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2016.02.13

第二章 彦八、江戸へ  〜彦八、江戸へ行く

(27)笑話の頂点はお伽衆にあらず!! 現実を知った彦八は、武左衛門の過去を知るが―。

木下 昌輝

(27)笑話の頂点はお伽衆にあらず!! 現実を知った彦八は、武左衛門の過去を知るが―。

「おいらは笑話を極める。そう、里乃と大阪城にも約束した」。武士に戻ろうという二代目策伝の前で、そう約束した少年彦八。時は流れ、青年となった彦八は、いよいよ江戸へ。笑いを武器に権力にも屈しなかった伝説の男・米沢彦八の生涯を描いた注目作。毎週火・木・土の週3更新です。  

 

第二章 彦八、江戸へ 〜彦八、江戸へ行く

(七)

「えー、蚤とりぃ、猫の蚤とりぃ」

 彦八は腰に狼の毛皮をいれた袋を括りつけていた。

 往来を歩きつつ、考える。

 笑話の頂点はお伽衆ではない。それを、昨日まざまざと見せつけられた。伽羅小左衛門師弟のように、大店の主人の座敷に呼ばれることの方が重要なのだそうだ。

 大名を凌ぐ商人たちに一晩呼ばれるだけで、百姓の稼ぎ一年分以上の手当がもらえることも珍しくないという。大尽と呼ばれる大店主人の座敷に呼ばれれば評判となり、大名の座敷にも声がかかる。大名は大尽ほど頻繁には呼ばないが、それでも日ノ本には四百もの大名家がある。お伽衆としてはした金で一生飼われるより、商人や大名の座敷に呼ばれた方が、はるかに稼ぎがいい。

 あの伽羅小左衛門も、昨年までは鹿野武左衛門のように長屋暮らしだったが、大商人の座敷に呼ばれるようになると、あっと言う間に屋敷を持つ身分になった。

 面白い辻咄が次々と姿を消す理由も、これでわかった。皆、座敷に呼ばれるようになると、辻に立たなくなるのだ。

 座敷かぁ、と呟く。

 ――きっと咄が終わったら、美味いもん食わしてくれるんやろなぁ。

 最近の彦八は、おからと水で腹を膨らませる日々である。だから、足が重たい。朝からずっと歩き回っているので余計だ。

 もうすぐ、日が暮れようとしていた。今日は三十匹ほどの猫の蚤を取ったが、獰猛な雄猫ばかりで、体のあちこちを引っ掻かれた。これで一匹三文は割に合わない。明日から、雄猫は四文いや五文にしようと決意しつつ、足を引きずる。

 立ち止まったのは、料理屋の前に見覚えのある駕篭があったからだ。漆を厚く塗り、純金の意匠があちこちにあしらわれている。乗り口からは、温かそうな貂の敷物がはみ出ていた。

