ人理事は「量的金融緩和政策」、つまり国債の購入などの決定の際に反対票を投じたが、政策は可決されており、あまりの影響力の無さをドイツメディアは嘆いている。ドイツが無力であることは経済及び金融政策において現れており、EU各国に課せられた基準を貫徹するメカニズムすら存在していないことからも明らかだ。

そのため「ドイツ帝国」なる概念は有意義なものとは言いがたい。トッドの著作は、大まかに言って体系的ではないドイツおよびフランス批判のインタビューの寄せ集め以上のものではない。三好の本が体系的かつ多方面にわたっての分析の結果であるのに対して、トッドの本はそれには遠く及ばない。二冊とも読んだ読者はさらに露骨な矛盾点をいくつか見つけて戸惑うだろう。ロシアをめぐって、三好はドイツ国民がウクライナ危機に際して親ロシア的であると非難するが、トッドは自身がクリミア併合を含むロシアの行動を肯定する立場から、ドイツが反ロシア的だと非難している。

エマニュエル・トッドは駆け出しの頃から挑発的な主張で目立ち、その結果成功した。1976年には『最後の転落 ソ連崩壊のシナリオ』で、ソビエト連邦の終焉を予測しており、この本に書かれたことの多くは現実となった。2002年の『帝国以後』もまたベストセラーとなった。しかし同書でトッドが展開した命題の多くはすでに誤っていたことが明らかになっている。常に先鋭的なテーゼと挑発によってキャリアを築いてきた人間は、もはや理性的で客観的な分析には戻ることができないのかもしれない。常に過激な物言いをしなくてはこれまでに獲得した読者が満足しないという不安があるのだろう。いずれにせよ『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 日本人への警告』は、真剣に読むに値する著作であるとは言えない。
 

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