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2016.02.11

第2回

なぜ政治を「最も賢いひとり」に任せてはダメなのか

西田 亮介

なぜ政治を「最も賢いひとり」に任せてはダメなのか

 終戦直後の1948~53年に、中学・高校社会科教科書として使われた『民主主義』。日本人が最も真剣に民主主義に向き合った時代の、高い理想と熱い志に溢れた教科書『民主主義』が、社会学者・西田亮介さんの編集により復刊されました。
 幻冬舎新書『民主主義――〈一九四八‐五三〉中学・高校社会科教科書エッセンス復刻版』より、読みどころをお届けする第2回目です。
 民主主義のルールは多数決。ですが、多数派の意見はつねに正しいわけではありません。それゆえ、民主主義はポピュリズムや衆愚政治に陥りやすいと言われます。では国民全体の幸福を考えてくれる、非常に優れた政治家がいたら、その人にすべて任せてしまうほうがいいのでしょうか?

* * *

 みんなで十分に議論をたたかわせた上で、最後の決定は多数の意見に従うというのが、民主政治のやり方である。ある一つの意見を原案として掲げ、手をあげたり、起立したり、投票したりして、賛成かどうかを問い、原則として過半数が賛成ならばその案を採用し、賛成者が少数ならばこれを否決する。そうして、一度決めた以上は、反対の考えの人々、すなわち、少数意見の人々もその決定に従って行動する。それが多数決である。多数による決定には、反対の少数意見の者も服するというのが、民主主義の規律であって、これなくしては政治上の対立は解決されず、社会生活の秩序は保たれえない。

 ところで、多数決ということは、一つの便宜的な方法である。元来、法律は正しいものでなければならない。政治は正しい方針によって行われなければならない。しかし、どうするのが正しいかについては、いろいろと意見が分かれていて、いくら議論を続けても、意見の一致点を見いだすことができないという場合には、法律を作ることも、政治の方針を決めることもできないから、やむをえず多数決によるのである。

 しかしながら、多数の意見だから必ず正しいと言いうるであろうか。少数の賛成者しか得られないから、その主張は、当然まちがっていると考えてよいものであろうか。そうは言いえないことは、もとより明らかである。実際には、多数で決めたことがあやまりであることもある。少数の意見の方が正しいこともある。むしろ、少数のすぐれた人々がじっくりと物を考えて下した判断の方が、おおぜいでがやがやと付和雷同する意見よりも正しいことが多いであろう。いや、国民の中で一番賢明なただひとりの考えが、最も正しいものであるということができるであろう。

 それなのに、なぜその少数のすぐれた人々、最も賢明なただひとりの人の意見を初めから採用しないで、おおぜいにかってな意見を言わせ、多数決というような機械的な方法で、その中のどれか一つに決めるというやり方を行う必要があるのであろうか。

 多数決に対しては、昔からそういうもっともな疑問がある。いや、単に疑問があるばかりではない。それだから、多数の意見によって船を山に上げるような民主政治をやめて、最も賢明な人々に政治の実権を任せてしまう方がよい、という議論がある。その中でも最も有名なのは、ギリシアの哲学者プラトンの唱えた哲人支配論である。

 プラトンは、おおぜいの愚者が数の力で政治を行う民主主義を排斥し、最もすぐれた理性と、最も高い批判力とを備えた哲人が政治を指導するような組織こそ、堕落した人間の魂を救う理想の国家形態であると論じた。このプラトンの理想国家論が後世の政治哲学の上に及ぼした影響は、きわめて大きい。

 けれども、プラトンの理想国家論は、政治の理想であるかもしれないが、これをそのまま現実に行おうとすると、必ず失敗する。なぜならば、最も賢明だと称する人に政治の全権をゆだねて、一般の国民はただその哲人の命令に服従して行けばよいというのは、結局は独裁主義にほかならないからである。

 独裁主義によれば、独裁者は国民の中で一番偉い人だから、その人の意志に従っていればまちがいはないという。しかし、独裁者が国民の中で一番偉い、一番賢明な人物であるということは、いったいだれが決めるのであろうか。独裁者のお取り巻きがそう言ったからといって、それがそうであるという保証にはならないし、実際にはそれがたいへんなまやかしものであるかもしれない。

 また、よしんば独裁者がほんとうに偉い人であったとしても、同じ人間が長いこと大きな権力を握っていると、必ず腐敗が起り、堕落が生ずる。そうして、権力が少数の人々に集中しているために、それが薬にならずに、毒となって作用する。その悪い作用を国民に隠して、独裁政治のいい点だけを宣伝するために、いろいろなうそをいう。無理な政治をして、はなばなしい成功を誇ろうとする。その結果は、無理に無理を重ねて、国民をならくのふちにおとしいれるような、取り返しのつかない失敗を演ずる。ヒトラーを無類の英雄に仕立てて、これこそプラトンの理想国家を実現したようなものだと自慢していたナチス‐ドイツの運命は、独裁政治を二度と再び繰り返してはならないという教訓を、人類にはっきりと示したものであるといわなければならない。

* * *

 とはいえ、民主主義が「衆愚政治」に陥る危険をはらんでいるのは確かです。次回第3回(2月18日掲載予定)では、それを防ぐ手立てについて考えます。

*そもそも西田さんはなぜ、教科書『民主主義』を復刊しようとしたのか? 教科書『民主主義』は刊行当時、どのように見られていたのか? 18歳選挙権が実現したいま、どのように活用できるのか? 西田さんの下記コラムもぜひあわせてどうぞ。
「民主主義の共通感覚」と『民主主義』--かつての中学、高校教科書『民主主義』復刊に寄せて
■『民主主義 〈一九四八‐五三〉中学・高校社会科教科書エッセンス復刻版』の現代における批評性
■現代の「18歳選挙権」用選挙教育教材と『民主主義』


 

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