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2016.03.20

第7回 元サッカー日本代表・前園真聖(後編)

弱い心を認めることが強いメンタルへの第一歩

前園 真聖

弱い心を認めることが強いメンタルへの第一歩

泥酔事件をきっかけとして自分に素直になった結果、180度のイメージチェンジによって、バラエティ番組の常連として復活するまでになった元サッカー日本代表の前園真聖さん。いわば、挫折によって「第二の人生」の幕が開いたわけです。後編では、前園さんが強豪ブラジルをアトランタ五輪で破った「マイアミの奇跡」の立役者として輝いた後、次から次へと襲った「挫折」についてお話を伺います。(構成:井上健二 撮影:桑島智輝)


◆南米でハングリー精神を学び、ファーム暮らしを脱出する

――前園さんは高校サッカーの強豪・鹿児島実業高校を卒業後、Jリーグに参加したばかりの横浜フリューゲルスへプロ選手として入団しますが、1年目はファーム暮らしだったそうですね。

前園 思い返すと最初の挫折はそこかもしれないですね。生意気盛りでテクニックにもイマジネーションにも自信があったのに、当時の加茂周監督が目指していたのは、とにかく走って相手にプレッシャーをかけ続け、ボールを奪ったら即攻撃に転じるシンプルなサッカーでした。
 練習もずっと走ってばかりで、まるで陸上部に入ったみたい(笑)。僕はテクニカルなドリブルやパスに自信があったのに「そんなのは必要ない。ボールを回せ」と言われて落ち込みました。こっちは1年目からレギュラーでバリバリ活躍する気満々だったのに、監督の戦術が合わないこともあり、1年目はレギュラーにはなれませんでした。

――その鬱憤を夜の街で晴らしていたというのは有名な話ですね(笑)。それでも2年目からはレギュラーになり、そこでの活躍の勢いで五輪日本代表のキャプテンとして、1996年のアトランタ五輪で「マイアミの奇跡」を演出するわけですが、何がきっかけで2年目からはファーム暮らしからレギュラーへ昇格できたのでしょう。

前園 1年目の終わりにフロントから「海外留学をしてみないか?」と声がかかりました。フロントはヨーロッパのクラブチームを考えていたようですが、僕はアルゼンチンの英雄マラドーナにずっと憧れていて、南米のイマジネイティブなサッカーが大好きだったので、お願いしてアルゼンチンに行かせてもらいました。留学期間はJリーグがオフだったわずか2か月間でしたが、この留学はその後のサッカー人生に大きな影響を与えてくれました。
 留学したのはアルゼンチン1部リーグのヒムナシアというチームです。留学中、僕はユース(3軍)用の合宿所で生活することになりました。その合宿所の6人部屋で暮らしましたが、そこは高校時代の合宿所が天国に思えるほどの劣悪な衛生状態。あちこちに虫が這い回っていて「もう、勘弁してくれよ」と思いました。でも、それ以上に驚いたのは、ルームメイトたちがサッカーに取り組む姿勢です。
 彼らのほとんどはプロ契約ですが、手取りは日本円で2〜3万円。アルゼンチンでもそれでは食べていけませんから、練習が終わってからアルバイトを掛け持ちしている選手もいました。深夜まで働いてクタクタになっているはずなのに、翌朝になると目の色を変えて死に物狂いで練習に取り組みます。僕は日本で夜遊びはしていましたが、練習に手を抜いたことは一度もありませんでした。それでも、彼らのハングリーな姿勢を目の当たりにして、自分がいかに恵まれた環境に甘えていたかを改めて思い知らされました。「山下公園でナンパなんかしている場合ではない!」と反省しましたね。それからはサッカーに対してよりハングリーになって、1年目以上に練習に真剣に取り組みました。その姿勢が監督にも評価されてスタメンで使ってもらえるようになり、やがてレギュラーとして定着できたのです。


