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2016.03.22

「変わらない」自分を悪魔祓いするために。(中村航『年下のセンセイ』)

吉田 大助

「変わらない」自分を悪魔祓いするために。(中村航『年下のセンセイ』)

『年下のセンセイ』
中村航
幻冬舎刊/1400円(税別)

 

 恋愛小説の名手・中村航が、「先生と生徒」の恋物語を書いた。この物語の中では、先生のほうが年下で、生徒のほうが年上。だからタイトルは、『年下のセンセイ』。

 冬に始まり、四季が巡って、再び冬へ。約1年間の物語だ。28歳のみのりは、名古屋駅前の予備校の広報室で働いている。同僚の元カレと別れてもう3年経つが、「好きな人ができた」と言って別れを告げられた時の、複雑な感情がたなびいたまま。片思いもしていない。自分に自信がない。こんな自分が恋愛をするなんて、〈遠い国の古いおとぎ話のように感じる〉。

 半年前から日曜日は月三回、生け花教室に通っている。指導してくれる篠山先生のお孫さんであり、助手の仕事をしているのが、二十歳の透センセイだ。一昨年高校を卒業し、今はここでアルバイトをしている、らしい。ほとんど何も知らない。でも、花に向かって情熱を注ぐ、彼の横顔に惹かれている。

〈正面から見るよりも、横顔のほうが、その人の眼差しがわかる気がした。正面はその人が世界に向けた顔だけど、横顔にはその人の魂が見える〉。その発見が、みのりの好奇心を動かす。完成させた生け花を作品撮りする時、横からシャッターを切ってみる。「花の横顔」を見つめてみると、新しい世界が開けていく。そんなふうに試行錯誤するみのりの横顔を、透センセイは偶然、見つめていた。

 物語はみのりの語りを軸に進んでいくが、ところどころで、透センセイの語りも入り込む。読者は、ふたりの胸にある思いがとても良く似ていることを、早い段階で分かっているのだ。いったいいつ、どんなタイミングで心を通わせることになるのか? おくゆかしいふたりだから、物語はゆったりとしたテンポで進む。そして、物語のちょうど真ん中。センセイは春から東京の大学へ進学するため、タイムリミットは残りわずかだと確認し合った、その直後。

〈きっかけとか決心は、きっと数ミリの動きで生まれる。その数ミリや、その刹那が、大きなことを決めてしまう。その瞬間、何かが壊れたのかもしれないし、何かが始まったのかもしれない。〉

 お互い長らくパートナーがおらず、久しぶりに触れ合った者同士の感じがど、どエロい! ところが、物語はそこから意外な展開をみせる。意外と言うより、リアルと言ったほうが正しいのかもしれない。みのりは自分の気持ちを、押し殺すことに決める。

 ことは恋愛に限らない。仕事でも、人生のあらゆる場面でも、みのりは臆病風を吹かして逃げてきた。結局のところ、自分の最大の敵は、ネガティブな自分なのだ。この恋物語は後半から、悪魔祓いの物語となる。

 ちょっとだけ法律の話を。未成年者が犯罪を起こしても、大人と同じ司法裁判は受けず、刑事罰も受けない。いわゆる少年法の根拠は、「可塑性」だ。大人よりも子どものほうがずっと、自分の犯した過ちを反省し、自分の生き方を変えることのできる柔軟さ(可塑性)を持っているから。逆に言えば、大人は、それまでの人生で培ってきた己の価値観、「自分」を、変えることはとっても難しい。

 でも、難しいというだけで、大人だって変わる。変えられるのだ。例えば、本当の、本気の恋をすれば、いつだって。

 ふたりの関係に決着が付く、花の場面が決定的に素晴らしい。その後の、長さも嬉しかった。恋する経験を経て二人は成長したという感触が、丁寧に書き込まれていたからだ。作者はこの恋物語を通して、「変わらない」と思う読者に、「変わる」可能性を教える。

 ……多少なりとも冷静に書けるのは、ここまでだ。同性としては、この物語はやっぱり、透くんの物語だ。男は誰でも一度は、ストーカーになってしまうということ。言われるまではそうと気付かなかったけれど、自分がずっと言ってもらいたかった言葉を、言ってくれる人を好きになるということ。愛の告白に対する最もダメージの大きな返答は、「ありがとう」だということ。そして恋する気持ちは、離れてしまえばどうしても、薄れていってしまうということ。

 でも、この物語は、片思いの相手を好きでい続けることを、あきらめなかった男の子の物語だ。すべての片思いは、あきらめたから終わる! でも、終わったからこそ、次の恋を始められた? この小説を読み進めるうちに心が右往左往して、思い出が走馬灯のように脳内を巡り巡り、最後に胸に残ったのは、過去の恋を否定せずに、今の恋、次の恋へと進んでいける、さわやかな勇気だった。

 恋愛小説とは、恋愛をまだあまり知らない子供たちのための教則本になるかもしれない。でも、恋愛を知っているつもりになっている、大人たちのためにこそあるのではないか。恋愛への思いが変われば、人生が変わる。自分が変わる。だから今すぐ、この本をぜひ。

『ポンツーン』2016年3月号より

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