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2016.03.13

田中角栄が、作家石原慎太郎に乗り移る!

佐々木 克雄

田中角栄が、作家石原慎太郎に乗り移る!

天才』石原慎太郎
幻冬舎刊 ¥1,512

身につけた金銭感覚と類稀なる人間通を武器に、総理にまで伸し上がった男の知られざる素顔。反田中の急先鋒だった著者が、田中角栄に成り代わって書いた霊言。

 

総理大臣ってキャラ立ってます

 みなさんは政治に興味、関心ありますか?
 昨年は安保法案などで多くの方々が考え、SNSなどで発信し、行動に移されたのではと思います。さてさて、今年は参議院選挙もあり、引き続き政治への関心が高くなるだろうと思われます。でも正直言いますとNHKの国会中継、新聞の政治欄などは堅苦しくて敬遠しがちなのでは……な〜んて書いているこの文章も何か堅苦しくなりそうなので、はいここで質問です。
「総理大臣の名前、どのくらい遡って言えますか」
 安倍、野田、菅、鳩山、麻生、福田、安倍、小泉。ここまでは何とか言えるかも知れません。その前は森、小渕、橋本……えーっと、その前は自民党じゃなかったな。でもコロコロ変わっていたからなあ。
 ではもう一つ質問。その中で印象深かった人は誰ですか─これは人によって答えは違いますよね。千差万別十人十色の総理大臣、でもどの人も個性的でキャラが立っていたことは間違いないでしょう。政治って難しいものかも知れませんが、キャラだけ見れば小説や漫画くらい面白そうですし、実際に小説、漫画にもなっています。
 そんなキャラまつり状態の歴代総理の中で、良くも悪くもひときわ輝いた方がいます。
 田中角栄。
 たぶんこれをお読みのみなさんの、親御さん世代の総理と思いますが、この方の人生はここ数年の総理を食ってしまうドラマがあるのですよ。
 今回ご紹介いたしますのは、この角栄さんが主人公の一冊。書かれたのは石原慎太郎さんです。

小説家と政治家二つの顔の石原慎太郎

 ご存じない方のために(いや、いないと思うのですが念のため)著者であられる石原さんについてさくっとご紹介いたしましょう。
 一九五六年、大学在学中に『太陽の季節』で第三十四回芥川賞を受賞、ベストセラーとなった同作は弟、石原裕次郎も出演する映画にもなり「太陽族」なる若者文化も生まれました。
 一方、人々の記憶に新しいのは政治家としての石原さんでしょう。一九六八年に参議院選挙で当選、のちに衆議院議員となって若手政策集団「青嵐会」を結成。当時の総理大臣である田中角栄を批判し、対立します──そうなんですよ、近年ですと都知事のイメージがある石原さんは、角栄さんと同時期に同じ政治の場所にいたわけなのです。政敵のような関係だったのに、なぜいま田中角栄を書いたのか。答えは本書の中にあるのですが、それは後ほど。

激動の戦後政界を生きた男の、人間らしい一面

 で、田中角栄です。
 彼に関する書物は数え切れないほどありますが、本書『天才』は角栄さんのモノローグ=一人語りとう形式をとっています。
「俺はいつか必ず故郷から東京に出てこの身を立てるつもりでいた」から始まる言葉は、もちろん物故者である角栄さんのインタビューではありません。でもページをめくると、そこにある言葉から、あたかも読み手の前に角栄さんがどっかと座り、その生い立ちを語ってくれている感覚になるんです。これつまり、著者石原さんに角栄さんが憑依した──そんな感じなのです。
 本書は章立てもなく、ひたすら角栄さんの回顧が語られていくのですが、大きく区分すると彼の人生が三つのパートからなっていると思われますので、それぞれの読みどころを紹介します。
 序盤は政治家以前の苦労時代。成績は良かったが父親の借金などで中学には行かず、土木作業に就きます。そこで彼は「この世で一番末端の仕事をしている人間たちの力こそが、この世の中を結果として大きく変えていく」と実感します。そして上京、土建会社の小僧として働きながら土木を学ぶのです。ですが野心に燃えた苦労人の姿だけではなく、電話交換手の女性との淡いロマンスなどもあります。のちに愛人の話も出てくるのですが、若き日の胸キュン話もいいものです。

総理大臣への成り上がりロッキード事件からの転落

 話は中盤から一気に戦後政界史の泥臭いドラマになっていきます。土建屋の社長から国会議員へ、当時の首相である吉田茂に気に入られて若くして大臣を経験し、仲間を集め、政敵と争い……一九七二年に第六十四代総理大臣となります。
 政治に関心がなくても、ある程度の年齢の方なら角栄さんのエピソードはご存じでしょう。『日本列島改造論』を発表し、全国を新幹線、高速道路で結び、各県に空港を設け、原子力発電所を設ける……角栄さんのやったことは現在の私たちの暮らしに繋がっているんですよね。さらに外交──日中国交回復で周恩来、毛沢東と向き合ったシーンはなかなかに鮮烈です。このくだりがあってこそ、いまの爆買いがあるのです。この本、戦後史も学べます。
 そして終盤、栄華を極めた角栄さんですが、その金権主義はマスコミ、若手議員の反発にあいます。このくだりで何とも面白いところは、彼を批判したのが石原さんということ。筆者がその名前で作品内に出てくるなんて、ミステリでは有栖川有栖、初期の道尾秀介などに見られますが、これらはフィクションです。本作は作者が政治家の石原慎太郎として登場するのですから、何だか不思議な気分になるのです。でもこれが本作の面白さなんですよね。

敵対した石原慎太郎が田中角栄を書いた理由

 というわけで自身も登場する石原慎太郎による田中角栄一人語りですが、敵対した石原さんが、なぜいまになってこれを書いたのか。本編のあとに「長い後書き」として著者の言葉があります。
 政界を引退し文学に戻った石原さんが「政治に関わった者としての責任でこれを記した」というのです。田中角栄という人物が実は好きであると肯定して、一人称で書こうと資料を集めます。そしてそれを読めば読むほど先見性に富んだ政治家であったことを痛感したのですね。あらためて自身のエピソードを思い起こしてみると、田中角栄ほど異形な存在感などありはしなかったと石原さんは認めます。
 晩年、日本を揺るがしたロッキード事件については、角栄さんの言葉で「アメリカの策略にはまったのだ」と書かれています。これは若き日に敵対していた石原さんが、あらためて向き合った角栄さんを思うメッセージだと捉えることができるでしょう。ちなみにロッキード事件の裁判は角栄さんの死去で審査は打ち切り、五億円収受は認定されています。

 というわけで、田中角栄と石原慎太郎──歴史に名を残すであろう二人がガッツリとタッグを組んで書き上げたこの一冊。一人の政治家の人生、それに共感した、もう一人の政治家であり作家の渾身の筆はグイグイ読ませてくれるのです。「政治は難しいから……」で敬遠して、食わず嫌いするなんてもったいないですよ。
 

『GINGER L.』2016 SPRING 22号より

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