◆海外移籍の挫折がその後のサッカー人生に陰を落とす

――僕は「マイアミの奇跡」をライブでテレビ観戦していた世代ですから、あれほど輝いていた前園さんがその後苦悩している姿を見ていて歯がゆい思いをしていました。

前園 アトランタ五輪後、海外移籍に失敗した「挫折」がその後のサッカー人生に暗い陰を落とした部分は大きかったと思います。
 先ほども言ったように僕は子どもの頃からマラドーナに憧れていましたから、Jリーグに籍を置きながらも強い海外志向がありました。親戚がブラジルに住んでいたので、子どもの頃、母親に「ブラジルに行かせて!」と頼んだこともあるくらいです。即却下されましたが(笑)。
「マイアミの奇跡」で海外からも注目された僕の元には、スペインやイギリスのリーグから移籍の打診が来ていました。ところが、設立してまだ3年目でしたから、Jリーグには移籍金など選手が海外移籍する際のルール作りが不十分。いまでは日本人選手の海外移籍は日常茶飯ですが、当時はプロ化したばかりで日本人選手が海外に出て行くという発想がなかったのです。
 移籍が不発に終わり、古巣の横浜フリューゲルスに不信感を抱いた僕は、ヴェルディ川崎に移籍しましたが、そこでも思ったような結果は残せませんでした。現役時代には、練習参加も含めるとアルゼンチン、ブラジル、ポルトガル、ギリシャ、セルビア・モンテネグロ(現セルビア)、韓国とさまざまな国のチームでプレーしました。国籍も習慣もプレースタイルも違う選手たちと一緒にやるのは楽しかったけれど、活躍はできませんでしたね。

――思い出に残っている海外での挫折体験を聞かせてください。

前園 たくさんありますが、やはり最初にヴェルディからブラジルのサントスFCに期限付きの移籍を行ったときの経験が印象深いですね。1998年のことです。サントスはサッカーの王様ペレが在籍していた名門。カズさん(三浦知良選手)も在籍していたことで知られています。
 ようやく海外に移籍できたのですが、言葉も通じませんから、始めのうちは練習でもパス一つ回ってきません。「マイアミの奇跡」なんて彼らには関係ありませんから、「誰だ、あのジャポネース(日本人)は?」と思っていたのでしょう。でも、身振り手振りで必死にコミュニケーションを取り、一緒にご飯を食べるなどしてオフ・ザ・ピッチで信頼関係を築き、ようやくチームの一員として打ち解けてようやくパスも回ってくるようになりました。監督にも「このジャポネースはなかなかできる」と認めてもらい、ペレもつけていたエースナンバーの10番を背負うことになりました。そして後半20分から途中出場した公式デビュー戦で、ピッチ投入の1分後にゴールを奪うというセンセーショナルな活躍で翌朝のスポーツ紙の一面を飾ったのです。

――ぜんぜん挫折体験じゃないですよ(笑)。

前園 ところが、その後はあまり試合で使ってもらえなくなりました。監督と何となく反りが合わなかったのです。そのときの監督は、その後一時期Jリーグでの指導経験もあるエメルソン・レオンさんでした。
 それでもサントスのフロントは僕を評価してくれて「期限付き移籍を延長したい」と申し入れてくれました。翌年、「今年こそやるぞ!」という意気込みでブラジルに渡ってみたら、何とサントス側から契約の延長が拒否されました。同時期に僕以外の日本人を獲得していたので「同じチームにジャポネースは2人もいらない」というのがその理由。理不尽だと思いますが、南米ではちょくちょくあることのようです。


◆サッカーでメンタルが折れたら、何もかもうまくいかない

――オリンピックでの活躍が証明したように、肉体的にもテクニック的にも、あの頃の前園さんは世界レベルの選手だったと思うのですが、なぜうまく行かなかったのでしょうか?