「四郎斎の兄さん、見事な咄でした。旦那衆も大笑いしてましたな。これはお手当が楽しみですよ」

 料理屋から出てきたのは、黒羽織に身を包んだ肥満した男、伽羅四郎斎である。上気した頬を冬の空気で冷やすかのように、顔を上に向けつつ歩く。

 彦八は素早く、物陰に隠れた。

「なに、後半の咄をしくじれば、元の木阿弥だ。そのためにも、今は小休止して鋭気を養おう。ああぁあぁ、それにしても、ひと笑いさせたあとの夜風は、また格別よな」

 風流人を気取った口ぶりに、彦八は胸が悪くなりそうだった。

「それにしても、昨日の鹿野武左衛門の一行は傑作でしたな」

 取巻きの言葉に、四郎斎の野太い笑いが重なる。

「それはそうと、どうして『馬の足』なのでございますか」

「なんだ、貴様、わからずに笑っていたのか」

 詰問するような四郎斎の声だった。

「まあいい。新入りの貴様を責めても、仕方がない。実はな、あの鹿野武左衛門、もとは芝居の役者だったのよ。それが、馬の足と大いに関わりがあるというわけだ」

 彦八は耳を澄ます。武左衛門が役者になるために江戸に行ったのは聞いていたが、なぜその夢を諦めたかまでは知らない。

「といっても、下っ端の下っ端よ。どころか、奴め、とんでもない失態をしおったのだ」

 問われてもいないのに、四郎斎は楽しげに語り出す。

 まだ、鹿野武左衛門が志賀屋左衛門と名乗っていた頃のことだ。容姿を活かして、左衛門は江戸の芝居小屋のひとつに入門した。その時、最初にもらった役が馬の足だったのだ。

 ふたりの男が馬の胴体の被り物をつけて、それぞれ前足と後足を演じる、つまり誰でもできる端役だ。そんな恥ずかしい舞台にやってきたのは、志賀屋左衛門の悪友たちだった。悪ふざけで芝居小屋に豪華すぎる花(贈りものの花輪)を贈り、桟敷席からやんやの喝采を送ってからかった。

 その結果、どうなったか。いたたまれなくなった志賀屋左衛門は、衆人環視の舞台を途中で逃げ出してしまったのだ。呆然と立ち尽くす馬の前足役の男が取り残され、芝居は台無しになった。

「以来、奴の凋落ぶりは噴飯ものよ。貧乏役者を支えてくれた妻に逃げられ、名も変えねばならなかった」

 下品な笑い声が聞こえてきた。

「それにしても四郎斎様、よくそんなことをご存知で」

「なに、簡単なことだ。伽羅小左衛門師匠の奥様は、何を隠そう元は鹿野武左衛門の妻だったからな」

 皆が「まことですか」と声を上げた。

「本当だとも。伽羅小左衛門のお師匠と鹿野武左衛門は、両左衛門と呼ばれ男伊達を競い、ひとりの女子を取り合った仲よ。言っておくが、儂は反対したのだぞ。なんといっても、鹿野武左衛門めの妻には子があったからな。子持ちは昆布だけで十分と言うていたのに、師は儂の言うことを聞かなんだ」

 忌々しげに扇子を叩く音がする。

「まあ、梅なんとかという辛気くさい餓鬼は、一年もすれば居づらくなって、鹿野武左衛門のもとへ帰っていったがな」

 彦八の脳裏に浮かんだのは、寂しげにひとり遊びをする梅若の姿だった。

「ほー、それはそうと気になることが。鹿野武左衛門の馬の足をからかった悪友というのは……」

 扇子で人の体を打擲する音が、大きく響いた。

「ははっはは、それは聞くな。儂だけでなく、師匠の名にも傷がつく」

「四郎斎様も伽羅小左衛門のお師匠様も、人が悪いですなぁ」

 幇間のような取巻きの口調に続いて、哄笑が巻き起こる。

 料理屋から呼び出しがかかり、四郎斎たちの声は遠くなっていく。いつのまにか、辺りは暗くなっていた。彦八が道に出ると、料理屋の二階から灯りと共に大笑が降り注ぐ。

 彦八は喧噪に顔を向けつつ、視線を横にやった。四郎斎が乗ってきた駕篭がある。乗り口からはみでた毛皮の柄は、暗くてもうわからない。

「駕篭かきのお兄さん、毛皮落ちてるよって、中にしまっときまっせ」

 談笑している駕篭かきたちに声をかけて、彦八はしゃがみこむ。腰にくくった袋をとり、中から蚤だらけの毛皮を取り出した。もともと敷いてあった皮の上にかぶせる。暗いので、狼の毛皮とは気づかれないはずだ。餞別の毛皮をくれてやるのは惜しいが、それよりも怒りの方がはるかに大きい。

「おお、あんた、すまないね」

 駕篭かきの礼に愛想よく会釈をして、彦八は駕篭から離れていく。

 ――仲間を虚仮にした報いじゃ。猫三十匹分の蚤に体喰われてまえ。

 くくくく、と彦八は含み笑いを漏らす。

 ――けど、これで終わりちゃうぞ。

 否、まだ始まってさえもいない。

 鹿野武左衛門を座敷に上げて、伽羅一門に笑話で勝つのだ。

 舌を出して、乾いた唇を舐める。

 引きずるようだった彦八の足取りはいつのまにか軽くなり、今にも駆け出さんばかりであった。

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