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2016.02.16

第二章 彦八、江戸へ  〜彦八、江戸へ行く

(28)座敷を目指す武左衛門。しかし彦八は、その笑いに何か足りないものを感じてしまう。

木下 昌輝

(28)座敷を目指す武左衛門。しかし彦八は、その笑いに何か足りないものを感じてしまう。

江戸での生活を始めた彦八と、旧友・武左衛門の前に立ちはだかる売れっ子の辻咄の伽羅一門。彦八は決意する。「鹿野武左衛門を座敷に上げて、伽羅一門に笑話で勝つのだ」。伝説の男・米沢彦八の生涯を描いた注目作。毎週火・木・土の週3更新です。

 

第二章 彦八、江戸へ 〜彦八、江戸へ行く


(八)

 鹿野武左衛門の葦で囲まれた小屋に、今日も番頭風の男が来ていた。帳面を持って、睨むように鹿野武左衛門の芸を見ている。いつもと違うのは、今日はひとりではなくふたりいることだ。

「あれが、座敷に呼ぶ辻咄を検分している、上州屋さんの使いですか」

 番頭風の男を、心配そうに見つめる石川流宣に訊く。

「ええ、そうです。きっと、いまひとりは、駿河屋さんか桔梗屋さんの使いでしょうね。伽羅小左衛門が座敷に呼ばれる前には、五つほどの大店の使いが芸を見聞したそうですから」

 笑いどころでいつもより大きな反応があったので、石川流宣は「よし」と握り拳をつくった。

 鹿野武左衛門は、背を伸ばし、掌を腰の前で行儀よく組んで、必死に咄をしている。

「ご飯を食べてたさかいに……」

 なんでもないところで、くすぐられたような笑いが起こった。さりげなく混じった上方言葉が可笑しかったのだ。石川流宣が、顔の半面を歪める。

 これは、彦八の発案である。舞台でたまたま出た上方言葉が受けたことがあり、意図的に混ぜてみてはどうかと提案したのだ。石川流宣は「笑わせるのではなく、笑われる芸」と露骨に嫌な顔をしたが、彦八は強引に口説いて鹿野武左衛門の咄に上方言葉を取り入れた。

 おかげで、咄の間延びした部分が少なくなった。無論、やり過ぎると白けてしまうが、幸いなことにそういう塩梅を鹿野武左衛門は心得ている。

 やがて、咄が半分ほど過ぎた頃、大店の使いのふたりは顔を見合わせることが多くなった。何度か首を傾げる。

 ――せやねん、なんか、もの足りへんねんなぁ。

 座敷に呼ばれ、辻から消えた辻咄らと比べると、内容は悪くない。だが、何かいまひとつ、突き抜けるものがないのだ。きっと、商人の使いも、彦八と同じことを考えているのだろう。

 筆の尻でこめかみを掻いていた使いのふたりだったが、最後は苦笑を浮かべて踵を返す。

「あぁぁ」と、石川流宣が情けない声を上げた。

「今日も駄目だったか」

 葦小屋から商人の使いが消えてしまい、石川流宣はがっくりと項垂れた。

 舞台の上の鹿野武左衛門の顔色も、彦八の目からわかるぐらい変わる。見る見るうちに、芸がだれていく。集中が途切れたのだ。咄が投げやりになり、垂れ流すように言葉を吐き、何度か台詞をとちり、最後は消え入りそうな声で落ちを言って、舞台から逃げるように去った。

 ――あーあ、こういうとこは、全然変わってへんねんなぁ。

 自分のことは棚にあげて、彦八は頭を盛大に掻いた。

 堺の修行から逃げ、大坂の父の叱責からも逃げ、芝居の初舞台でも伽羅小左衛門らの悪意のある喝采に尻をまくった。そして、今もそうだ。

 けれど、そんな鹿野武左衛門を、なんとか商人の座敷に上げてやりたい。でなければ、伽羅小左衛門師弟を見返すことができない。何より、子の梅若が不憫ではないか。

 

 長谷川町の石川流宣邸で、彦八ら三人は火鉢を囲んで頭を抱えていた。

「なにか、もうひとつ、突き抜けたもんか。それがないと座敷には呼ばれへんのか」

 火箸で灰を刺しつつ、鹿野武左衛門が唸る。

「では、もっと着るものに凝ってはどうでしょうか。役者のように、派手で見栄えのするものを誂えるのです。そう、傾者のように」

 身を乗り出して、石川流宣が提案する。

「あきませんて、そんなん。そら、最初は珍しがられるかもしれへん。けど、半月もすれば飽きられますよ」

 彦八の言葉に、石川流宣は露骨に顔を顰める。

「ま、まあ着るものを新しくするのは、ええと思いますで。けど、あんまり派手なんはね」

 彦八は慌てて取り繕う。

「ごめんください」と、入口から訪問を告げる声が聞こえてきた。丸い石川流宣の顔が縦に伸びるかのようになり、「しまった、今日だったか」と呻き声を漏らした。入口に走り寄り戸を開けて、必死に頭を下げて謝っている。やっと客が帰ってから、弁解するようにふたりに説明し始めた。

「実は、浮世絵の図案を今日までに見せるように言われていたのですが、すっかり失念しておりまして」

 額の汗を拭きつつ、苦しげに石川流宣は言う。

「そら、あかん。俺らがおったら邪魔やろ。彦八帰るぞ」

 立ち上がろうした鹿野武左衛門を、石川流宣が片手で制する。もう一方の手は眉間にやり、しきりに何かを呟いている。

「う、ぅん、そうだ。武左衛門さん、ちょっと人物の仕方(真似)をしてくれませんか。絵の当たりをつけたいんです」

 彦八と鹿野武左衛門は、同時に目を見合わせる。

「今から、他の人を探すのは難しいんです。明日までに見せると、約束してしまったので」

 祠を拝むように両手を合わせ、深々と頭を下げた。

 

 部屋の中央で、鹿野武左衛門は様々な格好をとってみせる。武者が刀を構える姿勢、女がしなをつくる様子、火消しが屋根の上で勇ましく纏を振る格好、そして役者の見得。

 少しとはいえ役者修行をしていた賜物だろうか、鹿野武左衛門がやると、どれも様になる。

「おのれ、父の仇、ここであったが百年めぇぇ」

「あなた、あっちとの契を忘れて、憎い人」

 本人も興が乗ってきたようで、即興で台詞をつくって演じている。

 黙って見ていた彦八も愉快になってきた。

「石川はん、おいらも何かしたるで、坊さんの真似とか得意やで」

 難波村では人真似で何度も大爆笑をとっていたことを思い出し、にじり寄る。

「いえ、結構。整っていないお顔の人を見ると、絵心が失せますので」

 視線さえもくれずに、憎たらしいことを言われ断られてしまった。

 ふて腐れて、部屋の隅で鹿野武左衛門が役になりきる様子を見る。

「武左衛門さん、江戸についた旅人の仕方をしてください。老人の感じでお願いします」

 見えぬ杖をついて、「はぁぁ、駿河から二日の道で参った江戸とは、こんなところかいなぁ」と、老旅人になりきる鹿野武左衛門を見た時だった。

「こっ、これや」

 彦八は思わず立ち上がっていた。

 ふたりが不審気な目をこちらに向けるが、彦八は構わずに震える指を突きつけた。

「これやっ、これやって。武左衛門はん、突き抜ける何かをとうとう見つけたでっ」

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