前園 それはサッカーもまたメンタルスポーツだからです。スポーツでは「心」「技」「体」が大事だと言われています。サッカーではテクニックやフィジカル、つまり「技」や「体」が重要だと思われているようですが、実はもっとも大事なのはメンタル。つまり「心」です。
 イケイケのときは積極的に自分からボールを奪い、ドリブルで敵陣を切り裂くようなプレーができます。すると味方もパスをどんどん出してくれるようになりますから、得点に結びついてチームの勝利に貢献できるようになり、それが自信になってさらに積極的なプレーに結びつくという好循環が起こります。フリューゲルスの2年目で結果が出せたのは、アルゼンチン留学を経験して「俺はもっとハングリーに戦わないとダメだ」という強いメンタルがあったからです。
 しかしメンタルが落ち込むと、このサイクルが逆に回り始めてプレーが消極的になります。パスをもらってもうまくさばける自信がないので、ボールをもらいたがらなくなりますし、相手に取られるのが怖いから、ドリブルでの仕掛けも減ります。仲間はそんな選手にパスを出してくれませんから、得点に絡めなくなり、自信を失ってさらにメンタルが落ちるのです。自分では「前向きに行こう」と思っていても無意識に腰が引けてしまってダメなのです。
「マイアミの奇跡」のとき僕はまだ23歳でした。テクニックにも自信があったし、体力的にも落ち込む年代でもありません。それでも結果が出せなかったのは、移籍問題のゴタゴタとその後の海外移籍も不調続きで精神的に疲れてしまい、闘い続けるための強いメンタルが保てなくなったからです。


◆9回の失敗を恐れるよりも、1回の成功にかけてみる

――スポーツに限らず、ビジネスの世界でも強いメンタルが求められる時代です。どうすれば、もっとも大事なメンタルが鍛えられるのでしょうか?

前園 僕が現役の時代にはメンタルトレーニングはいまほど一般的ではありませんでしたが、誰かのコーチングで心を鍛えるよりも、結局メンタルは失敗や挫折を繰り返しながら自分で作り上げるしかないと思います。そこで大事だと思うのは「この失敗や挫折は、きっと将来何かの役に立つ」とポジティブに捉えることです。
 メンタルが落ちた状態だったとはいえ、僕は2005年まで現役を続けました。それは「未来につながるはずだ」と思いながら、自分のダメな部分、弱い部分から目を反らさずに努力を続けていたからだと思います。いまから振り返ると、「マイアミの奇跡」以降の挫折の連続で知らず知らず鍛えられたメンタルがあったからこそ、事件で落ち込んでもまた前を向けたのでしょう。

――人生に無駄な出来事はないとよく言いますが、まさにその通りですね。

前園 僕は子ども向けのサッカー教室を開いていますが、最近の子どもたちは安全、確実なプレーばかりで、冒険をしないタイプが増えてきたように感じられるのが、ちょっと気がかりです。僕は子どもの頃から絶対入らないような距離や角度からでも果敢にシュートを狙って打つタイプでしたが、ひょっとしたら指導者が「そんなところから打っても入らないから、もっと確実にプレーしなさい」と子どもたちに教えているのかもしれません。
 でも、10回のうち1回しかネットが揺らせないような難しいところから見事にシュートが決められたら、それは大きな自信となり、練習に取り組むモチベーションが高まります。練習では9回の失敗を恐れるのではなく、1回の成功にかけてみる勇気も必要です。その9回の失敗も、自らの弱点を教えてくれる貴重な機会であり、そこから立ち直ることでメンタルが強くなります。
「やりたいことが見つからない」と悩む若い世代が増えているとよく耳にしますが、それは失敗を恐れてチャレンジをしない言い訳なのかもしれません。僕がしでかしたような泥酔や暴力のような失敗はする必要はありませんが、失敗から学べることも必ずあるはずですから、僕よりも若い世代には挫折を恐れずにチャレンジを続けてほしいと思います。(おわり)

