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2016.02.09

第二十九回

線の真上

小嶋 陽太郎

線の真上<br />

 最近の松本は、とても、すごく、非常に、寒い。
 寒さにキレがある。冬が手を抜いてない。
 初心者(東京人など)が何かの間違いで深夜に外套もまとわずフラリと外に出たりなどしたら死ぬ。そういう寒さだ。
 二日前、そんな寒さの中、夜の11時に徒歩で大学を目指した。
 真冬でもカーディガンを羽織っただけという格好で出歩いて「おまえイカレてる」と言われる僕でも、さすがにコートを着た。やたらとポケットがたくさんついた、裏地がチェックの、ホームレスみたいな感じのコートだ。
 なぜ東京人を殺すほどの寒さの中、徒歩で大学に向かったかというと、それはチャリを救出するためだ。
 一か月弱前、ちょっとした用事で大学にチャリで行った。そしてチャリで行ったことを忘れて徒歩で帰ってきた。だからチャリが大学にある。それをとりに行ったのだ。どうして夜の11時かというとそれは血迷っていたとしか言えない。とにかく11時だった。
 氷を蹴ったりなどしながら女鳥羽川という川沿いの道を歩く。車は通らないし人もいない。ひたすらまっすぐな道。
 淡々と歩き続けて、やがて大学に着いた。なんだもう着いたのか。ちょっと拍子抜けしながら東門より中に入る。
 駐輪場の雨よけからぶら下がっている立派なつららを人差し指で軽くつつくと、ポキンと小気味のいい音がして、地面に落下した。続けて二本目、三本目も落とす。ポキン、ポキン。指先がひやりと濡れた。
 つららを落として遊ぶのなんて何年ぶりだろう、中学生のときが最後じゃないか? と僕は考えたが、たぶん去年もおととしもつららは落としている。ただ、気分的に、中学生のときにしか感じられなかったむやみな楽しさみたいなものを感じた。箸が転んでもおかしい。つららが落ちてもおかしい。そういう感じ。
 ひととおりつららを落としてしまったところで、学生カップルらしき二人組が東門から入ってきた。真冬のこんな時間に大学に来るなんて、妙なやつらだ。しかしそれは僕も同じだった。つららを落として喜んでいる僕のほうが数段妙かもしれない。
 またひとつ、つららを落とした。ポキン。
 それから、やっとチャリを救出した。
 僕のチャリはちゃんともとの場所にあった。パンクもしていなかったし、サドルがなくなったりもしていなかった。いつものかわいい緑色をしたチャリだった。
 救出したチャリを押して学内を南門に向かって歩いていると、さっきつららを落としていたときの楽しさが徐々に薄れ、不意にさみしくなってきた。ハンドルを押す手がかじかんで痛いせいだろうか……いや、この感じに、あてはまる言葉が世の中にはある。僕はそれを聞いたことがある。
 これはいわゆる、感傷的な気分、というやつだ。
 感傷的な気分ね、と思いながら、冷たくなった指先に息を吹きかけて、また歩き出した。
 不意に訪れたセンチメンタリズムを楽しんでやろうと思い、僕は大学生活というものに想いを馳せてみた。
 ――いろいろあったっちゃああったし、何もなかったっちゃあなかったな。
 三秒くらい馳せて、そういうぼんやりしたことを思った。こういうのは、感傷的な気分の楽しみ方として正しいのだろうか。
 片手をコートのポケットに突っ込んで、チャリを押した。冬はいつも、こうだったな。
 タイヤが回るカラカラという乾いた音が、夜の、真っ暗な大学に響いていた。モラトリアムが終わる音、と思った。
 うまく説明できないが、このとき僕は緑色のチャリを押しながら直感した。モラトリアムが終わる。
 モラトリアム線があったとして(日付変更線のような)、たぶん、いま、その真上だ。
 ということで、僕はいったんぐずぐずな日々から抜け出して、しゃかりきな日々を送ろうと思います。
 だからしばらく、ここには来ない。喫茶店でぐずぐずしない。テキパキ生きる。
 つまり何が言いたいかというと、いったんこの連載コラムを休載させてもらうことにしました、ということだ。ちんたら小説の仕事をしていたら思いのほか切羽詰まってきて、〆切まじやっべえ、みたいなことになったので(たいした仕事量じゃないのに、僕がとろいのがいけない)。
 でも性格的にすぐぐずぐずしたくなるのはわかっているから、たぶんそのうち戻ってくるんじゃないかな、わからんけど(戻らしてくれるかな)。
 では、また。

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