****

前園真聖さんの“弱い心を認め、再出発を果たすための心得”は、3月17日に発売した書籍『第二の人生』でより詳しく描かれています。ぜひご覧ください。


<目次>
◆はじめに もといた場所から再出発

第1章 自分にダメ出しする
4か月の謹慎を経て
◆相手から求められる人間になりたいと誓う
◆足りないところを認めて自分にダメ出しする
◆もといた場所に戻り、そこで認めてもらう
◆怒りを溜めないために、等身大のキャラで生きる
◆怒りは線香花火。6秒間やりすごせば消える
◆自分の「べき」を他人に押し付けない
◆苦い失敗体験をなかったことにしない
◆計算をしない、素の自分を受け入れてもらう
◆相手の気持ちを考えた愛のある〝いじり〟
◆暗いいじめを明るいいじりに変えていく
◆他人の視点で自分を評価してみる
◆受けを狙って計算しない
◆受け身体質がポテンシャルを広げる
◆肩書きは周りが決めるもの
◆思い込みを捨てれば、知らない自分に出会える
◆事件があったからこそ、素の自分で生きられるようになった
◆時間が経っても忘れてはならないことがある

第2章 弱い心を認める
事件、そして謝罪会見
◆やってしまったことに責任を取るしかないと腹をくくる
◆言い訳せず、自分の言葉で心から謝罪する
◆たくさんの人に支えられているという、当たり前の現実に気づく
◆身近でフォローしてくれる存在を大切にする
◆世間から認められて、仕事をしている姿を見せることが親孝行
◆好きなことをプロとして極める姿をリスペクトする
◆ペットは家族。寝ている姿を見るだけで張りつめた心が癒やされる
◆子どもたちに恥ずかしくない行いを続ける

第3章 強い気持ちだけがミラクルを起こす
「マイアミの奇跡」のキャプテンとして
◆記録ではなく記憶に残る選手になれた
◆強い気持ちこそが勝利を呼び込む
◆勝つためにずる賢く立ち回ることもときには必要
◆世界のトップ相手に「何かやってやる」という強気
◆奇跡の原動力は気持ちの強さ、熱量の大きさ
◆世界との差を知ったから、世界へ出たいと願う

第4章 終わったことは受け入れる
海外から得たもの
◆高いレベルでの切磋琢磨を求めて日本を出る
◆終わったことは受け入れ、クヨクヨせずに前を向く
◆わだかまりを断ち、未来を開くために新天地を目指す
◆自分の殻を破り、一歩前に出ないと受け入れてもらえない
◆過去に頼らず、いまの自分で信頼を勝ち取る
◆好きなことをしたいという願いが強ければ、困難は困難ではなくなる

第5章 ポジティブに自己否定する
早すぎる引退まで
◆海外で成功するには強いメンタルが必要
◆メンタルの強さは平常心をもたらす
◆メンタルを強くするには、弱さを認めてポジティブに自己否定
◆ネガティブな助言を自分を変えるチャンスに
◆明日の自分に役立つと信じ、今日の辛さにじっと耐える
◆過去は変えられない、現状を受け入れて前に進む
◆純粋に「好きだ」という気持ちで頑張れた

第6章 キャラ設定がときには必要
ピンクのポルシェの理由
◆黙々と努力している姿はきっと誰かが見ていて応援してくれる
◆一瞬で判断を下すには経験が必要
◆将来を見据え、いますべきことを実行する
◆仕事と息抜き、オンとオフをはっきりさせる
◆恵まれすぎた環境に気づき、ハングリーになる

第7章 アウェイで平常心を発揮する
向上心を持つということ
◆個々のレベルでも国際化は必要
◆上がる期待値を超え続ける努力
◆長所を消してでも勝ちにこだわる
◆アウェイで競い合いメンタルを鍛える
◆厳しい批判に耐えながら、強くなっていく
◆面白さを知れば、辛い体験にも耐えられる
◆目標があれば努力することも楽しくなる
◆教わる前に自分で考える習慣をつける
◆失敗するからこそ、学べることがある

◆おわりに 第二の人生に感謝

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